読書のいずみ「座・対談」

ながい『旅』のはなし

彩瀬まるさん (小説家) VS 河合さやかさん (名古屋大学文学部3年)

1. 意外な大学生活

河合 彩瀬さんは、大学時代は何を専攻されていましたか。

彩瀬 わたしは新聞学科というメディア関係の学科にいたんですけど、入学して間もない頃に自分はメディアに向いていないことに気づいてしまいました。結局、大教室のうしろのほうで、いつも小説を書いていましたね。

河合 学生のときからずっと小説を書いていたんですね。

彩瀬 そうですね。大学3年のとき初めて文学賞に投稿した作品が最終選考に残り、嬉しさから投稿を続けました。

河合 昔から小説を書くことは、彩瀬さんにとって遊びのようなものだったのですか。

彩瀬 中学2年のとき、書いた小説をリングファイルに綴じて一つ上の学年の先輩に渡したら、先輩たちが回し読みをして面白がってくれたんですね。褒められると嬉しくて、だから、いっぱい書きました。そのときに書いた小説は原稿用紙400 枚くらいです。でも、途中で難しくなってしまって未完のまま。そんな感じで書いては止め、ということを繰り返していました。

河合 そうだったんですね。

彩瀬 私は16歳のときに母親が42歳で亡くなっているんです。なので、もし自分が42 歳で死ぬとしても悔いを残さないためにはどんな仕事をしたらいいのだろうと、いろいろ考えました。普通に就活をして一度は一般企業に就職をしたのですが、人生で多く時間を使うとしたら作家がいいと思い、並行して執筆と投稿を続けました。

河合 学生時代には、どんな本がお好きでしたか。

彩瀬 川上弘美さんの作品が好きで読んでいましたね。あとは宮城谷昌光さん、浅田次郎さん、村上春樹さんや川端康成さんも。

河合 幅広いですね。

彩瀬 描写がきれいなものが好きなので、そういうものをひたすら読んでいました。

河合 それがいまの彩瀬さんの小説に活かされているんですね。小説以外にどんな学生生活を送っていましたか。

彩瀬 合気道部に入っていました。私、黒帯の二段を持っているんです。大学に入ってからはじめたのですが、週5日、昼休みも、土曜日もずっと練習していました。大学生らしいコンパとか行きたかった(笑)。

河合 体育会系だったんですね。面白いですね。合気道をやりながら教室で小説を書いている子がいたら、私は友達になりたいです(笑)。

インタビュアーによる 彩瀬まるさん 著書紹介

『やがて海へと届く』

『やがて海へと届く』

講談社/本体1,500 円+税

「あの日」から三年、すみれはまだ帰ってこない―。親友や恋人を喪い、呻きながらも歩き続ける彼女たちの旅の先にあったものとは? 暗闇に沈むすべての人へ贈る、「回復」の物語。

『桜の下で待っている』

『桜の下で待っている』

実業之日本社/本体1,400 円+税

東北新幹線に乗り、久しく帰っていない地へと向かう。待っていてくれたのは、面倒だけど愛おしい「ふるさと」だった。東北の街々を舞台に、繊細なことばで紡がれる連作短編集。

『神様のケーキを頬ばるまで』

『神様のケーキを頬ばるまで』

光文社/本体1,400 円+税

コンプレックスや自信を持てない部分は、誰にだってある。うまくいかなくて、伝わらなくて、それでも私たちは生きていく。弱っているあなたに読んで欲しい。前を向けるから。

『骨を彩る』

『骨を彩る』

幻冬舎/本体1,400 円+税

人はみんな、誰かへの想いを抱えている。でも、表面だけではどんな想いなのかはわからない。見えないふりをしていた何かに気付かされるような、静かな余韻が残る一冊。

『あのひとは蜘蛛を潰せない』

『あのひとは蜘蛛を潰せない』

新潮文庫/本体520 円+税

「みっともない」「ちゃんとしなさい」いつまでも私を縛り続ける母の呪文。でも私は母を嫌いにはなれない、だって“かわいそう"だから。そんなある日、私は歳下の男の子と恋に落ち―。

『暗い夜、星を数えて』

『暗い夜、星を数えて』

新潮社/本体1,000 円+税

一人旅の最中、福島県の海辺の町で被災した彩瀬さんの体験記。めまぐるしく変わる状況の中逃げ惑った日々と、助けてくれた人たち。あまりにリアルな感情に胸が締め付けられる。

<紹介文:河合さやか>

2. 2人の主人公

河合 2月発売の『やがて海へと届く』を読ませていただきましたが、すごく感動しました。後半は全然涙が止まらなくなってしまって。

彩瀬 ありがとうございます。嬉しいです。書いたときには泣かせるお話にするつもりはなかったんですけど、いろいろな方から後半の部分で涙が出たという感想をいただきました。でも、私はどこで泣いたのかが全然わからない(笑)。

河合 「忘れてしまうことがこわい」と主人公が思い始めるところ……たぶん忘れた方が楽になるのに本人は忘れたくない、「つらいままでいたい」という真奈の気持ちがとても胸に迫るものがあって。

彩瀬 ああ、そういうところなんですね。全然考えてなかった……。

河合 どんな気持ちで書かれていたのですか。

彩瀬 2人の主人公の気持ちを最後の着地点にちゃんと連れて行くということだけを考えていたので、書いているときは読者にどう感じてもらいたいかというところまで意識は届いていないんです。ラストシーンが見えないまま書き続けていました。

