大学教員×高校教員×大学生×高校生 座談会 コロナ禍における教育現場の対応と変化~失われた2カ月を、今後どのように 活かしていくのか~

資格取得に関して

本校は東京グローバル10に指定され、英語教育の一環として英検を積極的に受験するよう取り組んでいます。大学を出て社会人になると資格が必要というところがあるかと思いますし、観光学科などでは英語は相当な武器になるかと思います。どのように取り組んだらいいのかという部分も含めて、大学の4年間で資格取得のために積極的に動いてきたことがあれば教えてください。


高橋 美紀さん
(東洋大学3年)

国際学科の私自身は英語が苦手なのですが、やはり就活していくと、「TOEIC何点以上求めています」というように英語能力レベルを限定してくる企業もあります。グローバル社会に向けて、資格に関してはあるに越したことはないかなと思います。
私も入学後に資格の勉強は結構していて、世界遺産検定や国家試験も受けたのですが、就職が近くなると余計に資格に対して敏感になっていくような気がします。ですので、高校生のうちに英検が取れるのであればもちろん取ったほうがいいと思います。やはり能力の裏付けがあったほうがモチベーションを保ちやすいので。

情報系の私は、資格は英検と運転免許くらいしか持っていませんが、資格取得にかかる時間や費用は、学生が一番あると思うのですね。これが働きながら資格の勉強をしようとなると、企業にもそういうサポートをする所もありますが、結構大変だと思います。ですので、資格は自分の人生の武器になるし、多ければ多いほど将来の選択肢が広がるので、時間がある時に取っておくというのもいいと思います。大学4年間って結構時間があるように見られるのですけれども、あっという間なのですよ。

TOEFLとか英検は大学入試の時に使えるかもしれないから、尚のこと高校のうちに受けておかなくてはいけないと思われますが、仮に入試に使えなかったとしても、そこで努力して勉強したことは必ず残ります。そのときのスコアは入学してからも使えるし、今後の学びのためにメリットがあると思うのですね。特に受けることを支援する体制があるときは、ぜひ受けておいたほうがいいでしょうし、その勉強はきっと無駄にはならないでしょう。やはり、コツコツ勉強した結果は何らかのかたちで役に立ちます。
「受験勉強なんて実社会では役に立たないよ」という人はもちろんいます。でも、そうやって覚える努力をしたことは、今後大学に行ってから、また社会に出てから、学業や仕事を覚えるという経験を助けてくれるはずなのですね。ですので、受験勉強は、せっかくの美しい楽しい17歳を無駄に使っているように思われるかもしれないけれど、本当は無駄じゃなくて、17、18歳だからこそできることなのだと逆に思って、この苦境を乗り越えていただきたいなと思います。

受験勉強も、「絶対に大人になったらこんな勉強をしないよ」と思っていたのですが、今もう一度日本史を勉強してみようと思うこともあり、あんなに嫌だったものが今好きになっているということもあります。いつか自分が好きになった・気になった時に、またそれを引っ張り出せるように勉強する、そう思ってちょっとだけプラスに考えるのもいいかと思います。

今の話を聞いて、大学の中で得られる経験値も絶対に無駄にならないというところは、自分の考えと共感するところがあり、大学に行くことの意味を再確認できました。

対面授業の重要性について

今までの大学入試がこれから変わっていく。高校や予備校で知識を問う問題が多かったからという部分があるのだけれども、はたしてどうなのか。歴史的事実も検証を行って常に変化しているように、今この環境にあることについて、常に疑いの目を持っていくのが学びなのかなと、私は最近思っています。同じように、今盛んに行われている双方向のオンライン授業も、それが本当にいいものなのか。やっぱり人って触れ合わないと分かり合えないし、それが必要だと思います。知識と議論、どちらかに偏りすぎてもよくない。
大学の先生にお伺いします。4年間ってあっという間だという学生さんに、卒業後も自分なりに学んでいくという意識付けや鍛え方は、どのようにされているのでしょうか。

例えば私が所属している社会学部などは、1年生の時からゼミナールがあります。学生が30人くらい。少人数とは言えませんが、そのゼミで学生と議論する時間をたくさんとります。先生がおっしゃったように、やっぱり物事を疑うというのは、科学的にとても大切な第一歩なのですね。だから少人数授業のときに、素直ないい子になるのではなくて、それは本当だろうかと疑問を差し挟みながら生きていくことの必要性を、対話を通して学ぶ機会をつくってきたのです。
でも先生ご指摘のように、今一番大学でも困っているのは、こうした対面式授業が本当にできなくなり、うまくコミュニケーションを伝えきれないことです。テレビ会議方式で話していても、どこかよそよそしいところが残ってしまう。今できることいったら、どうしても知識を教えることに偏重してしまうのはすごく残念ですが否めない事実で、もっとコミュニケ―ションを大事にする授業をしていきたいと思っています。やはり学生にとってコミュニケーション能力は就職するときにも非常に重きをおかれます。大学の学びの特徴としてプレゼンを積極的にできるように、早くネットの世界から生身の世界に移りたいなと思いながら日々過ごしているのは、学生さんも同じですよね。

