「平和」インタビュー
ひめゆり平和祈念資料館 学芸員 古賀 徳子 氏
沖縄戦の体験を伝えてきた人々の努力や思いを、次の世代へつなぐ
81年前の1945年3月、沖縄にアメリカ軍が上陸し、およそ3カ月間にわたり日本軍との激しい地上戦を繰り広げました。多くの住民がその戦闘に巻き込まれ、死者は日米あわせて20万人を超えるとされています。
ひめゆり学徒隊は沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校から看護要員として動員された生徒・教師240人のことです。彼女たちの半数以上が沖縄戦の犠牲となり亡くなりました。
戦争の悲惨さや平和の大切さを後世に語り継ぐために1989年6月23日に開館したひめゆり平和祈念資料館で学芸員を務める古賀徳子さんに、ひめゆり学徒隊の生存者から引き継ぐ想い、平和教育への取り組みなどについてお話を伺いました。
ひめゆり平和祈念資料館 学芸員
古賀 徳子 氏
プロフィール
インタビュイー
全国大学生協連
全国学生委員会 委員長
佐藤 佳樹
(司会/進行)
インタビュアー
全国大学生協連
全国学生委員会
西谷 颯太
インタビュアー
全国大学生協連
九州ブロック学生事務局
九州大学4年
髙島 竜之介
インタビュアー
次世代への平和教育
(以下、敬称を省略させていただきます)
自己紹介とキャリア形成の経緯

佐藤- インタビューの司会を務めます、佐藤と申します。現在既卒2年目で、大学生協連で学生常勤として活動を行っています。
近年Peace Now!の参加者の皆さんの中には、平和について学びたい、体験者の方に会って話を聞いてみたいと思う方もいる一方で、広島、長崎、沖縄に行ってみたい、旅行の感覚でまずは参加してみたいと思う方も一定数いるように感じます。きっかけはそうであっても学生同士でフィールドワークをしたり、資料館に行ったり、話し合いを重ねることを通して身近な物事と捉え、平和について考える様子が見られるのが、近年のPeace Now!の特徴としてあげられます。
昨年Peace Now! Okinawaを開催する時に、実行委員会でひめゆり平和祈念資料館を訪問し、古賀さんに最初にお会いしました。その時にご自身のお話を少し聞かせていただき、学生時代に大学生協の学生委員として活動をされていたということ、Peace Now!の前身となる企画で沖縄に行き、ひめゆりの学徒の方の話を直接聞いたことが、その後の古賀さんの人生選択やキャリア形成に影響を与えたということを伺いました。
今回のインタビューでは、大学生協の活動の先輩である古賀さんご自身の現職に就かれるまでの経験や、資料館に来館される若い世代の様子などを伺うことで、他者とのつながりを通したキャリア形成について、また大学生や若者が社会や平和について考えることについてなどのお考えをお聞きしたいと思っています。

西谷- 今年のPeace Now! Okinawaの実行委員長を務めています、全国学生委員会学生常勤の西谷颯太と申します。大学に入ってから平和活動などのご縁で5、 6回程度沖縄を訪問し、実際にガマに入ったり、米軍基地のそばにも行ったり、沖縄戦のことや今の米軍基地問題のことなどについて自分なりに学びを深めています。そういった経験も踏まえて、いろいろ話をお伺いできたらと思っています。

髙島- 九州ブロックで学生事務局をしています、髙島竜之介です。現在九州大学の4年生で、生まれも育ちも福岡です。今年に入って九州ブロック内の琉球大学生協と沖縄大学生協の担当になり、また今年のPeace Now! Okinawaの事務局次長として、度々沖縄を訪問するようになりました。恥ずかしながら沖縄戦についてあまり詳しくなかったので、最近学び始めたこともあり、今回また更にいろいろなことを吸収できたらと思います。
それでは古賀さんの自己紹介と、よろしければ現在のひめゆり平和祈念資料館で働くに至ったキャリアやきっかけについて教えてください。

