学長・総長インタビュー

東海国立大学機構 名古屋大学

松尾 清一 総長

世の中を丸ごと変革する法人統合

一県一大学という固定観念。脱たこつぼ化への決意の表れです。

原田 まずおうかがいしたいのは、昨年4月に名古屋大学と岐阜大学とで設立した「国立大学法人 東海国立大学機構」についてです。この新たな機構の設立へと舵を切られた背景には、いったいどのような理由があったのでしょうか。

松尾 申し上げるまでもなく、現在の、私たち大学を取り巻く環境は大変厳しいものがあります。背景にあるのは、出生率の低下です。厚生労働省の統計によれば、2020年の出生数は、おおよそ87万人くらいでしょうか。それがいずれは50万人くらいにまで下がることが予想されています。一方で大学の数は増え続けており、限られた学生をみんなが取り合うという状況があります。また、世界大学ランキングなどの評価を見てもわかりますが、日本の大学の国際的なプレゼンスが大きく下がっています。これによって、優秀な人材の海外流出や大学全体の教育の質の低下といった問題が懸念されます。さらに、世界的な潮流であるデジタル化・IT 化への対応も非常に遅れています。これについては今回新型コロナウイルスのパンデミックを経験して、おそらく多くの国民の皆さんが感じたことだと思います。
こうした状況下において、いったい私たち国立大学はどうあるべきか、未来に向かってどんな役割を果たしていかなくてはいけないか、ということを考え続けていました。

原田 総長になられる前は、確か名大病院の病院長でいらっしゃったのですよね?

松尾 はい。市中病院の病院統合をやってきた経験から分かったのは、放っておくと、この国は弱いところから疲弊して、いずれは東京や大阪、名古屋などの大都市が点で孤立した悲惨な国になるんじゃないかということです。現在の国立大学も「一県一大学」のようなことが当たり前のように言われてきて、周りの状況が見えない「たこつぼ化」に陥っていました。そうした思いもあり、せめてアカデミアだけは県をまたいでも、連携し合って、やはり強力な学究組織をつくるべきだ、と。でないと大学としてのプレゼンスや社会への影響力を持つことはできないのではないか、と考えたわけです。名古屋大学は旧七帝大であり、指定国立大学ですけれども、愛知県内の50数大学あるうちの一つに過ぎません。ここは大同団結して、「国立大学で世の中を丸ごと変革する。そういうエポックメイキングな取り組みの核になりませんか」というのが、この法人統合の根本的な構想なんです。

スタートアップビジョンの実現を通じて、地域を牽引するプラットフォームへ。

原田 次におうかがいしたいのは、この東海国立大学機構に込められた先生の思いと、今後の方向性についてです。昨年4月の設立から1年以上が経過し、すでに様々な動きがあったと思うのですが…。

松尾 まず、これをスタートする時に意識したのは、単に連携するだけでなく、フラッグシップになるようなプロジェクトを立ち上げて、それを積極的に推進していこう、ということでした。そこで、これを見た全てのステークホルダーが「いいね!」と思えるような「スタートアップビジョン」を作成しました。

原田 そのスタートアップビジョンですが、具体的にはどのようなものなのですか。

松尾 ここで掲げられたビジョンは3 つです。第1 のビジョンは、世界最高水準の研究を積極的に展開することによる「知の拠点化」です。大学の枠を超えた教員の結集と地域の関係機関との連携を図ることで、まずは糖鎖科学、航空宇宙、医療情報、農学教育から成る重点4分野の研究拠点の整備を進めていきます。第2 のビジョンは、国際通用性のある質の高い教育の実践です。世界で活躍する人材育成のためにリベラルアーツ教育を充実させ、考える力や、コミュニケーション能力も醸成します。また、これからの社会創造に必要な数理・データサイエンスや語学教育を進める共同基盤として「アカデミック・セントラル」を形成し、両大学の特性に応じた教育の実践を目指します。
第3 のビジョンは、社会・産業の課題解決を通じた国際社会と地域創生への貢献です。名古屋、岐阜の両大学で、東海地域の多様な産業の発展を支えるとともに、SDGs(持続可能な開発目標)が掲げる目標の達成と地域の社会課題解決に向けた取り組みを進めていきます。
こうしたビジョンは、東海地域の大学・産業界・地域発展の好循環モデル形成につながり、地域の構造変革の起爆剤になるはずです。知的成果創出の拠点、高等教育・人材育成の舞台、さらには新しい地域や産業創生の核として、東海国立大学機構はさまざまな可能性を結実させるためのプラットフォームになると考えています。

