学長・総長インタビュー

松本大学

住吉 廣行 学長

地域のさまざまな人々に「迷惑」をかけながら
松本という地域で、ともに学生を育てる

グローバル化イノベーション?

白戸 現在の大学をめぐる状況をお話しください。

住吉 大手企業を中心とする社会の要請により、イノベーションとグローバル化が、文部科学省から国の予算措置も含めて、大学に求められています。大企業の人たちが中教審の役員をやり、自分たちの目から見て、今後必要な人材育成を大学に求めることは理解できますが、それはすべての大学に同じように求めるべきことなのか、松本大学に求めることとは違うと思っています。

しかし一方で外国人は、観光や教育などさまざまな理由で日本に大勢きており、客観的に身の回りがグローバル化社会になるのです。たくさん来日する外国人と会っても、本学の学生が何も話せずにいるのは、地域のホスピタリティにとってマイナスです。片言でもしゃべってコミュニケーションをとることは大事です。

海外で働き、英語でコミュニケーションし、イノベーションを起こす方向でなく、地域に住んでそのようなグローバル化とは無縁な生活でも、訪れた外国人とコミュニケーションができるぐらいの英語力は身につけた方が良い。それは教養としての語学力や異文化理解をしっかりとやれていれば、十分だと認識しています。

学生をどんどん地域に

住吉 学生への教育も、教員が頭の中で「こうあるべきだからこうだ」と考えてやるのでは、「何でこんなことを今学ぶんだ」となって、なかなか難しい。地域の中に入っていけば、あちこちに学生を「一緒になって育ててもいいよ」という人がいます。そこに学生を連れ出していく。

どんどん学生を外に出すと、おじいちゃんやおばあちゃんに怒られながら、言葉遣いをはじめ社会人力も身につくし、鋭い質問をされると、どう答えれば良いのだろうかと、自分から積極的に勉強するスタイルを取り始めます。頭でっかちの勉強ではなく、地域に出ていき、そこにどんな課題があるかを認識し、自分たちが大学で学んだことがどう関係するのか、どう生かしてアプローチできるのか、という学修が始まる。どの先生も、内容は違っても同じ手法で学生に接して育てている、そこが強みの改革です。これは全国的にみても特出すべき教育の改革ですね。

地域貢献ではない地域連携

白戸 他の大学では「地域貢献」という言葉で取り組むことが多いですが、本学は、地域と一緒に学生を育てる、地域に「迷惑」をかけて学生を一緒に育ててもらうことを16年間愚直に積み重ねてきました。

住吉 同感です。「松本大学は地域貢献をやっている」とよく言われますが、私たち自身は「地域貢献」という言い方はあまりしません。

地域貢献というと、自分たちの持つリソース(教育・研究に関する資源)、それをすべて地域のために投げ出すというイメージを、多くの大学が持っています。

白戸 貢献というよりも連携ですね。

住吉 そうです。連携することで、若い感性を持った人、元気な人が来て、高齢化した自分たちではできなかったことができるようになって良かったね、嬉しかったね、貢献してくれたね、と結果として地域貢献につながっているということです。我々は学生を地域貢献させようと出しているわけではない、学生が地域の人たちに怒られて鍛えられる、教員が学生を怒るより、ずっと素早く社会性を身につけてくれて良いのだ、という感覚で送り出しています。

この教育の考え方について、これまで二人の東大元総長に聞いていただく機会がありました。今話した帰納的な学修の仕方は、教員が地域に出て行って、学生に問題意識を感じさせて、自分たちで何とかしようとやらせている、その中で学生は自分から学びをさらに深めようとしています。連携により地域側から問題提起があったり、課題意識を学生に持たせてくれることが大きい。そしてそれを何とか解決しよういう方向に発展していく。これは「未知のものを既知に変えるという活動で、それは研究者の研究活動と全く同じ」です。こう言うと、聞いてくださっていた元総長も反応してくださったのです。

大学教育に一石を

住吉 正解のある問題にいかに早くたどりつくか、という偏差値中心の今の日本の教育では、どうしたらよいか分からない問題に対応できるのかどうか? 地域の課題解決に関しては本学の学生の方が鍛えられている可能性も十分あります。

松本大学の手法は、日本の今の教育のあり方に一石を投じている可能性があると思います。だからこそ多くの大学が本学に見学に来るんですね。でも本学のようなスタイルでやるには、地域の側が受け皿になってくれていることが条件です。幸い松本には、そういう伝統があるのです。

地域との人的循環

白戸 学生を直接叱ってくれるように、すでに地域の人たちが教育の主体者になっていて、自分で学生を育ててくれる、そういう関係を地域の中でつくってきたのはすごく大きい。うちの学生をすごく可愛がってくれるのは、他人事ではなく、自分たちの大学というつもりで関わってくれる人がすごく多いですね。