古賀- 私は福岡県北九州市出身で佐賀大学に進学し、教育学部にある美術の学科に入学しました。ですから、卒業したら中学校や高校などの美術の先生になるというのが通常の進路でしたが、大学に入って大学生協主催の新入生歓迎企画に参加したことをきっかけとして、生徒会みたいですごく楽しいなと感じて大学生協に関わるようになりました。大学生協の学生委員会の活動の中で九州の大学生が合同で行う沖縄でのサマーキャンプや、その流れの中で「オキナワへの旅」という大学生協連の平和ツアーがあって、それに参加をしたのが1990年の夏で、私は大学2年生で19歳でした。その時は沖縄戦のことも知りませんし、沖縄に米軍基地がこんなにあるということも知らない、何も知らずに沖縄に行ったわけですね。行ってみると琉球大学や沖縄の大学生が参加者を戦跡へ案内してくれて、ガマやひめゆり平和祈念資料館、県の資料館などを訪問し、そこで沖縄戦について初めて知り学びました。
ひめゆり平和祈念資料館では、展示を通して沖縄戦で亡くなった生徒への思いが伝わってきました。さらに、展示室の壕の模型の前にひめゆり学徒隊の体験者の方が立っていて、目の前でお話をしてくれて、友達への思いがすごく伝わってきました。聞きながら私が泣いてしまったら、体験者の方も目を潤ませていたんです。それを見たら、戦争体験を語るのはつらいだろうに、どうしてこういう活動を続けているんだろう、私のような何も知らない人に話をするなかで、嫌なこともあるのではないかと想像したりしました。もちろん戦争は絶対にダメだと伝えたいという思いで、お話ししているのは十分伝わってきましたが、それだけではなくて、戦争を体験した高齢の方たちが戦争が終わって何十年も経って、こうして展示室に立ち続けている、その理由がとても気になって、ひめゆりや沖縄戦についてもっと知りたいという思いが強くなりました。
当時は博物館か美術館の学芸員になりたいと漠然と感じていましたが、博物館は単に古いものが並んでいる場所のように思っていました。しかし、ひめゆり平和祈念資料館を訪れて、博物館というのはさまざまな資料や写真、映像などを通して、訪れる人々にメッセージを伝えていると感じました。博物館のイメージが大きく変わり、そういう博物館で働きたい、特に平和博物館で働きたいと感じる経験をしました。
大学を卒業した後は沖縄に移り住み沖縄戦について学び、南風原町で沖縄戦の調査などに携わりました。その後、ひめゆり平和祈念資料館から声をかけていただき、2009年から学芸員として働き今に至ります。
ひめゆり平和祈念資料館で働く

髙島- 平和に関する取り組みだと広島や長崎などにも資料館はあるわけですが、その中で特に沖縄戦について研究したいと思われたところがあれば、ぜひお聞きしたいと思います。

古賀- 長崎で被爆者の方のお話を聞く機会もあり、それもすごく強烈な印象として残っていますが、沖縄が本土防衛の防波堤にされて、多くの沖縄の人たちが犠牲となったという歴史を全然知らなかったため、まず県外出身者として申し訳ないと感じ、もっと学ばなければならないと思いました。
学んでいるうちに軍隊の論理や住民の視点など、沖縄戦の解像度が自分の中で少しずつ上がっていきました。それと同時に自分の辛い体験に向き合い、それを語り伝えているひめゆり学徒隊や沖縄戦の体験者の姿に、戦争のない社会にしたいという強い決意とか、そのことに対して真剣に向き合う力強さを目の当たりにし、自分の軸がまだ定まっていなかった私はすごく魅力を感じて、自分の考えを持ってきちんと表現できる人になりたいとか、そういう憧れみたいなものを持ちました。

