自分が受験期のことを思い出して・・・・全国の大学生アンケート

全国の大学生1,153名が、来春の受験生のために、緊急アンケートに回答!

全国の大学生に緊急アンケート 結果報告

主な相談相手

■大学受験時の主な相談相手

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選ぶ際に役立ったもの(複数回答可)

■大学受験時で主にどこから情報収集していたか

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大学受験の時の平日と休日の1日の学習計画(おおよその時間をお書きください)

■平日の学習時間(6月~10月頃)

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■平日の学習時間(12月~2月頃)

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■休日の学習時間(6月~10月頃)

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■休日の学習時間(12月~2月頃)

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 4月~翌2月の期間中、実践した学習プラン(複数回答可)

■4~6月

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■7~9月

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■10~12月

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受験中のリフレッシュ方法を教えてください(複数回答可)

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受験体験記

小西 智仁

島根大学 総合理工学部 数理情報システム学科
入試形態:前期入試

私は11月まで部活を続けながら受験勉強に取り組みました。その中で、「スイッチの入れ方」「仲間との切磋琢磨」「親のサポート」のおかげで最後まで受験勉強を頑張ることができました。

2年生のころには6月の大会をもって引退して、そこから勉強一本で教育学部のある国立大学に行けたらいいなぁとぼんやり思っていました。しかし、3年の4月大会の予選で敗退を喫し、2か月あると思っていたのに、突然部活を取り上げられた気分でした。部活にこれまでの高校生活をかけていたのに急に引退を突き付けられても受け入れることができるはずもなく、部活を続けることを決めました。幸いなことに、同じく部活を諦めることができなかったメンバーが5人いて最後まで部活を続けながら、大学受験仲間がいました。

この決断をするにあたって、1つ心に決めたことがありました。「部活をしていたから受験に失敗したと言わせない・思わない」そこで、志望校をワンランクあげ、まだ周りの友達が受験モードでない中、一足先に意識的に勉強を始めました。授業の時間を大事にすることはもちろん、朝起きて登校までと部活が終わって帰ってからきちんと勉強をする習慣をつけました。親のサポートもありがたかったです。登校時間を有効に使えるように、学校まで送迎してくれたり、部活で汚れた練習着を洗濯してくれたりしました。

6月が過ぎると仲間も徐々に受験モードに切り替わり、勉強を教え合ったりと、勉強する環境もよくなってきました。夏休みはほぼ毎日3時間ほど部活があり、他の人より勉強量が少なかったですが、練習開始ギリギリまで勉強し、部活後も教室に戻り友達と勉強して帰るなどして、なんとか勉強量の不足を補おうとしました。夏の模試は点数が伸び悩み苦しい時期となりました。

11月に大会が終わってからはすべての時間が勉強に使え、すごく勉強がはかるどる感じがしました。同時に、夏に伸び悩んだ模試の結果も上向き始め、勉強への意欲も高まりました。1月には最高点も出る中でのセンター試験は奮わず、志望校へとは遠く及びませんでしたが、国立大への合格を果たすことができました。

人によってポイントになる部分は異なると思いますが、やはり周りのたすけは必要じゃないかなと思います。よく受験は団体戦といいますが、団体戦とまでは言わなくても確実に個人戦ではないと思います。仲間と共に諦めずに取り組んでください!応援しています!

宮永 聡太

東洋大学 ライフデザイン学部 人間環境デザイン学科 卒
入試形態 自己推薦入試

 高校2年生の夏、進路に悩んでいました。大学に進学することは決めていましたが、興味のある学部や専攻が絞れず、自分の偏差値に合った大学を進路希望として出していました。私が進路を本格的に考え始めたのは、部活を引退した3年生の6月頃です。大学の案内資料を読んでいる時に、デザイン系のことを学べる学部学科が目にとまりました。高校は普通科でしたが、思い出せば小さいころから工作が得意で、図工・技術の授業や夏休みの自由工作は大好きでした。デザイン系のことを学べる所で2,3校絞り、オープンキャンパスに参加しました。その時に、東洋大では自己推薦があると知り、本試験の前に腕試しのつもりで受験しました。

自己推薦の試験は10月中旬に実施で、高校時代の事を問われる論文、面接、実技試験の3つがありました。大学のHPにある過去の出題例を見て、自分で勉強しました。面接に関しては担任の先生や教頭先生の指導のもと、事前に入念な準備を行いました。面接当日は、自分のやってきたことや経験を楽しんで伝える事を心がけました。結果、10月下旬頃には合格通知が届き、入学が決定しました。11月上旬からの生活は、大学入学に向けた準備に充てました。一人暮らしの生活のための準備や、美術館巡り、漢字検定、英語検定等、様々なことに挑戦しました。

