学長・総長インタビュー

山形大学

小山 清人 学長

「地域創生」「次世代形成」「多文化共生」
“学生の心に火をつける"教育を
新時代の変化を楽しみ、社会をリードする、人間力の育成を目指して

日本の大学の状況認識

今村 初めに、我が国の大学の教育及び研究等に関わる全般的な特徴や学長の状況認識を忌憚なくお話しいただければと思います。

小山 今、大学は大きな転機に立っていると思います。財政的な面ももちろんあるのですが、教育の仕組みが大きく変わってきていると思うのです。今までは教科書を学生に渡して、その教科書で授業をしてきました。知識を教え授ける、というのがこの期間のスタイルです。

 歴史を辿っていくと、グーテンベルクの印刷機械が発明されてから、教科書の制度が広がってきました。その前は、ほとんどが口伝だったのですね。だから、先生のところへ直接行かないと話を聞くことができない。ヨーロッパ中から知識を持った先生の所へ人が集まり、聞いて帰った人の口伝で、「あの先生に習おう」と思って学生が来ていたのです。

 それが次第に教科書になって今日まで伝わってきましたが、現在では、教科書の役割が少なくなりつつあります。インターネットが普及してクラウドがあるし、パソコンやスマホで調べれば、全部答えてくれる。知識の重要性が、だんだん薄くなっていると思います。そういう意味では、生協が教科書を販売する時代が終わりに近づいてきているのかもしれません。「学問を伝える手法が大きな転機にある」ということが、私の認識ですね。

 もう一つは、学生が考えをまとめる手法も変わりつつあるということです。今村先生や私の世代は、キーボードで文字を打ちながら画面を見て、考えをまとめています。私より年上の人は、頭で考えて鉛筆やペンで書いて、考えをまとめてきました。しかし、今の学生はメモも取らないし、キーボードも打たない。それなのに、レポートはしっかり書いています。デジタルネイティブと呼ばれる彼らの世代は、発想や考えをまとめる方法が変わってきているという現状を、我々がしっかり認識していくことが必要です。

今村 学生は分からないことがあったら、すぐスマホで調べていますね。

小山 そうですね。彼らが卒業後に会社に入ると、会社はまだキーボードが主流で、やや困るかもしれないとも思うのですが、そのうち会社からもキーボードがなくなると予想しています。やはり、考える手法が変わってきている。その中で、大学として先手を打つことは必要なことだろうと感じています。

基盤教育の強化と基盤力テストの導入

今村 そのような大学の状況の中で、これまで山形大学が取り組んできたことと、その成果や課題をお伺いします。

小山 先程話したことのほかに、社会現象として大きいのは、ものすごいスピードで世の中が変化しているということです。そう考えると、今の学生が卒業して社会で活躍する時代と今では、状況が全く違うわけですよね。

 例えば、最近では小学生の英語教育が始まっていますが、彼らが大学を卒業して働き始める頃には、英語力を身につける必要がなくなっているかもしれません。私たちの年代で言うならば、そろばんを習ったのに使わなくなってしまったことと似ていますね。教育内容も方法も変化していると言えます。

 山形大学では教育方法が変わることを意識して、学部・大学院と教員の所属を分ける改革を行いました。専門分野に分けることなく、全ての教員が所属する教員組織の一元化、学術研究院という制度です。教員それぞれが専門としている学問を変えろ、というのは厳しい。しかし、教育方法は変化していかないといけない。そこで、学生や社会のニーズに応じて変化できる仕組みを導入したのが、学術研究院の考え方なのです。

 実際に基盤教育に必須科目を設けるなど、学びたいことを学ばせるのではなく、学ばせる必要があることを学ばせるカリキュラムへ、この10年で変えてきました。学生たちが30歳、40歳になったときに役に立つような人間教育を目指し、学ぶ習慣を身につけさせることが一番重要です。
基盤教育ではいろいろなことを行っていますが、それを共通認識として取り組んでいます。30〜40年後、山形大学の卒業生が社会の中で力強く活躍してくれることを、とても期待しています。

今村 基盤教育を見ますと、一般的な知識を昔のように教養として身に付けるのではなく、思考力や次世代につながるスキルを身に付けるというように少しずつシフトしていると感じています。また、そういうカリキュラムになりつつあると考えています。

小山 そうですね。基盤教育では、アクティブラーニング型の授業比率が8割を超えています。学生に考えさせて、自分たちでまとめる授業スタイルが多く取り入れられています。

今村 2017年度から基盤力テストが導入されましたが、3年次までの段階でどういう能力を身につけたかということを見るという点で新しい取り組みだと思います。

小山 学生の視点ではそういうことですね。大学としては、学生のトレンドをつかむための、貴重なデータなのです。同じレベル、同じ種類の試験を毎年実施するわけですが、基盤力テストは一人一人の学生の成長を捉えられる点がポイントですね。
積極性や協調性、真面目さなど、人間性を分析できるような設問も同時に実施するのですが、授業への出席状況と真面目さの度合いに関連が見られるなど、学生が持つ個性の相関関係を把握し、教育に取り入れていくことは、新しくて必要な試みだと考えています。

今村 本質的で基盤となるスキルを伸ばすことで、学生のやりたい意思を生かしてぐっと伸ばせる環境が整いつつあると感じます。

小山 学生たちは自分のやりたいことを見つけ、それに夢中になると、我々が予想しているよりも大きな力を発揮します。これを勉強しなさいと無理に言っても、嫌なものは嫌ですからね。

今村 多分、小中高校と自分たちが学習してきた内容や方法と、大学での本来の学問に対する学び方が違うのだと思います。だから、学生たちが、だんだんと基盤教育から積み上げて、実際に専門教育に入って学ぶうちにやっと自分の本来の勉強を見つけていくのではないかと思います。