髙島- 憧れという言葉も最後に出てきましたが、実際に働いていく中で想いの変化や強くなったところはありますか。

古賀- ひめゆり資料館で働く以前は、ひめゆりの体験者の仕事は、展示室や講演で戦争体験を語ることが中心だと思っていました。しかし、働き始めて、体験者の皆さんが企画展の制作から書籍の刊行、資料館の運営まで、さまざまな仕事を担っていることを知り、受け身ではなく主体となって戦争体験を伝える場を作っていることに驚きました。
戦争がテーマの資料館なので、働いていて気持ちが重くなるんじゃないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。ひめゆりの体験者のみなさんは、戦争体験を話すときは、緊張感を持ってお話しされていましたが、普段は冗談を言ったり、おしゃべりしたりするのが好きで、休憩時間には、学生時代の楽しい思い出話をにぎやかに話していました。その姿は女学生に戻ったみたいでした。お菓子やおかずをいっぱい持ってきてくれて、職員に「食べなさい、食べなさい」と勧めるという、沖縄のおばあさんらしい面もありました。ですから、資料館は私にとって、強くて優しいひめゆりの体験者と一緒に働ける素敵な職場でした。

髙島- 残念ながら体験を語れる方々が少なくなってきていると思います。直接語れる人が少なくなってきたからこそ受け継いでいきたいこと、大事にしていきたいことはありますか。

古賀- 実は、ひめゆりの体験者の多くは、戦後長い間戦争体験を語っていませんでした。戦後40年近く経って、資料館づくりに取り組むなかで自らの体験と向き合い、1989年の開館後に語り始めた方が多いんです。
沖縄戦当時、ひめゆりの生徒たちは絶対に米軍に捕まってはいけないと考えていました。敵に捕まることは恥であり、捕まれば残酷に殺されると聞かされていたためです。そして、捕まりそうになったら自分で死ななくてはならないと信じていました。ところが、米軍に捕らえられ、思いがけず生き残ることになりました。「死ぬときは一緒だよ」と言っていた友達は死んで、自分だけ生き残ってしまったという複雑な思いを抱えたまま、戦後の人生が始まりました。その中では、夢だった教師になったり、結婚して子どもが生まれたりと、うれしいことや幸せなこともたくさんあるわけです。しかし、そのたびに、亡くなった友だちが生きていたら、こうした経験ができたのではないかと、新たな悲しみを感じていました。また、ひめゆり学徒だった娘を失った親御さんの悲しみははかり知れないほど深く、娘がいつか帰ってくるのではないかと家の鍵を閉めずに待ち続けた方もいました。彼女たちは、自分の姿を見ることで、親御さんが亡き娘を思い出し、つらい気持ちになるのではないかと感じ、生き残ったことへの申し訳なさを抱えてきました。戦争を体験した人であっても、体験を語ることは非常に難しいことでした。しかし、亡くなった友達のことや戦争の悲惨さを多くの人に知ってもらって、平和な世の中をつくることが自分たちの使命だと考えて、資料館づくりに取り組む中で、徐々に自分たちの体験を見つめ直すことになりました。
ひめゆりの体験者の話は具体的で、訪れた来館者に強い印象を与えてきました。しかし、体験者のみなさんも、小さい子どもに言葉だけで伝える難しさを感じていました。当時の用語の難しさや複雑な状況、時代が変わり価値観も変わってきているので言葉だけで説明するには限界があると考えていたためです。そこで、体験者のみなさんの話し合いによって、子どもたちにも理解できるアニメや絵本をつくることになりました。戦争体験者自身も、戦争を伝えるためにさまざまな工夫を重ねてきたのです。また、体験者のみなさんは、自分たちが語れなくなった時のために2000年頃から「次世代プロジェクト」をスタートしました。映像記録を残したり、最初の展示リニューアルを実施したり、戦後世代の職員と一緒に取り組みながら、戦争体験を伝える仕事を引き継いでいきました。ひめゆり学徒隊は当時15歳から19歳だったため、体験者の皆さんは100歳近い年齢になっています。ここ数年の間に、お亡くなりになった方も少なくありません。今は、直接体験を聞くことは難しくなっています。しかし、ひめゆりの体験者のみなさんが、将来自分たちが語れなくなった時のために、20年以上前から準備をしてきて、証言を残してくれたことを、私は皆さんにお伝えしたいと思っています。資料館では、それらの証言の本や映像を展示しています。訪れた方々は証言の映像の前で立ち止まったり、証言の本をめくって読んだりして、彼女たちの体験に触れているのです。
次世代への平和教育
当事者の視点とワークショップ