入学してから失敗したと感じたことは、デザインや建築を学ぶ上で外せない、数学と物理をしっかり学ばなかったことです。また、入学してから一般教養の授業がありましたが、一般入試で入学した周囲の友達より遅れており、追いつくことに必死でした。

 推薦入試で合格した場合、大学入学までたくさん時間があります。「学ぶ」ことの楽しさに気づける期間になれば良いと思います。大学では自ら主体的に学びたいものを学ぶことになります。そのために、自分が興味のあることをとことん追求してみましょう。また、大学や生協の主催するオープンキャンパスや入学前の集まりの機会等を利用して先輩の連絡先をゲットしておき、入学までに準備しておくと良いことを聞くのもおすすめです。推薦で合格した方は、入学までの長い期間を有意義に過ごしてくださいね。

小島 望

福島大学 人文社会学群 経済経営学類 国際地域経済専攻
入試形態:一般前期

私が受験を真剣に考えたのは、高校3年の夏頃でした。とはいえ、高校近くでやっていた祭りに行くほどの気持ちはあったので真剣さには欠けていたと思います。学内の成績は申し分なかったため、後先考えずに11月に推薦入試を受験しました。高校受験を推薦試験で受けたので、対策せずに試験に臨みました。しかし試験形態が個人面接ではなく経験がない集団面接で、思うように力は発揮できず結果不合格でした。そこからは参考書や単語帳を買い集め勉強しましたが、何から手を付けるべきか分からず、無駄にはならない単語や文法の暗記に時間を使いました。しかし、本当に自分が苦手だったのは、国語・英語の長文読解や数学全般でした。自分が苦手なことに対して、見て見ぬふりをして過ごしていました。当然結果は出せず、私立大も考えましたが、母親からは、国公立大と言われていたことと、「後悔する選択を選ぶなら、ちゃんと1年勉強した方が良い」と言われ、浪人を選択しました。

そこからの1年は、自分がいかに高校時代に進路を考えて勉強していなかったのかが悔やまれるほど、勉強の仕方が分かる1年間でした。家で勉強できないことは知っていたので、基本的に予備校の自習室を中心に自宅外で勉強しました。1年間の流れとしては、普段の講義を受けて予習復習することに加え、模試を軸として自分の現状を把握し、次克服する教科・分野を決めていくという感じでした。僕の1番の課題は、数学でした。ですから、1年で数学の基礎から応用まで、解き方や問題のパターンをかなり意識して勉強していました。

往路の電車の中でも他の教科も含めて予習復習に時間を使いました。帰宅後も終えていない分の予習などはできるだけ終わらせて、すぐ寝て翌朝は弁当を詰めてから通学する毎日でした。

1年間自分にかなり負荷をかけましたが、努力がいかに必要か理解できました。1年間浪人してみて、当初抱いていたよりも浪人すること自体は悪くありません。大学の教授から教えてもらうこともあったので、大学生として講義を受ける時にも「学問」とは何か、大学で学ぶことがどういうこと意味を持つか深まることは沢山ありました。結果的に後悔ない1年でした。

皆さんも自分が叶えたい目標に向けて、忍耐強く努力して下さい。

楽しいキャンパスライフは、意外とすぐそこにありますよ。

林 遥介

群馬大学 教育学部 教育心理専攻
入試形態:一般後期入試

このページを開いているみなさんにとっては、少し遅い話かもしれません。進路先の決定の話です。

私は中学生あたりから「学校の先生になりたい」と思っていました。そのため、教育学部のある大学に目星をつけて、オープンキャンパスに行ったりネットを見たりして、受験形態や入学して学べること、そこでの生活などの情報を得ていました。進路に入学当時は満足だったものの、今となってやや後悔していることは、『「学校の先生」しか職業をよく知らない』から、それを目指していたことです。自分は大学在学中に、そのことに気がつきました。

あこがれであり、目の前で見てよく知っている職業を目指すのは良いことだと思いますが、『それしか知らない』のは非常にもったいないと感じています。一口に『子どもに教える』と言っても、たくさんのアプローチがあります。ある教科を専門にしたいなら、その学部で深めながら教員免許を取得する手もあります。『教えること』そのものを扱う学部や、対象である『子ども』について学ぶところもあります。教員養成系にも、そこでしか得られない経験があります。私は現場での実習を3か所行い、その中で『将来やりたいことの軸』をより確かなものにできました。日々の生活や人との出会いも含めて、群馬大でしかできなかったことだと、今でも思います。

