学長・総長インタビュー

東京大学

藤井 輝夫 総長

「UTokyo Compass」が目指す
「世界の誰もが来たくなる大学」

地球規模の課題に対して、
東京大学は、いかに向き合っていくか。

石田 2020年春からのコロナ禍の中で実施された入構規制は、利用者の激減につながり、職域生協としてキャンパスの外では活動できない東大生協にはまさに組織存続の危機でした。この危機に対応するため理事報酬の削減や人員体制の圧縮、事業の抜本的な見直し等を進めていたところ、大学からは維持管理費の減免措置、教員による校費の利用集中、そして新型コロナワクチンの職域接種対象への生協職員の包摂など、さまざまなご配慮をいただき、おおいに勇気付けられました。本当にありがとうございます。

編集部 そんなコロナ禍の中にあって、東京大学では「UTokyo Compass」という基本方針を策定されました。まずは、この「UTokyo Compass」について教えていただけませんか?

藤井 総長就任にあたり、さまざまな地球規模の課題が露わになったいまの世界の状況を踏まえ、これからの大学はどうあるべきなのかを考えました。いま人類は、気候変動の問題はもとより、世界に広がる差別や不平等など、容易ならざる困難に直面しています。今般の新型コロナウイルス感染症の蔓延は、人々が集まり、話し合い、触れあうといった日常的な行為がいかに大切であるかを浮かび上がらせました。これまで前提としていた諸条件や常識が大きく変化する今日だからこそ、私たちはアカデミアとして、学術が果たすべき役割をしっかりと意識しつつ、何ができるのかを考え、過去から未来に向けて長期を見渡す視野に立って、新しい社会の構築に取り組まねばならないと考えています。このような考え方に基づいて、「UTokyo Compass」を策定しました。そこでは「知をきわめる」「人をはぐくむ」「場をつくる」の3 つの視点と、これらの基盤となる「自律的で創造的な大学活動のための経営力の確立」について、具体的な目標と行動を掲げています。この東京大学の新しい在り方を開拓するにあたり、重要な行動の一つが「対話」です。対話というと、気軽なおしゃべりや情報交換ということもあるかもしれませんが、ここで大事にしたい対話とは、未知なるものと向かい合い、知ろうとする実践です。これを通じて互いに問いを共有し、共に問う、考える中で、深い共感的理解にもとづく信頼の構築を目指します。東京大学は、学知を生み出す場所として、大学と社会の間で、さらには国際社会の中で、対話を通じて立場や価値観が異なるさまざまな人と人、あるいは組織と組織を繋いでいく役割を果たしたいと考えています。国内外の学術機関、地域、産業界の皆さんとの対話を通じて相互の信頼関係をしっかりと構築することにより、地球規模課題の解決に共に取り組んでいく所存です。

対話を通じて広がる共感。
そのための場づくり「総長対話」。

編集部 これからの東京大学における取り組みは、「対話」を軸に進められる旨、お話をいただきましたが、先生が総長に就任されて以来続けてこられている「総長対話」もそんな対話を重視する「UTokyo Compass」の理念の表れなのでしょうか?

藤井 はい、実際、この「UTokyo Compass」を策定する過程でも、可能な限り対話を取り入れています。学内構成員との「総長対話」を 18 回実施し、教職員のみならず学生とも対話を行いました。さらに、学内だけでなく学外のステークホルダーとも意見交換を実施し、さまざまな方々のご意見をいただきながら、「UTokyo Compass」を完成させました。コロナ禍での開催のため、基本的にはオンライン形式での対話でしたが、だからこそ居場所によらず様々な人に参加いただけた側面もありました。例えば、オンラインだったからこそ、コロナ禍のため来日できていなかった留学生や研究者の声も聞くことができました。学内外において、このような「対話」を進めていく上で、多様なものを受け入れ、ともに議論をしていくこと、すなわち多様性と包摂性を大事にすることもまたきわめて重要です。多様な背景を有する人々が相互の対話・交流によって視野を広げつつ、活き活きと活動することができる「世界の誰もが来たくなる大学」を実現しよう、ということも「UTokyo Compass」が示す主要な方針です。それぞれが多様な視点を持ちつつも、大きなコンセプトを共有し、時間の流れの中では同じ方向に向かい調和していく、というあり方が、大学としてはよいと考えています。

編集部 学生や教員の皆さんの反響はいかがですか?

