学長・総長インタビュー

長崎大学

河野 茂 学長

Planetary Healthへの貢献 その先にあるもの

「地球の健康」を考えた時、 大学としてできることは一体何だろう。

荒川 長崎大学では、2020年1月から「Planetary Health への貢献」を学内の統一的な目標として掲げています。新型コロナウイルスの感染拡大により、いまだ先が見通せない状況が続いていますけれども、こうした中で長崎大学が果たすべき役割、今後の展望について、この目標を掲げられた経緯も含めてお話しいただければと思います。

河野 確かに「Planetary Health」と言っても、多くの方は「ん? なん言いよっと?」という感じなんですね。この言葉をテーマとした論文も数多く発表され、分厚い書籍なども販売されているのですが、まだまだ一般的とは言えません。そこで長崎大学では、これを分かりやすく「地球の健康」という意味合いで使っています。
長崎大学には165年の歴史を持つ、日本で最も古い医学部があり、昔から国際的な健康課題に対しては、生命科学系の医学部、歯学部、薬学部が一丸となって取り組んできました。ただ、医学部以外にも文系・理系のさまざまな学部が存在しますから、単に国際的な健康課題=グローバルヘルスではなく、あらゆる分野の研究者や学生たちがともに向き合うことのできるものがないかと考えた時に行きついたのが「Planetary Health」だったというわけです。

荒川 考えてみれば、確かに現代社会にはさまざまな地球規模の課題がありますよね。環境問題や資源問題、食糧問題、人権問題などもそうです。

河野 今回のパンデミックは、世界的な温暖化とか、乱開発の結果とか、動物ウイルスからの感染とか、さまざまな背景が取りざたされていますけど、発生の要因は一つではないことが分かります。そして、それ以外の課題も「地球の健康」という視点で見れば、大学としての私たちにできることはもっとあるのではないかと。
よく「SDGsと何が違うんですか?」と聞かれることがあります。SDGsには17のゴールがあって、その一つ一つを切り取っていけば、それぞれに素晴らしいゴールだと思います。しかし、中には互いに相反し合うゴールもあると思うんです。「PlanetaryHealth」はある意味で全ての人類の目標と言えるのではないか。社会に貢献し、人々の役に立つ。そういった教育をしよう、そういった研究をしようという時には非常にいいテーマだと思っています。

長崎大学では、学長に何でも言える。そういう風通しのよさが心を一つにする。

荒川 先生は学長になられて、全ての学生と教職員にメールでさまざまなメッセージを発信されています。大変に素晴らしい試みだと思うのですが、どうしてこういうことを始められたのですか。

河野 実は、私が大学病院で病院長をしていた時からやっていたことなんです。病院のターゲットである患者さんに対して、病院が何を提供しているかをメッセージすることで、病院への信頼を醸成する。同時に、自分たち教職員に対して、やはり大学は一丸となって、患者さんのために尽くさねばならない、という思いを常に新たにすることが狙いでした。
まぁ、同様のことを学長になって始めたというわけです。10ある学部の先生方は、それぞれに思いを抱き、それぞれの方向を見て研究なり、教育なりを進めているんですね。誤解を恐れずに言えば、方向性、ベクトルがばらばら。だから、学長である私の思いを直接伝えようと思って始めました。

荒川 先生のメールに対する学生や教職員の反響はいかがですか。

河野 反響はやはりそれなりにありますよね。ここしばらくは、新型コロナウイルスに関することが多いですね。特に新入生はかわいそうです。入学してもキャンパスに行くことができない。友達もできず、クラブ活動もできなくて、ずっと孤独な時間を過ごしている。だからこそ、メッセージの発信を通じて現状の把握と、これからの展望を伝えることで、少しでも明日への期待と可能性を感じてほしいと思っています。

荒川 メールの返信や心配事、不満などは、どのように寄せられてくるのですか?

河野 さまざまな意見を集め、集約するために、「目安箱」というのをつくりました。学生から直接学長にものを申す。その代わり、匿名じゃなく、自分の名前を名乗ることを求めています。匿名じゃないのであまり意見は寄せられないのでは、と考えていましたが、実際は意見や要望が数多く寄せられています。特に、新型コロナウイルスの感染拡大が進むにつれて、その数は増えていきましたね。

荒川 その全てに目を通して、返信をされているのですか?

