学長・総長インタビュー

公立はこだて未来大学

片桐 恭弘 学長

先進的なプロジェクト学習で
地域の課題を学生と教員とが面白く解決する

大学の存在意義は?

松原 現代における大学の存在意義について、先生の認識をお聞かせください。

片桐 世界では、ムーク(MOOCs)に代表されるように、ネットを使ってほとんどお金をかけずに、高等教育を誰でも受けられるような状況になりつつある中で、大学の存在価値自体が問われています。

日本では若年層の人口減少により、大学同士の競争が激化し、国立、公立、私立それぞれの大学が、いかに個性を発揮し、自己のアイデンティティを確立していくかが求められている状況だと認識しております。

教育改革では、今までは知識や技能の取得が中心でしたが、思考力や人と協調して、主体的に問題解決をすることができる人材を、いかに育てていくかが大きな課題です。

特に公立大学は地域の大学ですので、地域といかに協力して地域産業を盛り上げるか、それとともに、地域全体の知的レベルを高めてその中核にならなければならない。そういうことが問われています。

松原 日本は大学進学率がG20、いわゆる先進国の中で低いままではないか、とも言われておりますが。

片桐 数字もありますが、高等教育を少しでも日本に広げていくことが大事です。今は18歳になって初めて大学に行くことがほとんどです。しかし少し社会に出てから大学に戻ってくる、あるいは齢をとっても自分の生涯のそれぞれのフェーズで高等教育を受けたい時に大学に入学する、ということが当たり前になる社会を目指し、それに大学がきちんと応えていくことの方が大切ではないか、と特に思っています。

松原 日本の中でも、北海道、函館は大学進学率が低いほうですが。

片桐 本学では漁業に情報技術を活用するマリンITプロジェクトを進めています。北海道をはじめとして第一次産業が中核産業となっている地域では高等教育への志向がともすれば弱かったかもしれません。マリンITのような活動を通じて、大学の教育研究がこれからの農業や漁業にとって重要だというコンセンサスが醸成されてくれば、若い人たちも大学に行こう、保護者の方々も子どもに大学教育を受けさせようという方向になってくるでしょう。

未来大学の最近の動き

松原 今年18年目になる未来大学の最近の動きを教えてください。

片桐 未来大学の特長は、情報科学に特化した小規模大学であること、函館という素晴らしい街に立地していること、この建物に代表される優れた教育研究環境の三点です。

未来大学は開学時から、これからは情報が社会のどの分野においても重要な役割を果たす、情報科学の教育研究を集中して行う大学を作ろうという方針で進めてきました。情報分野だけで見れば、教員数、ポテンシャルとも大きな国立大学に比べても引けを取りません。

ガラス張りで大きな空間を持つ特徴的な建物の構造から始まり、いろいろな仕掛けによって、教員同士の距離が近い、教員と学生の距離も近い、コラボレーションが自然に始まる教育研究の環境ができています。

地域との連携についても、教員も学生も大学の中に閉じこもるのではなく、積極的に函館の街に出て行って、現実の街の課題に実際に取り組んでみる、そのような文化が確立しています。
開学以来18年が経過して卒業生の活躍、地域に密着した研究実践などさまざまな側面で成果が出て来ていると感じています。

大学運営での重要点は

松原 学長として、大学運営で重要だと考えられている点を教えてください。

片桐 今お話ししましたように、コラボレーションというカルチャーがあるので、トップダウンで押し付けることは逆に良くないと思っています。大学全体の方向性は学長として示す必要がありますが、細かいところはあまりトップダウンにしない。「自分たちの大学だから、自分たちでこうすればもっと良くなるのでは?」という提案が、教職員はじめいろいろと出てきます。大学としてある程度の官僚的部分はありつつも、それをなるべく緩くしておくことが、未来大らしさを保つ、良い点としておきたいですね。

学生の教育について

松原 未来大としての学生の教育の重点についてお話しください。

片桐 未来大の一番目立つ特徴はこの建物です。いらした方はどなたもびっくりされます。日本経済新聞の日経プラス1「一度は訪ねたい!大学の名建築」で4位に選ばれました。3位までが歴史的建築物の中、モダンな建物でしかも校舎としては、一番高く評価いただいております。
学生にとってはこの校舎が「オープンスペース、オープンマインド」の精神を身につける場となっています。教室をはじめ部屋がみなガラス張りで透明性が高い、大空間で遠くまで見通せる、そういう環境で学生は協調して何かを作り上げていくことを学びます。

プロジェクト学習を中心とする未来大のシステムはとてもよくできています。プロジェクト学習を通して、自発的に自分の力で、しかもグループで問題解決に当たることを、学生の教育の中心に据えています。そのような学びを通じて学生はとても成長すると実感しています。入学したばかりの1年生は、どこの大学でも同じでしょうが、受け身で授業を受ける、質問と言ってもなかなか手を挙げない。しかしプロジェクト学習やコミュニケーションの授業など、学生の自発性を促すプログラムによって学生も変わります。