河合 あらすじを考えてから書くわけではないんですね。

彩瀬 2人の主人公という構想はありましたが、細かいシーンまではなかったですね。

河合 『やがて海へと届く』は、残された側の人の気持ちと亡くなった側の人の気持ちについて描かれていますが、どういう位置づけで描かれていますか。

彩瀬 私は、東日本大震災のときに死にかけたけど生きて帰って来られた、という体験をしているんです。あのときに、曲がる道が一本違っていたら間違いなく津波にのまれていました。このときの私の立場を二つに分けて、その道を曲がらなかったらどうなっていたか、どんなことを考えて死んだのだろう、という自分を「すみれ」に投影し、逆に、生きて帰ってきて関東で暮らし、だんだん震災の瞬間が遠ざかっていく自分の心の動きを反映するために、親友を震災で亡くした「真奈」という女の子を作りました。あのときに感じたこともいま感じていることも両方書けるようにと思ううちに、二人の主人公を描く話になっていったのです。

3. 2年の時を越えて

河合 この作品は2年越しで書かれたそうですが、どうして2年もかかったのでしょう。

彩瀬 難しかったんですね、やっぱり。最初にいただいたオーダーは、長編のお話にしようということと、震災で感じたことを「少し」入れてほしいという内容だったのですが、書き始めたら「少し」ではすまなくなってきたんです。中途半端に入れるよりも、あのときに感じたことを深く掘り下げて書いた方がいいのではないかと考えて、この物語が出来上がっていきました。本の帯にも使った「惨死を越える力をください。どうかどうか、それで人の魂は砕けないのだと信じさせてくれるものをください。」というフレーズは、初期の頃から頭に浮かんでいたんですが……。

河合 それはとても心に残っているフレーズです。

彩瀬 ありがとうございます。これに対する答えを物語で作り上げていくという方向性はあったけれど、どんな状態がその答えになるのかを模索するのに時間がかかってしまって。なんとなく方向性は見えても、何かが足りない。生と死という大きなテーマの話のなかで、登場人物の実在感─趣味とかこだわり、それぞれのエピソードとか─が乏しくなってしまうんですね。大きなことを書くときにはいろいろな仕組みや仕掛けや肉付けが必要になるということに気づいてから、結局書き上げるまでに2年かかってしまいました。

河合 2年の間に、考えが変わったり、最初の構想とは違うものが見えてきたりしたことはありましたか。

彩瀬 テーマがはっきりしていたので大きな変化はありませんでしたが、書き始めたら、想定していたよりもすみれの彼氏の遠野くんがよく喋る(笑)。

河合 無口だったんですか?

彩瀬 もう少し影のあるおとなしい性格だったんです。構想の段階ではすみれと遠野くんは普通のラブラブなカップルでした。でも、どんなカップルであっても人間がしっかり向き合って生きていれば、やっぱり一癖も二癖もあるんですよね。実際に書いてみると、すみれと遠野くんの間にもけっして理解しあえない鉄の壁があったし、それは当然のことで悲劇的なことじゃないんだ、と思うようになっていきました。

河合 なるほど。それはすごく面白いですね。
逆に、これは書こうと思っていたけど、書かなかった、書けなかったシーンはありますか。

彩瀬 楢原店長という真奈の上司が亡くなるシーンがあるんですが、もっと真奈が楢原店長に対してウェットな気持ちを見せるかなと、書く前は思っていたんです。でも、恋人とかプライベートで深い付き合いがあるならともかく、職場の上司で週に1、2回程度しか会わない人に対してそんなに取り乱したりしないのではないかと、だんだんリアルな感覚が出てきましたね。悲しいし悼むけれど、それ以前に自分の友人の死とある程度向き合ってきている主人公は予想よりも冷静で、書いてみて驚いたし、それでいいんだって思いました。

河合 もしそこで真奈が取り乱していたら、国木田さんとの関係もまた変わりそうですよね。

彩瀬 変わっちゃうでしょうね。当初はダメージを負った真奈を国木田さんが助けて付き合いが深まっていくのかなと思ったんですけど、真奈が冷静だったのと国木田さんのドライな性格とで関係を描くうちに、今の物語の流れが出来ていきました。

河合 個人的に国木田さんはとても好きなキャラクターです。なんてイケメンなんだろうと。

彩瀬 かっこよく描けてますか。

河合 勝手に頭の中でイケメンになっています(笑)。

彩瀬 遠野くんと国木田さん、どちらが人気が出るかなと思ったのですが。そうですか、国木田さんなんですね。

(収録日:2016年1月21日)

※彩瀬まるさんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。 続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております『読書のいずみ』2016年3月発行NO.146にて、是非ご覧ください。

彩瀬まるさん サイン本を5名にプレゼント

『やがて海へと届く』

彩瀬さんのお話はいかがでしたか?
彩瀬まるさんの著書『やがて海へと届く』(講談社)のサイン本を5名の方にプレゼントします。本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。

こちらからも応募ができます。

応募は2016年4月30日消印まで有効。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

Profile

彩瀬まるさん

■彩瀬まる (あやせ・まる)

■略歴 
1986 年生まれ。2010 年「花に眩む」で第9回「女による女のためのR-18 文学賞」読者賞を受賞しデビュー。自身が一人旅の途中で被災した東日本大震災時の混乱を描いたノンフィクション『暗い夜、星を数えて3・11 被災鉄道からの脱出』(新潮社)を2012 年に刊行。

■著書
『あのひとは蜘蛛を潰せない』(新潮社)、『骨を彩る』(幻冬舎)、『神様のケーキを頬ばるまで』(光文社)、『桜の下で待っている』(実業之日本社)、最新刊は『やがて海へと届く』(講談社)。