大学教員×高校教員×大学生×高校生 座談会 コロナ禍における教育現場の対応と変化~失われた2カ月を、今後どのように 活かしていくのか~

漠然とした未来でいい。高校2年生は模索のとき

2年生の方もどうすれば自分の望む学習ができるのか、情報交換をしながら少しずつ将来について考えていただけるといいのかなと思うのですが、どうでしょうか。

私は2年生の夏休みに大学のオープンキャンパスに行きました。受験勉強はまだしていませんでしたが、オープンキャンパスで大学の情報を集めていました。もちろん、この状況下では行けないと思いますが。苦笑

2年生というと、私も生徒会をやっていました。生徒会が本当に楽しくて、受験勉強は全然やっていませんでしたが、ただやはりその中で、進路を考えたりはしていました。大学ってどういう世界なのか、そもそも自分は将来何になりたいのかという、ぼんやりとした将来像を描いていました。
あとは受験の型を結構調べていたと思います。やはりこれだけいろいろな受験方式があるし、科目も組み合わせが自由にできるので、そういうところで高3になって自分が何を勉強して何を武器に戦うのかを、模索していたという感じですね。

2年生の方は受験の方式なども考えながら、どういう学びが自分にとって、一番適切なのかを考える余裕が、まだ与えられていると思うのですね。もちろん制度がどんどん変わっていくかもしれませんが・・・。情報収集に今から取り組んでいただくというのは、とても必要なことだと思います。臨戦態勢の3年生に比べると2年生はまだ時間の余裕があるだけに、対応のしかたがありますから。

大学選びの「基準」とは?

3年生の方は時間的余裕がないから、一番困っていらっしゃると思うのですが、そうはいってもやはり基本の受験勉強というのは変わらないのではないかと思うのですね。焦りや悩みはとてもよく分かりますが、やはり今は、従来通りの入試に向けてコツコツと努力していくことが、一番の策なのかもしれないと思ったりもします。
もしかしたら、大学の側から無責任なことを言っているかもしれませんが、高校の先生としてどうでしょう。

まさしくそうかなと思うところと、ぜひ伺っておきたいと思うところがあります。うちの生徒でいうと、伸ばしていこうという意識と、入れるところを探すことに特化する部分があるのですが、大学生のお二人にも伺いたいのは、ひと伸ばしして大学選びをしてきたのか、または模擬試験や大学のランクから入れるところを選んだのかということです。

大学の選び方は、大きく分けて二つあると思います。ランクで選ぶものと、自分が何をやりたいかで選ぶもの。やりたいことを高校で見つけるのというのは、かなり難しいことだとなると、名の通った大学に行きたいとか、費用が少ない国立に行きたいとかということになります。私も最初は国立やGMARCHを視野に入れていました。大学をランクで選ぶにしても、やりたい事・学びたい事で選ぶにしても憧れや目標は高く持つことが大事だと思います。

私は観光を学びたいと思いましたが、当時観光学部のある大学はまだ少なくて、探すうちに東洋大の国際観光学部に巡り合いました。マーケティングを学びたいとか、観光を学びたいとか、情報を学びたいとか、漠然とでも何かしたいことがあると、大学も選びやすいのかと思います。それから目標は高く持っていたほうがいい。目標を上に設定して勉強すると、自分の限界値を目指そうという意欲がわきます。

もしかしたら、もう少し上に行けるのではないか、と思いながら人生を生きていくのは、若者の特権だと思います。上昇志向を持ち、野心的に取り組むことを忘れてはいけないのではないでしょうか。その結果、自分の野心が満たされなかったとしても、それを目指して努力したという経験は消えず、次の人生選択の時に生きてくると思います。
自分をこの程度の人間と自分で決めつけて、いつも安定路線を選んでいると、これからの人生、安定を求めて自分で自分を若干低く見積もって生きるようになる。
しかし、それって幸せなのでしょうか。むしろ、もうちょっと行けるかもしれないと頑張ってみる。もし、ちょっと残念な結果になっても、ここでもっと頑張って、次の選択の時には、もうちょっと飛躍してみよう、というように。小さなところに自分を位置づけてしまうと、人生も小さいところに転んでいきそうで、ちょっと寂しくないですか・・・。