住吉 本当に松本大学は恵まれている、そういう地域の中にあることも知っていた上で取り組んでいます。よそ者の私にそのことを知らせてくれたのは白戸先生だったのですが。

地域の活性化が成功しているところは、経済的循環が地域内できちんと行われています。松本大学はこのベースとなる人の循環もつくっています。地元の人が地元に残る、自分の生まれた所で育って、その地域に貢献する、それがあって初めて地域が活性化する。みんな出ていくとなれば、地域活性化は実現できない。

その中での本学の果たすべき役割は何か? 学ぶ場をつくり、学び方も今のスタイルで地域の人たちと一緒になって、地域を大事にしながら学ぼうとする。オリジナリティも発揮し、課題解決能力も身につけながら、言われたことだけでなく、就職先でもこう改善した方がいいのではと仲間と話ができる能力も培う。こうした基礎的な学力をつけることを学生にきちんとやれば、大学として人的循環の役割を十分果たせていると思います。今までやってきたことでもあり、これからの方法でもあります。

地域のつながりがイノベーション

住吉 松本という地方の小さな大学の実践ですが、今の日本の抱える大きな問題、創造力やイノベーション能力を持った人間をつくるには、どうしたら良いのか、に対する一つの解決方法を提示しているのではないか。本学の学生はこの地域に関しては、「よその大学に負けないプロ意識がある」と言えるし、「もっと良くしようという意欲もある」となっていれば良いのです。

白戸 「信州地鶏を語る会」があって、生産者、雛をつくる種鶏場、養鶏、鶏肉加工技術、百貨店、そして教員と学生それぞれが集まって、そのつながりの中から新しいものを開発していく。今まで縦割りや蛸壺だったものを、地域という面で横につなぐことをあらゆる分野でやってきました。それ自体がイノベーションと言えるでしょう。

教育自体が学生支援

住吉 確かにそうですね。私自身理系ですから、どちらかというと技術革新とかにとらわれ勝ちですが、イノベーションにはそういう見方もありますね。

さて、地域連携の取り組みを行うのは、今の学生が社会について知らなさすぎるということもあります。新聞も読まず、インターネットの情報は全部正しいと思ってしまう、日本社会の抱える脆弱な部分が学生にストレートに入り込んでいる。

学生への必要な支援は、能力面も感性の問題もある。またグローバル化への対応も知らず知らずのうちにできるようにしてあげる。

さらに、一昔前「便所飯」という言葉がありました。一人ひとりが切り離されていることを象徴する感じです。でも社会生活では人と人とのつながりが絶対欠かせない。大学教育としても学生にそこを持てるようにする。社会的存在として自分が社会に認められる、社会に自分が入っていけるように育っていく。

彼ら自身がこれからの世の中をどうするのだ、という時に一人で疎外されては生きていけるものではない。つながりの重要性を学生に認識させることも教育のとても重要なポイントなのです。自分を出して批判されても、着地点を捜しながら受け入れてやっていける状況を創り出す力。生協の学生の活動もそうだし、本学では学友会活動も活発です。地域づくり考房『ゆめ』でもゼミの活動でもやっています。意識的にも無意識でも先生方は取り組んでいて、結果的に学生は、知らないうちに社会性を身につけています。

総合経営学部のあるゼミでは、社会的弱者、海外から来た人、外国籍の子ども達が疎外されている実態を、居住地に行って調べる。その中で、そういう人たちともつながりができ、町内会とも積極的に関わって大いに評価・感謝される活動をしています。

大学と生協設立が一体に

白戸 学長は生協の初代理事長であり、生協のことをずっと見てこられた。また松商学園短期大学から松本大学をつくることを前提に生協を設立したので、大学づくりと生協づくりはすごく密接につながってきたと思います。生協についてどのように考えてきたのか、お話しいただけますでしょうか。

住吉 松本大学の福利厚生施設は、食堂や店舗で言えば生協しかないので、学生に対しその役割をきちんと果たせるようになればいいなあ、と考えていました。また学部によってはスポーツや実験も頻繁にありますので、共済と保険が、安価な掛金で安心して加入できるし、給付も学生の立場を理解して、学内できちんと行ってくれます。

白戸 本学の大学生協は、大学との関係や学生との関係が他大学と比べて違う特徴があると思います。

住吉 そうですね。単なる福利厚生施設ではない側面が強い。生協の役員になると全国の学生たちと交流できる。当時の松本大学では、全国の大学と交流するという機会がありませんでした。今でこそ多くの大学との連携協定で、学生もあちこち行き来をしていますが。当時は大学もできたばかりで、生協での全国交流は稀有なチャンスになっていましたね。

また生協設立も大学自体が前面に出て、一緒にやる雰囲気でした。やはり小さな大学で始める不安もあったし、大学生協連に入るメリットも感じていて、みんなでつくり上げようという感覚で始めていけましたね。

白戸 確かに大学としても生協に関わる学生の活動を積極的にバックアップしてきていますね。

住吉 さらに一歩進めて、ここは農業地帯なので、学生の実家も含めて農家の方から生協食堂の食材を提供してもらうことは、いかがでしょうか? 安定的に供給されるかどうかの問題もありますが。

中村 (員外理事、信州大学生協専務理事) ぜひ実現したいですね!

白戸 本日はありがとうございました。

(編集部)