もちろんオンラインもそれぞれ良し悪しはあると思うのですが、姿が見えることの安心感というのは絶対にあると思います。

私は最近、卒業生に叱られます。対面授業をやっていたからこそ、僕らはいつまでも友達同士でいられる。それがなくなってしまったら、大学に行く意味がなくなってしまうじゃないですか。だから、対面授業をやらなきゃだめです、と。やはり大事なのは、大学に行って他愛もないおしゃべりをしながら大学でしかつくれない人間関係をしっかり構築していくことなのです。今それができるキャンパスが開かれていないというのはものすごく残念なのですね。世界中の大学の先生がそう思っていると思います。高校の先生もそうですよね。

本当にそうですね。だから、そこを乗り越えて本来のあるべき姿を迎えればいいのかと思うのですが、どうしても無機質な感じがしてしまう。そこで学んできた人たちが大人になったときにそれが当り前にならないよう、私たちが今頑張って温かみがある関係を取り戻さなくてはならないと思います。

リモートを使っての学修は非常に効率的な教育ができる反面、その効率性ばかりを追い求めてしまうと、本来大学教育の場にあった“あそび”の空間が失われてしまう。無駄と思えるものこそが本当は宝物だったりするので、それをなくさないようにこの危機を乗り越えていくのが、教育現場の一番大きな課題かもしれませんよね。

確かにリモート学習では、課題を自宅で解いてそれで終わりというような形で4月5月とやってきました。今この場での話し合いを聞いて、話すとか聞くということはリモート以上に大切なものを生み出していると思いました。

リモートで授業をしていると、チャットで議論をすることになります。私のゼミでは3年生と4年生が一緒に履修しているのですが、4年生とは2年目で去年も対面で授業しているので、無駄なチャットが入ってきます。でも、3年生は初対面なので、ちょっと堅苦しいチャットです。これはいけないと思うのですが、対面で授業をしていないので、その人がどんな人か分かりません。ネット上のコミュニケーションの難しさというのは、ベースとなる面識があると非常に豊かに盛り上がる部分もあるし、言葉が足りなくても通じ合えるのですが、本当にネットだけだとものすごく丁寧に書かないとトラブルの元ですよね。緊張の度合も激しいし楽しくない。やはり対面状況で話をするのは大事だと思います。

うちの研究室の先生とも毎週メールでやり取りしているのですが、「先生、これ怒っているのかな?」と感じることもあります。

ある授業でグループワークを求められるのですが、メールアドレスと名前だけ渡されて、このメンバーでプレゼンしなさいと言われます。顔も知らない人とプレゼンを一緒に作るというのを今すごく苦労してやっています。
就活でグループ面接もこういう形で多分やられるのかと思いますが、顔を見ながらだと話し合いもスムーズにできると思うので、やはり対面の重要さはあるなと思いました。

一度も大学に来たことのない1年生のグループワークってうまくできるのだろうかと思いながら、今1年生に小集団を作ってパワーポイントでプレゼンテーションのベースを作ってもらっています。1年生はお互いに会ったこともないのに淡々と進めていくのですよ。優秀だなと思う反面、これだけで大丈夫なのかと不安になってしまいます。逆に4年生くらいになると慣れすぎているから、無駄は止めて早く仕事するようにとしょっちゅう突っ込みを入れなければいけなくなります。どうバランスをとって授業をすればいいのか、本当に難しい。

オンラインでは一人しか話せないじゃないですか。対面ではみんなの話を聞いて、好きなように話してこっちが突っ込んでというコミュニケーションもあると思うのですが、リモートだとそれができなくて。みんなカメラに向かって話して次にこの人が話してという感じで割り込みが難しい。そういうのも楽しめない理由かなということにオンラインで気付きました。

突込みって難しいものね。親しい間柄だったら相手の通話に平気で切り込んでいけるけれど、あまり親しくない人に急に割って入るのはいけないのかなと。

ましてや、顔が見えなかったりすると余計ですよね。

今むっとしたかもしれないと思って悶々としながら。よくないですよね。

TwitterやLINEでメールを送る時、勢いで書いて、書いたのはいいけれどほかの人が見たらこの文面どう思うかなと考えると、ネット上のやり取りは緊張するし、ある種怖いと思います。それで気分を害されちゃって人間関係が悪くなってしまったら大変ですし。

ネットの誹謗中傷が問題になっている中で、今逆にコロナの機会を肯定的に捉えるとしたら、オンラインツールを通した情報発信のしかたを、より若い人たちに学んでもらう機会にすることだと思います。ITリテラシーを、学校でもぜひ情報の時間などで積極的に取り入れてもらえるとより良いオンライン環境になってくると思いますね。

大学では1年次にリテラシーの授業がありますね。

今は小学生の頃からスマートフォンを持つ時代。全年代でそういうことをやっていかないと、トラブルが絶えなくなってしまうという感じがします。だから、コロナの影響でオンラインは大変だと思うのですが、それを逆にどのように活かしていくのかは、これから考えていくべきことだと思います。

今日の座談会が有意義に明日へとつながるよう祈っています。ありがとうございました。

取材・文/大学生協連 広報調査部 山崎 幸子
2020年7月23日(木)飯田橋にて