髙島- 自分たちがいなくなってしまうことを考えて準備をされてきたことを知り、僕らも皆さんの想いをきちんと受け取って次につないでいきたいと思いました。
私たちのような若い世代に向けて平和教育をされる際に、大切にしていることがありましたら教えてください。

古賀- 一つはひめゆり資料館の展示の特徴でもある、当事者の視点を大切にしています。通常の博物館は、過去の歴史について実物や資料を通して客観的に伝えるところですが、ひめゆり資料館では展示の説明の中に、当時のひめゆりの生徒たちがそのとき起こった出来事に対してどのように受けとめ、どんなことを考えていたのかという、当事者にしか分かりえないことが含まれています。年表や教科書のように起こった出来事を客観的に記述することも必要ですが、その時、その場所にいた当事者がどう感じていたかを知ることで、見ている人が自分がその時代にいたらどうだっただろうと考えることができます。私や戦後生まれの職員が講話や平和教育を行う際、当時の生徒の視点を必ず説明するようにしています。また、証言の映像を活用して、できるだけ体験者の生の言葉に触れてもらえるようにしています。
そこでは、単に体験者が話していたことをそのまま伝えるだけでなく、その出来事が当事者にとってどんな意味があったのかということを説明します。それはひめゆりの体験者と一緒に展示づくりに取り組み、議論を重ねて、共通認識を作ってきた経験が土台となっています。体験者と一緒に仕事をする中で理解した内容を反映しているわけです。ですので、体験者が話してきたことをそのまま繰り返しているのではなく自分たち戦争体験のない世代が「語り直し」ながら伝えていると考えています。
もう一つは、知り、学ぶだけでなく、知ったことを伝えてみるというサイクルを大切にしてほしいと考えています。知識は自分の中にただ溜め込んでもなかなかそれ以上は深まりません。しかし、知ったことを人に伝えようとすると、わかっていたつもりのことがきちんと説明できなくて驚いたり、説明できるようになるには、自分自身がもっと理解したいと感じたりします。伝えた相手から思わぬ質問が出て、新たにわからないことがみつかったり、違った視点を得ることもできます。
これはまさに資料館で働く私たち職員が経験したことです。体験者の証言や資料をもとに、展示の文章を書いて、会議で読み合わせをしたら、体験者の方に、それは全然違うと指摘されたことがあります。自分では理解しているつもりでも、思い違いをしていたり、言いたいことと表現がずれていたり、体験者の間でも認識が異なったりすることが明らかになりました。そこから何度もすり合わせをして展示づくりを行い、知ったことが自分のものとなっていく…それは自分が伝える側になってみないとできない学びです。
こうした知り、学び、伝える一連のサイクルを多くの生徒に経験してほしいと思い、資料館では「高校生が同世代に伝えるためのワークショップ」というプログラムをつくりました。
県内の高校生たちとワークショップを行い、その後彼らが同じ学校の生徒たちに展示パネルを使ってガイドを行うという内容です。昨年は、その高校生がひめゆり資料館で一般の来館者にイラストのパネルを使ってガイドを行いました。その際は一方的に説明するのではなく、来館者に「どう思いますか」と問いかけをしたり、疑問や感想を引き出したり、交流しながら対話をするようにしてもらいました。ガイドをした高校生たちは対話をする意義をきちんと理解していて、たくさん会話ができたようです。質問を受けてハッとしたり、広島から訪れた来館者から、原爆資料館にも行ってみてほしいと勧められた生徒もいました。そのように来館者から教えてもらうことがたくさんあったようです。今後も、高校生が伝える側になってみる取り組みを続けていきたいと思っています。
仲間がいるからできることがある