これは教育学部に限った話でなく、ほかの学部でも同じことは言えると思います。大学4年間は長く自由で、見識を広めることも、ひとつをじっくりと深めることもできます。そのうちの何が自分の将来につながるのか、入ってから分かったり気づいたりもします。長い人生の中のたった数年間ですが、されどターニングポイントの時期です。将来自分がやりたいことと大学での学びが最高のマッチングになるよう、ぜひ高校生のうちに多くのことを見て聞いて、たくさんの人と話して、よく考えてください。

後期入試を経験してのアドバイスも2つ。前期で思った成績が出ず、落ち込んだり焦ったりすると思います。人間なので避けられないことです。その自分を冷静に俯瞰して、次にすることを見つけて切り替えられるかが大事です。私の時は面接でしたから、その大学に入りたい理由を精査したり、高校の担任と練習を重ねたりしました。一緒に頑張れる仲間や協力者を見つけて、最後まで走りきりましょう。

無事に後期入試で合格すると、そこから入学まではトントン拍子に進みます。私は専攻の同期のほとんどが参加した「友だち作り企画」に行かず、入学後にちょっと後悔しました。入試が終わった時点で、合格後の準備を見据えて情報を集めて、計画を立てておきましょう。

田中 利佳

三重大学人文学部文化学科
入試形態:一般後期日程

私の通っていた高校には、卒業生の方からの寄付金をもとに博物館・美術館見学や研修旅行などの校外学習に参加できる事業がありました。この事業を利用して正倉院展や美術展を訪れたことがきっかけで、高2の頃に「美術史の勉強がしたい、学芸員になりたい」と思うようになりました。美術史を勉強できて、学芸員の資格が取れて、自宅から通える国公立大学に行きたい。志望校をすんなり決められたことで文理・科目の選択(当時私の高校は高3から文理分けをしていました)にも悩まず、高2の冬頃から少しずつ受験科目を意識して勉強できました。特に化学は苦手科目でしたがセンターで使うと決めてから授業や定期テストへの臨み方が変わりましたし、最終的にセンター試験でもいい結果を出せました。

勉強自体は好きでしたが、そもそも勉強に集中できる環境を早くに確立できなかったり勉強量にムラができたり三日坊主になったりして、結果として実践力を磨くことがうまくいかず、成績も思うように伸ばせませんでした。なんとかなると楽観的に思ってしまっていたのも良くなかったなあと思っています。センター試験では得意科目だった国語で大きく点を落としました。どうしても第1志望を諦め切れずに前期試験に挑みましたが、当然ながら後期試験にもつれ込みました。小論文だったので対策に苦戦しとても不安でしたが、試験本番では現代文の問題演習で読んだことのある文章がリード文として運良く出題され、自分の思うことをたくさん書きました。無事合格できたことを知ったときには、やっと進路が決まった安堵と解放感、学びたいことを学べることへの期待で一杯でした。

結局大学では美術史ゼミで卒論を書き、学芸員資格も取得できました。どこの大学に行こうと自分の思う大学生活が送れるように、自分のやりたいことを踏まえて志望校・受験校を選択したことで、自分の進路に責任を持てました。

高3の化学の先生は座学だけでなく実践的に学ぶことも大切にされていたのか、授業3回につき1回は必ず実験をさせてくれました。毎回の実験がとても楽しみで、化学が大好きになりました。受験指導に力を入れている高校もきっと数多くあると思いますが、大学受験のためだけに勉強するのはとてももったいないと思います。

点を取ることだけに囚われず、勉強そのものをもっと楽しんでください。

須田 浩之

福島大学 人文社会学群 経済経営学類 国際地域専攻 卒
入試形態:後期入試

 私は「大学進学」というものを当たり前のことだと思っていて、なんとなく「自分は大学に進学するんだろうな」という意識を持って高校生活を送っていました。私が受験を意識するようになり、具体的な進路を考え始めたのは3年生の夏です。それまでは、文系・理系という分類は知っていましたが、自分は数理系の学科に所属していたので理系に進めば良いか、とあまり具体的な進路を考えていませんでした。

 3年生の夏になり、皆が受験のことを本格的に意識する時期になり、周りの友人とこれからの進路を話していて、自分が将来何をしていきたいのかが分からなくなりました。理系の学部に進んでも、自分が何をして良いか分からないまま大学に進学したら後悔してしまうのではないか。そのような不安が湧いてきました。親や担任教師と今後の進路を相談していく中で、広く様々なことを学び、将来の就職先も色々なところを大学で学びながら決めていきたいと感じ、経済学や経営学を学べる大学に進学したいと考えるようになりました。