河野 オープンにしていませんが、本人には必ず返しています。授業についても、こちらでは「対面でやってほしい」、一方では「まだまだ怖いからオンラインで」とさまざまな意見が来ます。もちろん、「こんなことを学長に聞くか?」というような意見も来ます(笑)。

荒川 新型コロナウイルスの感染拡大による影響によって、最近はメンタルヘルスという観点から心配な学生が、多い気がします。先ほどの目安箱のお話にもあった通り、学生たちにはさまざまな不安や不満が蓄積していっているようです。こうした学生たちに対して、大学としてどのようなサポートを考えているのか、お聞かせください。

河野 一番にできることは、金銭的な支援をいかにタイムリーに提供していくことができるか、ということでしょう。基本的にアルバイトも減ってしまった、金銭的に親御さんも困っているという学生が多いですから。そのために国や大学からの支援策だけでなく、教職員から寄付を募り、大学独自の支援を実施してきました。
大学生協さんにも学生たちの食事面でご協力をいただきましたよね。

荒川 大学生協のプリペイドカードにチャージをする際、大学からの補助の一部を大学生協が負担をさせていただくというものだったと思います。

河野 こうした経済的なサポートの次に問題になるのが、精神的なサポートをいかにいきわたらせるか、ということです。やはりメンタル的には相当深刻な学生が増えていました。こうした学生を保健センターに相談に来させるのは一筋縄ではいかないですし…。本当に難しい問題ですが、大学としては臨床心理士などの専門家を準備するなど、より心理的なハードルの低い体制と環境を整えることに尽きると思っています。

ヘルシーキャンパスへの取り組みは、これからの時代の至上命題かもしれない。

荒川 ただ、そういう取り組みが長崎大学でも積極的に推進されている「ヘルシーキャンパス」「Planetary Health」という構想につながっているのですね。

河野 結果的にはそうかもしれません。病院長をしていた病院は、当然のことながら、全て敷地内禁煙です。さまざまなあつれきはありましたが、せっかく学長になったのですから、全キャンパスを禁煙にしようと思ったんです。ただ、単に禁煙というだけでなく、タバコを吸う人をうちは雇いません、というところまで宣言するに至りました。
そうしたら「タバコだけじゃないでしょう」ということで、大学生協さんにもお願いして、ちゃんとカロリーを計算した食事の提供に取り組みました。

荒川 それが「ヘルシー日替わり弁当」ですね。先生はお召し上がりになられたことは?

河野 いや、結婚して四十何年、毎日母ちゃんの弁当なんです。最もヘルシーですから。

荒川 大学としては、今後もヘルシーキャンパスへの取り組みを積極的に推進していくお考えですか?

河野 何がヘルシーかという議論はあるでしょうけれども、身体的なものだけでなく、やはり精神的にも、どうすれば本当に元気で活躍できるか、勉強できるかというところは、やっぱり大学人としては当然ずっと持つべきだろうと思っています。

Planetary Health 学環の導入から新たな大学改革のスタートへ。

荒川 「PlanetaryHealthへの貢献」を通じて、今後、長崎大学はどのような方向へ進んでいくのでしょうか。

河野 通常、大学には学部があり、1年生から4年生までがそこで学びます。その上の大学院には研究科があり、修士と博士それぞれの課程で研究を続けていきます。文部科学省に予算を出してもらうには、教育体制をよりよい方向に改善することが前提となります。今後、長崎大学では、PlanetaryHealth学環というものをつくって、ここで学部や研究科にとらわれずに、横断的に教育、研究ができるような組織を構築しようと考えています。このアイデアを文部科学省に提案したところ、「いいね!」をいただきまして(笑)。まだ予算的な枠組みは与えられていませんが、実際上のPlanetaryHealthを、教育に研究に新しい方向としてつくり込み始めたところです。

荒川 最近では、学内においても活発な意見交換が行われているようですけれども…

河野 実は、国立環境研究所で理事長をされていた渡辺知保先生をPlanetary Healthを担当する学長特別補佐としてお招きし、新たに政策企画室を立ち上げました。この学長特別補佐と4人の若手教員が中心になって、 Planetary Healthを掲げた全学の教育研究の具体的な推進策などのアイデアを出し合っているところです。

荒川 Planetary Healthのより具体的な形が、これから明らかになっていくわけですね。本日は、どうもありがとうございました。