本のある場所
ー 人文系私設図書館ルチャ・リブロ ー
その図書館は、時の番人たちに守られていた。
奈良県・東吉野村。車通りのそう多くない山道から清流にかかった橋を渡ると、高木が気を付けの姿勢で並び立つ山の斜面がせまる。時代劇の一場面を思わせる古い森。実際、近くの石碑には「天誅組終焉の地」と書いてある。さっき歩いてきた道には「ニホンオオカミ最後の地」という看板があった。前近代が近代へと変わるその境目は、案外江戸や京都ではなくて、奈良の深山にあったのかもしれない。目の前の森はどうしてか、さみしくもおそろしくもなかった。いまはないものに思いを馳せながら左へ曲がる。「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」は、そんな森の、すぐそばにあった。

京都市内から電車を3つ乗り換え、バスにゆられて、片道およそ3時間。何度も通っているという、研究室の後輩の案内でたどり着いた。空気には森の匂いが混じり、風には川の水音が混じる。紅色の小さな植物がぱやぱやと生えた、手製の看板が迎えてくれる。

ルチャ・リブロは古代地中海史の研究者で、社会福祉士・文筆・ポッドキャストなど幅広く活動されている青木真兵さんが、司書である妻の海青子さんと、自宅の蔵書を人々にひらく形で始めた。開館日に訪れれば中で本を読んで過ごすことができ、図書カードを作成すれば本を借りることもできる。建物は築75年の民家を修繕して使っている。小窓のステンドグラスから光がこぼれる。室内には教会からゆずりうけた古いベンチ型の長いすが置かれている。空間が、おふたりのもつ温かい知性を代弁している。人文系の学術書や一般書、エッセイなどを中心に、文学や雑誌、コミックも。おふたりの思想や行動を支える本が、職人さん手作りの書架にぎっちりと詰まっている。
真兵さんと海青子さんと少しお話してから、読む本を選び始めた。手に取ったのは朴沙羅『家の歴史を書く』(ちくま文庫)。椅子に座って読み始めた。後輩たちも思い思いの本を。本を選ぶとき、いっさいの緊張がなかった。じわじわとうれしくなる。こんなにも素敵な空間で、こだわりの蔵書とその主を前にしたら、小心者のわたしはどこか窮屈に、背筋をぴんとはった本の選び方をしてしまうものである。しかし、かすかな本の呼び声に気が付けるくらいに、わたしはリラックスしていたのだった。
山の奥のたどり着きにくい小さな図書館にこそ、本当に「ひらかれた」空間があった。そんな場所に出会えた喜びに浸っていたら、いつのまにか隣に、猫が体を寄せて座っていた。美しく人懐っこい図書館猫・かぼすちゃん。ふたりと一匹へ会うためならば、さながら旅のような図書館への道のりも、決して遠くはないと思えてしまう。

今回 訪れた場所奈良県吉野郡東吉野村 「天誅組終焉の地」の石碑すぐ
Webサイト: https://lucha-libro.net/
※開館日は不定期……Webサイトにてご確認ください。


京都大学大学院文学研究科2回生。いずみ委員。
旅行が好きで、訪れた街では書店や図書館など、本のあるところを探してしまう。
もうすぐ関西を去るので、気になる場所にはどんどん行ってみようと思っています。