髙島- 展示に至るまでにさまざまな準備をされているのだと、改めて感じました。
大学生協連のPeace Now! という活動でも、実際に現地で「聴く」「見る」「話す」ことを大切にしていますが、学生の皆さんに考えてほしいこと、行動してほしいことなど、ワークショップの内容と重なる部分があるかと思いますが、もう少し深くお聞きできればと思います。

古賀- 私が学生時代の平和ツアーではグループ討論がありました。ある参加者が一生懸命に話し始めたのですが、最初は何を伝えたいのかわからず、戸惑った記憶があります。しかし、よく聞いてみると、彼がその考えに至った理由や宗教観などの背景がわかってきました。お互いの背景も違うし、意見としては同じにはならないけれど、そう考える理由については理解できるとか、ある部分については共感できるとか、他の人の話をじっくり聞くことで、理解が深まったり、考えが広がるという経験ができて、すごく面白かったです。
人と意見が違うことが怖いとか、雰囲気が悪くなるのは避けたいとか、戦争や政治の話をしたくない気持ちもわかるのですが、高校生のワークショップで「違う意見が聞けてすごく面白かった」「もっと聞きたいと思った」という感想をもらうと、同じ学校の中で戦争のことなどに全く関心がない人がいても、話をすることでその人の考えが聞けたり、お互いを刺激し合うことができたりする、そういう経験を平和教育、平和学習の中でも活かすことができればよいのではないかと思います。
特に大学生というのはすごく貴重な場にいて、身近なところにさまざまなテーマの研究者がいるし、同世代の人に囲まれています。社会に出たら周りに同世代がいる環境があるとは限らないですよね。大学生の間に、仲間を作って平和や社会の問題について学んで語り合う経験もできますよね。最近、琉球大学の学生さんたちが、ドキュメンタリー映画「ひめゆり」の上映会を大学で開催してくれました。一人では難しくても仲間がいるからできることがある思います。ひめゆり資料館もひめゆり同窓会のみなさんが力を合わせたことで設立にこぎつけました。開館後の運営も、ひめゆり学徒隊の体験者が定期的に会議を行い、何でも話し合って対応していました。来館者からの質問の答えはこれでよかっただろうか、こんなことがあって困った等、皆さんがお互いによく話をされていました。体験者のみなさんは、いろいろな困難に直面しても、相談したり励ましたりできる仲間がいたからこそ、30年近く活動を続けることができたのではないでしょうか。私自身も資料館という場で、体験者の方々や職員という仲間がいるから続けてこられたと思っています。
社会問題を身近なものとするために

西谷- 仲間を広げていくことの大切さというお話がありましたが、戦争や核兵器の課題や軍縮の問題について関心を持つことは、機会も少なくハードルが高いと感じる若い世代は多いと思います。身近でない社会課題を身近なものとして捉えるには、どういったポイントが大切になってくるとお考えでしょうか。