小山 それが理想の姿ですね。それを山形大学で実現するために、基盤力テストを導入しました。全学で取り組むことは世界で初めての試みではないでしょうか。アメリカの国際学会で発表したところ、大きな反響がありました。

今村 大学としてどういう学生を育てたかという評価と、送り出した学生の学力やスキル保障が大学のブランドになっていく時代だと思います。

小山 まさにそのとおりです。

次世代形成を中心に

今村 山形大学の理念や目標との関係で、これまで重点的に取り組んでこられたことをご紹介いただけますか。

小山 山形大学が掲げる使命は、「地域創生」「次世代形成」「多文化共生」です。その中でも、学生教育や人材育成を象徴する「次世代形成」が、やはりコアにあります。地域創生と多文化共生は、その次世代形成を支えるものです。

 私が強く思っているのは、「学生の心に火をつける」こと。これがキーワードですね。学生の心に火を灯すことができれば、学生たちは夢中になり、自ずと力強く走り出す。火がつくまでじっくり向き合うことが必要なのです。

 私は、教える教育とあえて教えないで育てる教育、どちらも教育だと思っています。教えないで育てる教育のほうが実は本質的で、次世代形成につながると感じていたりもします。

今村 そう思います。特に、理科教育の分野でいうと、アメリカなどでは教育基準が90年代にできました。
2010年代にはさらにそれを改定してネクストジェネレーションサイエンススタンダード(Next GenerationScience Standards)と表しています。

 アメリカも「次世代」ということをはっきり打ち出して、しかも科学、技術、工業、そして数学を総合して社会を見通し、その中で使える知識などを学生のスキルとして育成するという時代に、理科教育の世界も入り始めています。先生がおっしゃることをぜひ学生にも分かってほしいと思います。

小山 私は入学式の告辞で、山形大学が誕生したストーリーを学生と保護者に伝えています。

 山形大学が存在しているこの土地には、前身である山形高等学校がありました。大正時代、県が要求して国が認めたことで山形高等学校が生まれるのですが、当時はお金がありませんでした。山形県や山形市の予算でもお金が足りず、県内の有力者に寄附を募って準備したのですが、それでも足りない。最終的には、特別税として県民税を作り、各世帯に負担いただくことで山形高等学校は誕生しました。その県民の想いや先人の魂を感じながら、学生たちには勉強してほしいと思っています。

学生生活への支援

今村 次に、入学してきた人たちの学生生活への支援について、学長としてのお考えを、具体的な例も含めてお伺いします。

小山 私は、金銭的なサポートより、「学生がどうやったら成長するか」ということのほうが重要な支援の視点だと感じます。学生支援には、多様な形があっていいと思うのです。
お金がないなら、ないなりの工夫が生まれ、それが一つの人間力をつくっている。全ての学生に一様なサポートではなく、一人一人の学生の状況や特性に応じて、サポートしていくべきだと考えています。だから、我々はいろいろな学生の要望に対して、教員だけではなく、事務職員や技術系職員も一丸となって、全員でサポートするような状況が望ましいと思います。

 私は、山形県全体が一つの大きなキャンパス、というコンセプトを持っています。県民の皆さんと大学の教職員、そして主役である学生が一体になって、互いに勉強し合って成長出来るような、そういうサポートが重要だと思っています。

今村 この数年で学生大使を体験している学生が増えていますね。

小山 学生大使は、山形大学が提携している海外の拠点大学(ベトナムやラトビアやケニア、ペルー)に学生が1週間から1カ月滞在して、日本の文化を英語で教える、山形大学独自の留学制度です。

 英語が得意でない学生が、なんとか英語で日本文化を紹介するのですが、実は語学以上に日本文化を理解していないこと、上手に説明できないことに気がつく。両方勉強しなければならないのですね。2週間現地に滞在すると、英語で夢を見ると言う学生もいます。夢を英語で見るようになったら本物ですよ。学生たちは、自信に満ち溢れた表情で帰ってきてくれます。学生大使は本当に良い体験だと思いますね。

今村 総じて学生たちが、海外も含めて山形県外に出て何かを体験してくることは、年々増えているように感じます。

小山 重要です。価値観の多様性が自分でも分かりますし、人間が大きくなります。まさに人間力そのものですね。

大学生協への期待

今村 以前、小山先生は当生協の監事も務めていただいていたとのことですが、これまでの生協に対する先生のお考え、そして生協への要望や意見をお伺いします。

小山 私が感じている大学生協のルーツは、食事と本と文具です。学生が勉強するために、最低限必要なものを提供するというのが大学生協の始まりで、今は住まいの紹介や旅行サービスの提供など、事業が広がりつつある。それは生協の収益上の問題もありますが、学生のニーズが時代と共に変わってきている背景がありますね。

 今後、学生がキャンパスを飛び出し、地域や海外で多様な体験をするときに、彼らが必要なコト、または学生がコトづくりをする活動のために必要なサポートをすることが大切です。これからの時代は、学生一人一人が個性に溢れた、特徴ある活動を始めていくし、そうあるべきだと思います。それに対して、生協はどんなサポートができるかを考えていただきたいです。大学は教育や学生指導で学生を支え、生協は学生の生活面でバックアップできるような、そういう関係性を築いていけるといいと思うのです。

 全国の大学生協がつながり合って、学生のいわばビッグデータを持っていることが大学生協の強みだと思います。それを学生のキャリア形成や新しいベンチャーの立ち上げなど、大学でできないような学生のサポートに展開してもらえるよう、ぜひ期待しています。

今村 これからもどうぞよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

(編集部)


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山形大学の3つの使命


右より今村哲史教授、小山清人学長、
藤巻正之生協専務理事