未来大にはメタ学習ラボの中に、ピアチューリングという学生が学生に教えるシステムがあります。リメディアル教育の一環なのですが、実はチューター学生が人に教えることで自分も学んでいく。その効果はとても強く、伸びる学生はとても伸びます。今後もその方向性を大切にしていきたいと考えています。

学生時代のIPA未踏事業を通じて、最近『Forbes』誌でも紹介された本多達也氏など、社会に出て活躍する人材も出てきていますので、学生がチャレンジする活動も継続して支援したいと思います。

地域貢献では、マリンIT、公共交通スマートアクセスビークルの大きな二つのプロジェクトを実施していますが、それ以外にも医療系や観光系など地域の課題に、プロジェクト学習として学生が関与しています。教員の研究プロジェクトとしても取り組んでいます。地域の課題を実際に面白い研究や教育の場にする、それがうちの教員の腕の見せ所です。

高度ICT、AI、デザイン

片桐 2010年度から学部と大学院6年一貫の高度ICTコースを作りました。大学院の強化ということで、入学金免除などを行い、少しずつ進学者が増えています。

AIについては、開学から知能システムコースを中心として多くの教員が研究に携わっています。最近はAIの共同研究を外部から依頼されることが増えてきたので、未来AI研究センターという組織を新たに作りました。実際に地域のいろいろな課題にAIを使うと、自然にデータが入ってきて面白い研究ができます。教育にも地域にも研究にもうまく貢献できると期待しています。

デザインも本学の特徴の一つです。デザインを専門とする情報デザインコースというコースがあります。モノをデザインするだけでなく、コトをデザインする、単に装置やアプリを作るだけでなく、それらがどのように使われるか、受け手は何を求めているのか、実際にどんなふうに使われるのか、それらをユーザーと一緒に考えていくことが重要になってきています。

函館をフィールドとしてAI・情報技術を用いて社会をデザインする、これが未来大の目指すところです。

学生支援について

松原 本学も少し前から、推薦入学生の入学金を免除するなど、金銭的対応を始めています。そのような学生の生活面、金銭面を含めた現状と、それへの支援についてのお考えをお聞かせください。

片桐 高等教育はすべての人にオープンであり、経済的に恵まれない人にもしっかり支援を提供することはとても重要です。公立大学全般の授業料免除基準は国立大学に見劣りがすると指摘される現状もあるので、常に見直しが必要です。

もう一つは奨学金です。授業料や入学金の免除だけでなく、奨学金制度も充実していく必要があります。企業の方からもお話をいただき始めています。奨学金の原資を確保し学生をサポートするためにも、大学のさまざまな活動が、学生の教育を通じて地域社会にも役立っていることをご理解いただいて、学生支援の基金、寄附のようなものを集める方向を進めていきたい。アメリカでは大学が寄附を集めるのは当たり前というカルチャーがあります。日本の大学も徐々にそのような方向に動いてきていますので、たとえ小規模であっても、地域社会との連携による教育活動と学生支援をともに進めていきたいと考えています。

本学は学生の寮が無いのですが、函館の街で使われなくなった住宅をうまく再利用して、それをシェアハウスとして入居する、留学生もそこに一緒に住んで交流するなど、いろいろと上手く組み合わせて、学生の支援になれば良い、と考えています。

生協について

松原 本学は開学以来生協がなくて、前学長の7年前に生協ができました。未来大における生協についてのお考えをお聞かせください。

片桐 非常によくやっていただいております。食堂が一番大きいですが購買とあわせて、学生生活の基本を支えるという点で貢献いただいております。また、自転車点検など生活に密着したことを、学生の自発的なアイディアを取り入れて学生自身の活動としてなさっている。すごくいいなと思います。悲願の生協が設立されて、学生がきちんと食事をする、生協も経営が成り立つ、そのバランスをうまく見つけることができました。生協設立以前は学生の食生活の乱れを心配しましたが、生協によって随分と改善されたと思っています。

松原 全国的には大学の運営が厳しくなっている中で、国から大学も稼げと言われて、生協が経営的に維持するために行ってきた部分を大学が行うこともあるようですが、未来大はいい関係が継続されるということですね。

片桐 大学と外部とのお付き合いは、例えば大学か生協かというゼロサムゲームではなく、大学と生協が共にWin -Winを目指すことが大事だと思います。本学は建物が特徴的ですので、地域の方が大学に興味をもって来校されて、ついでに食堂も利用してくださる、そんな方向にもし行けば、大学にとっても地域にとっても良いことでしょう。大学と生協が共存してうまく良い方向に進むにはどうすればよいか、という発想で考えていくのが良いと私自身は思っております。

松原 本日はありがとうございました。

(編集部)

モニュメントと本部棟
ガラス張りの校舎全景

犬飼池より阪大病院を臨む
校舎内部は「オープンスペース、オープンマインド」

工学生協通りからのセンテラス
生協食堂