古賀- 日本では地域ごとに空襲や戦争体験の記録があり、それを展示して伝える取り組みが続けられてきました。今は戦争体験者から直接お話を聞くのが難しくなってきていますが、自分の地域の歴史や戦争の記憶について、まずは関心を持ってほしいと思います。
また戦争、核兵器、軍縮などの問題については、今は自分の関心があるものだけをネットで見ることができてしまうため、とても重要な出来事が起こっていても知らずに通り過ぎるようなことが前より増えている感じがしますね。世界で戦争が繰り返されていることや、日本でも軍事力の増強がはかられていることなど、今起こっている問題に対して、過去の戦争を振り返り、その時の状況と今の状況を比べて歴史から学ぶということが、今を生きる自分たちにできることだと思いますし、そういうことに関心を持ってもらえるような取り組みをするのが、平和ミュージアムの一つの役割だと思っています。
近年、資料館では海外での移動展の開催に取り組んでいます。2023年には沖縄県系移民の子孫が多いハワイで開催しました。そこで寄せられた感想に、「心を揺さぶる内容だった。米軍の側の話しか知らなかったが、生徒たちがこういう悲劇を体験したことはとてもひどいことだと思った」というものがありました。ハワイには真珠湾攻撃に関する施設や記念碑があり、米軍から見た第二次世界大戦の話はよく知られています。だからこそ、沖縄の生徒の体験を知ってもらうことは非常に意味があると思いました。当時は敵として戦っていたわけですから、何らかの反発があるかと思いましたが、そうではなく、しっかり受け止めてもらえたという手応えがありました。移動展にご尽力いただいたハワイの研究者が、アメリカ人でも十代の女子生徒を戦場に行かせるのはおかしいと思う、と言われたのが印象に残っています。また現在は台湾の高雄で、移動展を開催しています。 台湾は日本の植民地だったため、日本と同様の教育が行われました。高雄高等女学校の学校生活を写した写真は、ひめゆりの写真と見間違えるほどよく似ています。台湾には沖縄からの移住者や疎開した人が大勢暮らしていました。
沖縄戦との関わりも深く、アメリカ軍は当初、台湾に上陸する計画を検討していましたが、沖縄に上陸しました。そうした歴史から、台湾で沖縄のような地上戦があったらどうなっていただろうか、と想像することができます。また、高雄の博物館の館長は、この展示について、台湾自身の歴史経験を映し出す鏡であると語りました。海外でひめゆり学徒隊の沖縄戦体験を発信することは、その国や地域によってどう受け止められるのかわからないところからスタートしますが、やってみることで、普遍性や共通性、つながりを知る機会となっています。そうした経験をひめゆり資料館で活かしていきたいと考えています。
戦争体験者の努力や思いを伝える

西谷- 平和な社会を作っていくこと、過去を引き継いでいくためには、一人ひとりが過去の経験を通して考えていくことが大切だと思いました。
戦争、戦跡や当時の記憶を継承する現場にいらっしゃる古賀さんの立場から、未来に向けて平和な社会を作っていくために、大学生にメッセージをいただけたらと思います。

古賀- ひめゆりの体験者は、自らの体験を通して実感した戦争の恐ろしさと命の尊さ、平和の大切さ、戦争は二度と起こしてはいけないと訴えてきました。訪れた来館者ひとりひとりに真摯に向き合う姿を見てきた者として、その思いに共鳴しながら、戦争体験を伝えてきた人々の努力や、戦後の思いをこれからの世代の人にも知ってもらえるようにがんばります。

西谷- 今年のPeace Now! は「戦争当事者に想いを馳せ、私たちの一歩を考える」というのをテーマに作成していますので、多くの大学生にも戦争体験をされた方々の想いを感じてもらえるように、これから活動していきたいと思います。

古賀- 社会に出ると皆忙しくなってしまうので、皆さんの取り組みは大学時代にたくさんの経験をしたり、学んだり、交流したりする本当に大事な活動だと思います。

佐藤- たくさんの貴重なお話を伺えました。私は昨年のPeace Now! Okinawaの担当を終えた後は、広く生協の平和活動や被爆者の方々について学ぶことが多くなり、ひめゆり資料館・ひめゆり学徒隊の皆さんのことにゆっくりと想いを馳せる機会が少なくなってしまっていましたが、今日の古賀さんの話をお聞きして、また資料館に行きたい、資料集を見返してみたいと改めて感じたインタビューでした。本日はありがとうございました。
2026年7月31日 リモートインタビューにて
PROFILE

ひめゆり平和祈念資料館 学芸員
古賀 徳子 氏
1971年北九州市生まれ
佐賀大学卒業後、沖縄国際大学で沖縄戦を研究し、沖縄県南風原町で町史の編纂に携わる。
2009年より現職に従事し、沖縄戦の実相を伝える重要な役割を担われています。
ひめゆりの塔 ひめゆり平和祈念資料館
古賀 徳子 氏
1971年北九州市生まれ
佐賀大学卒業後、沖縄国際大学で沖縄戦を研究し、沖縄県南風原町で町史の編纂に携わる。
2009年より現職に従事し、沖縄戦の実相を伝える重要な役割を担われています。
ひめゆりの塔 ひめゆり平和祈念資料館