 それまで理系の学部に進むカリキュラムで学んでいたので、そのようなカリキュラムでも文系の学部に進むことのできるか調べ始めました。ここが本格的な受験のスタートだったと、今振り返って思います。

 国公立大学志望だったので、多くの大学では社会系の科目を2科目受験せねばならず、僕は1科目しか学んでいなかったので、そこから社会系の科目を新たに学び直す必要がありました。センター試験の過去問を解きながら理解するという形で勉強していきました。結果としては、思うように問題を解くことができず、1年浪人することになりました。

 浪人中は、できるだけ予備校の自習室で勉強するようにしていました。周りに頑張っている仲間がいると自分もやる気が出てくるので、そういう環境に身を置くことは大切だと思います。勉強方法としては、様々な参考書があると思いますが、1冊やると決めたらとことんやり込んで、その1冊を自分のものにしようと努力しました。それに加えて、赤本をとにかく解いて自分の不十分なところの傾向を掴むように努めました。そのような「1冊を理解する」ことと、「赤本を理解する」ことを頑張りました。色々手を出さずに、最小限の教材を徹底的に理解することは、基礎知識もつきますし、そこから応用にも繋げられると思うのでオススメです。受験は最高点数をとるではなく、合格最低点を取れば良いのです。

 もちろん息抜きも必要ですね。僕は大学に入った後のことを想像して、モチベーションをあげていました。

 当たり前のことだと思いますが、ぜひどんな将来を送りたいか、そのためにどんなことを学ぶべきかをしっかりと考えて目標を作り勉強を進めていってほしいと思います。それが一番の基本であり、一番大切なことだと思います。応援しています!

中山 拓登

北海道大学農学部生物機能化学科
入試形態:前期一般入試 総合入試理系 生物重点選抜群

大学進学を希望しながらも高校2年生になる直前の物理と日本史の科目選択で、理系志望でありながら「物理嫌だな」という理由だけで日本史を選択したところからはじまります。このときには「生物で受験できるだろう」と思っていたのです。一方、志望校を真剣に考え始めたのは高校2年生の夏。両親が文系だったこともあり、周りに比べると理系の受験情報に疎かったと思います。担任や進路指導担当の先生、当時通っていた塾の指導担当教員・チューターにたくさん話を聞きながら、自分なりの受験生活・志望校を思い描いたことをよく覚えています。

この夏に決めた志望校が北海道大学でした。通いたい大学をいろいろ調べましたが、中学生のときに偶然見た緑のキャンパスしか、自分には通うイメージができなかったのが理由です。このとき、志望学部は決め切れませんでした。生物で受験すると決めたものの、何を専門に学びたいのか、将来を深く考えたことのない自分には難しかったのです。幸いにも、北大には1年次は教養科目のみを学び、2年次に学部を選択できる総合入試制度があったので、「大学入ってから決めればいい」としたわけです。そんな選択にも関わらず、両親や先生は「行きたいなら頑張れ」と常に応援し続けてくれました。今思えば、心配ばかりかけていたと思いますが、最後までサポートしてくれたことには今でも感謝しています。

肝心の受験勉強は水泳部に入っていたこともあり、完全に切り替わったのは高3の8月。それまではセンター試験対策や北大対策なんて全くしていませんでした。それまでにやっていたことは、まずは高校の授業の内容に置いて行かれないこと。余裕がある範囲で、高1・2の内容を思い出すという感じでした。理系でありながら数学と化学が苦手、英語は得意という困った受験生でしたが、完全に切り替える前の土台づくりがなかったらきっと失敗していたと思います。自分に合わせた勉強を、でも短期間で詰めるのではなく、整理され自信あるものにする勉強が大切ということでしょう。

長期戦の大学受験で大事なのは「本当にその大学に行きたいか」だと思います。自分は「北大に行きたい」という想いは最後まで消えませんでしたし、だからこそさまざまな人が応援してくれたのだとも思います。辛いとき、迷うとき、いろんなことがあります。でも、きっと春にはその大学にあなたがいます。それを信じて、今をがんばってください。

佐々木 直人

和歌山大学システム工学部デザイン情報学科
入試形態:センター試験 ⇒ 一般入試(前期)

私は、「IT技術ってかっこいいな」と思い、理系の情報学部に行きたいと考えておりました。数学や物理などが好きだったこともあり、理系科目の勉強は難しく感じることはありつつも、そこまで苦痛ではなかったと思います。ですが、英語や国語など文系科目や暗記が必要になる科目については、勉強意欲がわかず、3年生になってからも、英単語の勉強などはほとんどしていませんでした。

