読書のいずみ

「好き」と「憧れ」と「想い」をことばにのせて

1.好きです、理系男子。

青木:私が瀧羽さんの作品を初めて読んだのが『左京区七夕通東入ル』(以下、『七夕通』)でした。京都が舞台で、私も京都に長年住んでいるので鴨川デルタとかそういう知っている場所が出てくると、ああ、ここ知ってるなと親近感を覚えながら読んでいました。お店とかけっこう細かく出てきますが、それは実在のものがモデルとなっていますか?

瀧羽:京都大学の周辺、京都にお住まいでしたらご存じかと思いますが、学生寮とかルネ(大学生協)といった実在するものはそのままモデルにしていて、主人公の花がバイトしている古着屋さんとか、高瀬川沿いのタルト屋さんなどは私が好きだったお店をふんわりイメージしながら書いています。大学4年間京都にいて本当に楽しかったので、京都の街を知っている人にも知らない人にも想像しながら読んでもらいたいなと思っています。

門脇:瀧羽さんの大学生活でこの作品に反映されていることは何かありますか?

瀧羽:そうですね、私は残念ながら作品のようなかわいい恋愛をあまりしていなくて、憧れを描いている感じなのですが、学生同士でわいわい飲み会をしたり誰かの家でだらだらしたりとか、バイトやサークルといった大学生活の雰囲気は反映されていると思います。私自身は経済学部出身で文系なんですが、サークルとか語学の授業で理系の人と一緒になることがわりと多かったので、実験とか、大腸菌を育てる……というシーンは私のまわりにいた人たちのことをちょっと参考にしています。元々、理系に対する憧れみたいなものが昔から私のなかにはあるんですね。数学とか物理ができる人ってすごいなという憧れと、実験とか観察だったりとか、研究に打ち込むという未知の世界への憧れみたいなものが多分あったと思います。

青木:『七夕通』の姉妹編『左京区恋月橋渡ル』(以下、『恋月橋』)の山根君の初めてのデートシーンに「11時38分の予約」という表現が出てきて、思わず吹き出してしまいました。この部分だけでもかなり理系男子をうまく表現出来ていると思います。

瀧羽:『七夕通』の時は安藤君と山根君は脇役で名前もカタカナでした。でも、書いているうちに彼らのことをとても好きになり、なかでも山根君について興味がわいてきて、すごく書きたくなってしまったんですね。私は女性でかつ理系でもないですし、なにかに打ち込むということもなかったのですが、山根君だったらきっとこういう感じになるかなと想像しながら『恋月橋』を書いていきました。特に『恋月橋』は男性目線で、自分がいままで経験してきたものの考え方とはだいぶ距離があるので、そういうところも常に意識していましたね。

門脇:『七夕通』や『恋月橋』(以下、あわせて「左京区シリーズ」)に出てくるような理系男子は瀧羽さんはお好きですか。

瀧羽:私のほうは好きなんですが、あまり話がかみ合わないので、現実はなかなか仲良くはなれない、恋は始まらない……そこまで距離が詰められないですね(笑)。

青木:タイトルが個性的で、本屋さんで見つけた時にすごく目をひくなと思ったのですが、このタイトルはどのようにして思いつかれたのですか。

瀧羽:私はタイトルを考えるのがすごく苦手なのですが、『七夕通』の時は、最初から「左京区」を入れたいと思っていました。中京区や下京区に比べたら知名度の低い「左京区」の話なので。あとは「東入ル」の片仮名の「ル」とかも京都らしく見えるかなと思って入れました。そうなると、通りの名前はどうなるのか、実在する名前の方がいいのかとかいろいろ考えましたね。

門脇:ちなみに「左京区シリーズ」は、今後続編などの予定はありますか。

瀧羽:また書きたいですね。『七夕通』は花で、『恋月橋』は山根君が主人公でしたけど、次は……。

青木:安藤君ではないのですか?

瀧羽:安藤君は難しそうですね。彼は天然なので。でも、この流れだと次は安藤君ですかね(笑)。安藤君は恋をするのかどうか……、なかなかしないような気もしますが、でもこの世界観は生かしたい。あるいは、もうちょっと時間を前にさかのぼらせた話とか、安藤君ではない他の誰かをより深く描き込んだり、寮も出てくるし登場人物も一緒だけど、先の2作とはまた違う感じの舞台を書くのもいいかなと思いますが……やっぱり安藤君かな(笑)。

青木:みんなきっと期待してますよ、安藤君。

門脇:私も安藤君のお話を読みたいです。

瀧羽:じゃあちょっと頑張ってみますね。

インタビュアーによる瀧羽麻子さん 著書紹介

『左京区七夕通東入ル』

『左京区七夕通東入ル』

小学館文庫/650円
京都が舞台の、おしゃれ系女子大生と非モテ系理系男子学生の恋物語。「こんな学生生活をおくりたかった!」と叫びたくなる、ぜひとも大学生におすすめしたい一冊です。(門)

『左京区恋月橋渡ル』

『左京区恋月橋渡ル』

小学館/1,680円
理系男子の初恋の物語。『左京区七夕通東入ル』の姉妹編で、前回脇役の山根くんが主人公です。山根くんの不器用さと一途さに忘れかけていた甘酸っぱい気持ちがよみがえります。(青)

『はれのち、ブーケ』

『はれのち、ブーケ』

実業之日本社/1,575円
卒業から8年。ゼミ仲間の理香子と裕人の結婚を中心にメンバー6人の想いがそれぞれの視点で描かれた作品です。それぞれの立場で悩んでいた6人が自分だけの答えを見つけていきます。(青)

