これまでたくさんの本を読んで来ました。しかし、名作と言われるものを読んだのは、なぜか中学時代に限られています。
例えば、『罪と罰』。重々しい素材ですが、推理小説とも恋愛小説とも読める有様に、自ら歩み寄って味わい、楽しむことを覚えたのもこの頃でした。
たくさんの読み物がある中で、何を手に取っていくのかは、まさに出会いです。
誰にでも好きな作家、好きな愛読書を心に抱えているものだと思います。
その中で、どんなふうに書いていくのか、どんなふうに変わっていくのかを定点観測したくなるような作家と出会うことがあります。私にとって米澤穂信がその人です。1978年生まれのこの作家は、北村薫の『六の宮の姫君』を読んでミステリへの方向性を定め、2001年早くも『氷菓(古典部シリ-ズ)』でデビュ-を果たした才能あふれる青春ミステリ作家です。日常の謎を描き、若い世代の思いや悩みの微妙なラインをすくい取る手法は多くの読者の支持を集めました。そんな彼も『インシテミル』や『犬はどこだ』で実際の殺人を書き、また『儚い羊たちの祝宴』では、人の悪意を不気味な語り口で表現し、何気ない伏線が後で効いてくるカタルシスを読者に体験させることで、表現の幅を広げることとなりました。
この『満願』はこの3月に刊行された小説ですが、6つの短編が、ミステリともホラ-とも、心理トリックとも言える綾を織り成し、人というものの不思議さ、あざとさ、切なさを浮かび上がらせます。読み手の感受性が深いほど、しんしんと底しれず怖い物語です。どれも、やられた感満載のしつらえとなっています。コミック、ライトノベル、純文学、エンタ-ティメント、どれもが面白い、どれもが読む価値のある本たちです。自分の心に響くお気に入りをそっと語れるようになってみたいですね。
立命館ブックセンタ-ふらっと 山西尚子