100 万人が利用する大学。デジタルユニバーシティは地域のインフラです。

原田 先ほど機構誕生の背景の中で「デジタル化・IT 化への対応の遅れ」を指摘されていましたが、先生は機構内において「デジタルユニバーシティ構想」を積極的に推進されています。先生が取り組んでおられるこの構想についても、少し詳しく教えていただけますか。

松尾 はい、この構想の究極の目標は、この東海国立大学機構を100万人の人が利用できる、そういう組織にしようということです。

原田 100万人ですか。すごいですね。

松尾 100万人というと学生や研究者だけでなく、市民や行政、企業などが機構にアクセスすれば、それぞれ必要な情報や人材を利用できる規模ということです。例えば、企業が社員教育として啓発セミナーや研究会を開く際にも、最先端の大学のリソースを活用できるのです。ただ、こういう開かれた大学をつくるためのツールとしてデジタル化の推進はどうしても欠かすことができません。
現在は、デジタルユニバーシティ構想をにらんで、専門の情報担当セクションとして「デジタルユニバーシティ室」を設置しています。様々な学術・研究情報をデータベース化したり、企業と研究者のマッチングを後押ししたり。こういうプラットフォームができると、地域社会や経済にも大きなメリットをもたらすことができます。デジタルユニバーシティは機構の活動の一つの基盤、インフラのようなものと考えていただければよいと思います。

原田 新型コロナの感染拡大もあり、昨年の前期はほとんどの授業がオンライン、オンデマンドでした。後期からは対面授業もかなり再開されましたが、やはり学生からは「対面授業はいい」との声を数多くいただいています。名古屋大学は東海地区においてはかなり早い時期に対面授業の再開に踏み切りましたが、その辺りの先生のお考えはいかがでしょう。

松尾 そのことについては、毎週のように学生相談センターのスタッフが私のところへ報告に来てくれたんです。今、学生はこんなことを考えていますとか、こういう声がありますとか、本当にリアルに教えてくれました。さすがにそれを聞くと、これは何とかしなくては、という気持ちになりますよね。
ただ、そのためには学生との信頼関係が重要です。学生はやはり時に羽目を外すこともあって、それが許せないという人もいるわけです。要は、学生をどこまで信用できるかなんですね。規制は緩めるけれども、もう大人なんだから、ちゃんと自立的にやってくださいということです。これからの学びの選択肢を広げていくためにもデジタルユニバーシティ構想の実現が重要になってくると考えています。

学生のためにいま何ができるか、学生ファーストでやっていきましょう。

原田 昨年以来続くコロナ禍においては、私たち大学生協としても、様々な協力をさせていただいてまいりました。今後に向けて、先生のお立場から、私どもの方に何かご要望のようなものはございますでしょうか。

松尾 特にあれをやってくれ、これをやってくれということはなくて。大学の管理者と一緒に「こういうことをやったらどうだ」とか「これをやってくれ」とか、むしろそういう忌憚のない意見を聞かせてほしいくらいなんです。

原田 そういう意味で最も直近のテーマとして挙げられるのが「学生たちのワクチン接種」についてでしょうか。

松尾 はい。東山地区においては、医学部のある大学は私たち名古屋大学だけなんです。名城大学にも、中京大学にも、南山大学にもありません。どこの大学も可能な限り早くワクチン接種を進めたい。そこで学生たちのワクチン接種をみんなまとめてやっちゃいましょう、ということになりました。こうした経緯もあり、7月に入ってワクチンの大学拠点接種が始まりましたが、学生たちの中には、いろいろ理由があって打たない人もいますよね。その結果、ワクチンハラスメントのような問題も起こっています。そうなると、また差別や混乱につながるので、我々としては、ワクチン接種をしても感染予防は十分にやってもらうということにしたいと思っています。そういうワクチン接種に伴う様々な啓発事項や注意事項などの情報発信は、やはり大学生協さんの協力が不可欠だと思っています。

原田 常に考えているのは、学生たちのために、大学のために、大学生協として、いま何ができるかです。

松尾 そうですね。学生ファーストで共にやっていきましょう。

原田 本日はありがとうございました。


名古屋大学を象徴する歴史的建造物 豊田講堂(設計:槇文彦)