2.気になる、瀧羽さんの素顔

青木:瀧羽さんの作品は女性の主人公が多くて、いろいろなキャラクターが出てきますが、瀧羽さんご自身に一番近いなと思われるキャラクターはありますか。

瀧羽:どうでしょう。これは新しい質問ですね(笑)。みんなあまり似てない気がします。ちょっとずつは入っているのかもしれないですが……「左京区シリーズ」の花は全然違いますね。『株式会社ネバーラ北関東支社』(以下、『ネバーラ』)の主人公だと、会社員をしていて疲れているところは似ているかもしれません。でも、あまり性格的に近い人がいないですね。京都で大学生活を過ごした、というような客観的な事実は自分の経験と一緒なのですが、登場人物の行動パターンとかものの考え方が自分と近いと、自己弁護してしまうような気がして書きにくいですね。

青木:瀧羽さんご自身はどのような方なんですか。

瀧羽:私はあまりテンションが高くないんですよ。作品はわりとテンションが高いので、ご挨拶に行く本屋さんや他の編集者の方は、みなさんよく、「左京区シリーズ」の花みたいなほのぼのとしたかわいい女の子を想像されているようなんですが、実際の自分はかなりおじさんです。なので、作品のような大学生活とか『うさぎパン』の高校生の初恋とかに非常に憧れはありつつ、でも自分自身はもうそこから遠ざかってしまっている気がします。全般的に物事を考えすぎてしまう、常に気が小さいタイプですね。話しながら気づきましたが、『恋月橋』の山根君に似ているかもしれないです(笑)。

門脇:私は『うさぎパン』を最初に読んだのですが、『うさぎパン』も他の作品も、登場人物が明るかったり前向きな人がすごく多いなという印象で、読んでいると私自身もすごく元気をもらえたり、前向きな気持ちになったりするので、瀧羽さんが山根君に似ているとおっしゃっているのはすごく意外です。

瀧羽:自分では、明るい話を書きたいという気持ちがすごくあるんです。現実にはけっこうしんどいことっていっぱいありますよね。大学生ならば大学生で、高校生なら高校生で、あるいは社会人なら社会人、それぞれの現実の世界できついことがたくさんある。せめて小説を読んでいる時ぐらいは楽しいことを考えたいし明るい気持ちになりたいと、私自身がそういうことを考えながら本を読むので、書く時もそこを意識して書いています。
ただ、明るいことばかり書いていてももちろん読者には響かないとも思っています。現実から離れてきれいなことばかり書いていても、読み手にとってはつまらないでしょうし……。そこはバランスが必要ですね。

青木:普段読まれる本は、ご自身が書かれている作品に近いジャンルのものを読まれるのですか。

瀧羽:私は何でも読みますが、怖いのはだめなんですよ。サスペンスとかも。人が死んじゃうのは苦手です。怖がりなので。静かな作品を選ぶことが多いですね。

門脇:特に好きな作家さんはいらっしゃいますか。

瀧羽:私は昔から川上弘美さんの作品がとても好きで読んでいます。最近『七夜物語』を出されていて、ほかに『神様』、『センセイの鞄』といった作品を書かれている作家さんです。あと、小川洋子さんや角田光代さんとかも好きです。女性作家さんの作品を読むことが多いかもしれませんね。海外物もたまに読みますよ。カーヴァーとかオースターとか、メジャーなものばかりな気がしますが。ホラーは絶対無理です。あと難病物も苦手です。死んじゃうとか不治の病とか、読めません。

門脇:では、推理小説も?

瀧羽:そうですね、あまり読まないですけど、伊坂幸太郎さんの作品は読みます。

青木:伊坂さんの作品は明るいミステリーという感じですよね。

瀧羽:そう、あまりえぐくないので。トリックよりも人間の気持ちとか読み手をひっぱっていく話の進め方とか、ミステリーはそういう意味では勉強になります。

インタビュアーによる桜庭一樹さん 著書紹介

『白雪堂』

『白雪堂』

角川書店/1,470円
化粧品会社「白雪堂」の生き残りをかけて、新たなブランドを立ち上げるべく奮闘する女性のお話。働くことの大変さや、目標を達成する喜びを教えてくれる作品です。(門)

『株式会社ネバーラ北関東支社』

『株式会社ネバーラ北関東支社』

幻冬舎文庫/560円
東京での生活に疲れ、田舎の納豆メーカーに転職し、のんびり日々を過ごしていた弥生。会社が乗っ取られるという噂をきっかけに、同僚の沢森くんの言葉で仕事に対する熱い想いを取り戻す。(青)

『傷痕』

『うさぎパン』

幻冬舎文庫/520円
少し不思議で、ほんわか温かい読後感を得られる作品。パン屋さん巡りを通して仲を深めていく高校生の優子と富田くんの淡くて可愛らしい関係が、もどかしくも素敵です。(門)

Profile

瀧羽麻子 (たきわ・あさこ)

瀧羽麻子 (たきわ・あさこ)

■略歴
1981年兵庫県生まれ。京都大学卒業。2007年「うさぎパン」で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞。

■主な著書
『うさぎパン』『株式会社ネバーラ北関東支社』(ともに幻冬舎文庫)、『白雪堂』(角川書店)、『左京区七夕通東入ル』(小学館文庫)、『はれのち、ブーケ』(実業之日本社)、最新刊に『左京区恋月橋渡ル』(小学館)がある。

瀧羽麻子さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。
続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております。
「読書のいずみ」2012年9月発行NO.132にて、是非ご覧ください。