大学で学ぶ意義とはどのようなことか

高校生のお二人にお聞きします。こういう目標があったら自分は頑張れるというのはありますか。

僕は社会問題に関することを大学で学び、それを生かせる職に就いていけたらと思っています。知ることが一番大事ではありますが、やはり行動に移さないと何も残らない。行動することによって知識のうえに経験を得られると思うので、意欲的にいろいろなことをしていきたいと思っています。

できたらいいなで構わないと思います。「いいな」と思う気持ちが原動力となるので。


三浦 朝希子さん
(東京都立深川高等学校 2年)

私は将来幼稚園の先生になりたいと思っているので、勉強もその夢を叶えるためだったら頑張ろうかなというふうに思えます。そういう目標があるとやはりモチベーションも上がります。

僕も教師になりたいなと思っていました。高校はずっと文系だったのですが、大学では理系でプログラミングなどを学んでいます。やりたいこととか目標って、その時の自分に応じてその都度変えていっていいと思うのですよ。ただそこで妥協をしてはいけないとは思います。

私は元々ホテルで働きたいという思いがあり、それで観光分野を目指したのですが、ホテルでアルバイトをしたら、自分の中でなにか違うなと感じました。大学で学んでいくうちに今は地方創生、地域が廃れているからもっと盛り上げようという視点で観光業を見るようになりました。なにかとりあえず大学に入っちゃえという考え方ももしかしたらあるのかもしれないと思います。大学入学後に主体的に学んでいくと、何がやりたいのかが見えてくるかと思います。私も今、具体的に何の仕事がやりたいのかは分からないのですが、日本を盛り上げたいなという漠然とした考えで学んでいます。大学でなにか見つかるかもしれない、そういう思いで大学に入ってもいいのかと思いました。

皆さん、子どもの時に何になりたかったですか(笑)。多分、子どもの時になりたかったものってどんどん変わっていくと思うのですね。ずっと不変で、子どもの頃の夢を本当に叶える人もまれにいますが、でも実際には少しずつ自分の将来像って変わってきていると思うのですね。
明確な目標を持って大学に行く人ももちろんいるけれども、大学で発見したり、あるいは大学でもうまく発見できなくて社会に出てから見つける人もいます。それでは大学って意味がないのかというとそうではなくて、大学はどういった分野に進んでもきっと使える、応用の範囲が広い基礎をしっかり学べる場所なのではないかと私は思っています。
特に東洋大学は世界的にも希な哲学を基礎としている大学です。哲学の基礎である、しっかり考えるという癖を大学生のうちに付けておくと、社会に出てからでも自分が本当に就きたかった仕事に気が付いた時に、懸命に頑張って進路変更できる。私のゼミの卒業生にもそういう人がいましたが、なぜ彼にそれができるのかというと、大学生の時にいろいろな友達と出会って社会関係を広げながら、いざという時には集中して勉強するという癖を自分自身で身に付けていたからだと思うのです。
大学での学びには、直接的に役立つような技術を教えてくれる分野もあれば、幅広く考える基礎を学ぶカリキュラムを提供している大学もあると思います。ですので、自分のやりたいことがはっきりしていて将来のビジョンを描いていると、ある意味学部や学科は選びやすいけれども、何をやっていいかよく分からないという人にとっても、やはり大学というのは発見の場であると同時に次のステップに上がるための基礎力をしっかりと身に付ける機会でもあると思うのですね。
例えばこんなご時世だから、大学に行くよりも社会に出て働いてみようというのも、確かに一つの選択肢だと思います。でも、もし状況が許すのであれば、4年間をかけて自分の中に多様な学びに対して挑戦できる力をしっかりと蓄えていければ、やっぱり大学進学というのは無駄ではないと思うのですね。