3年生の夏前に部活を引退してから、自習室を借りるなどして、受験勉強に集中し始めました。数学については、好きな科目ではあったのですが、解けないとストレスが溜まり意欲が継続しないと感じたので、わからなければ答えを見て、理解することに重点を置いていました。「こんな解き方があるんだ!」と驚いたりしながら、勉強を進めていたと思います。物理・化学については、ひたすら教科書を読み込み、自分なりのイメージに落とし込もうとしていました。「電子がこう動くから、こんなイメージだな〜」と、声に出したり、教科書に書き込みをしたり、色々な想像を膨らませていたと思います。自分なりの解釈を作ってはよく、夕飯の時に親に話したりしていました。親は理解してなかったと思いますが、アウトプットすることで、よりイメージが明確になっていたと思います。

苦手だった文系科目、特に単語の暗記は進んでいませんでした。しかし、模試の結果が良くなく、高校の授業で使っている英単語帳の半分くらいは何とかして覚えました。また、英単語暗記は楽しくないと感じ、長文読解を中心に勉強し始めました。問題集を使って、長文を読み込み、すべての意味が理解できるまで読み続けました。その結果、単語が分からなくても、何となく理解できて問題を解けるようになっていきました。

最終的には、センター試験の結果に合わせて今の大学を選択しました。自己流だったので、思い通りにいかず苦しい時期もありましたが、友達の存在によって乗り切ることができたと思っています。数学好きな友達と一緒にいることが多く、一緒に担任で数学を教えている先生の所へ質問や、勉強の教え合い、将来のことなどを話したりして楽しんでいました。周囲の存在があったからこそ、やり切ったとは言えないですが、途中で投げ出さず最後まで来れたとも思っています。皆さんも一人で抱え込まず、息抜きや、教え合いなどしながら、自分にできる受験勉強をしていけたら良いと、私は思います。

青山 友紀

奈良県立大学 地域創造学部 地域創造学科 卒
入試形態:一般前期

小学生のころから好きだったアーティストが奈良県出身というだけでとにかく奈良が好きで「大学生になったら、何が何でも奈良で生活するぞ!」という熱い思いを抱き、大学を選びました(笑)また、小さなころから家や部屋について考えることが好きで、自分の理想の部屋を鉛筆で描いて遊ぶといったことも多々あり、大学では「人が住む」ことに関わる勉強をしたいな、と思っていました。

インテリアなど住居に関わることができる奈良県内の大学を12月の推薦で受験しましたが、センター試験の結果が伸び悩み、結果は不合格でした。先生に建築家の方を紹介していただいたり、幼少期に描いた絵を持参し当時の考えを話したりするなど、面接対策をしっかりしていたので、かなり悔しかったです。浪人することを考えていなかったため志望校の変更を決意しましたが、奈良で生活したいという思いは揺るがず、先生にも奈良の大学を探してもらいました。そんな時に見つけたのが奈良県立大学です。奈良県立大学ではまちづくりなど、地域に住む人の暮らしを考えることができると知り、私の学びたかった「人が住む」という視点を一つの家からさらに広げて考えることができるのではないか、と思ったため受験を決めました。見たことも行ったこともない大学をいきなり受験することは勇気が必要でしたが、卒業時には奈良県立大学のみんなが大好きでたまらない状態になっていました。

受験期に意識したことは、規則正しいいつも通りの生活を前向きに送ることです。部活は合唱部に所属していましたが、「文武両道」の校訓のもと勉強と部活を両立させながら引退まで駆け抜けました。高校までは家から電車で45分ほどでしたが、朝は7時半には学校に行って朝練か勉強をしていた記憶があります。親は「勉強しなさい」とは一切言わず、いつも通りごはんを作ってくれて、いつも通りおふろを沸かしてくれました。(ありがとうございました。)そのため試験当日も、いつも通りの気持ちやコンディションで臨むことができました。「受験期だから」特別なことをする必要はないと思います。その前提として、普段から宿題や予習・復習など、当たり前のことを当たり前にできるようにしておくことが大切だと思います。また、私は何かを描いたり自分のノートをわかりやすくまとめたりすることが好きだったので、「勉強をしている」というよりは「楽しくノートを作っている」という感覚でした。何か自分の楽しいポイントを見つけることができれば、前向きに受験期を乗り越えられると思います。

みなさんの受験を心から応援しています!自分が納得できる道を歩んでください。

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