藤井 オンラインではありましたが、これまで各回すべてに多くの学生、教職員の皆さんが参加してくれました。意欲的に意見や提案をもらえることが多く、そういう意味では、おおむね好意的に受け止めていただけているといっていいのではないでしょうか。みなさんの真摯な問いに対してどう向き合い、応えていくか、私自身も改めて身の引き締まる思いがしたものです。

「自分ごと化」してこそ生まれる、変化を起こすエネルギー。

石田 大学生協も組合員である学生や教職員の視点に立った事業運営を行うことに誇りをもっています。そもそも大学生協は、組合員の出資金を原資として運営される事業体であり、その意向を事業に反映する仕組みが総代会という形で確立されています。東大生協の運営を担う理事の選出はこの総代会が行うのですが、理事の3分の2は学生、残りの3分の1が教職員という構成です。

藤井 だからこそ大学生協は、学生を取り巻くいろいろな物理的、社会的な環境の変化というものを、上手に吸い上げ、事業活動に取り込むことができるというわけですね。理事として活動する学生は、問題意識の高い学生ばかりなのでしょうね。私が最近思うのは、自分たちを取り巻くあらゆる問題をすべからく「自分ごと化」してほしいということです。少し前の総長対話でも話題にしたのですが、今年の6月にスウェーデン・ストックホルムで開催された「ストックホルム +50」という国際会議に参加しました。これは1972年に開催された「ストックホルム会議(国連人間環境会議)」から50年を経た本年、改めて人間環境を含む、地球環境全体(Planetary Health)について議論する目的で開催されたものです。この「ストックホルム +50」で主張されたのは、50年前と比較して私たちを取り巻く地球環境は決してよくなっていないという事実でした。そこで感じたことの一つは、ここからさらに50年後の地球を考えるとなると、今の若者が自分ごととして捉えてアクションしていく必要があるということです。実際、会議にはアフリカの若者たちも多く参加していて、まさに自分ごととして地球環境を捉え、熱い議論を繰り広げていました。つまり、何を申し上げたいかというと、何かアクションを起こすときには「自分ごと化」こそが変化を起こすためのエネルギーになるということです。そして、それは学内におけるさまざまな改革についても同じだと思うのです。大学コミュニティの中でのマジョリティは紛れもなく学生なのですから、彼らが真摯に考え行動すれば学生生活はもっと豊かなものになるでしょう。私たち大学も、彼らの「自分ごと化」を後押しし支える大きな力になれるよう、学生との繋がりの要である大学生協とも協力していければと思います。

学生支援のためのパートナーシップ。これからも。

石田 学生をとりまく環境がかわる中で、どのような境遇にある学生にとっても大学でかけがえのない時間を過ごせるように、私たちには何ができるのかという観点から、東大生協はその福利厚生事業を充実させてきました。近年の事業体制の見直しの一環として、たとえば学生の「住まい探し」、つまり物件紹介を始めました。また、キャッシュレス決済のできる食堂の学食パスを導入して、食費を入金される保護者が学食パスの利用履歴、つまり「ちゃんと食事ができているのか」を遠方からも確認できるようにしました。コロナ禍の中では、書籍部では教科書のオンライン受注の取り組みも実現しました。さらに、学生総合共済もその共済金の支払い対象をひろげて、いまでは、コロナ感染症、メンタルの問題にも対応しています。このように福利厚生面の学生支援は随分と高度化しました(笑)。

藤井 東大生協は私も学生時代によく利用していて、懐かしく思いましたが、今はそんなに便利になっているのですね。コロナ禍における学生のメンタルに関する問題を、学生総合共済で支えていただいている点にもあらためて感謝したいと思います。学食へのハラールコーナー設置など、インクルージョンの観点からも良い取り組みがなされていると感じています。

石田 東大生協では、卒業する学生に対して出資金返還の案内と同時に「大学生協たすけあい奨学制度」への寄附をよびかけています。これは、在学中に扶養者を亡くした学生がその学業を継続できるようにするための支援制度です。個々の学生の寄附額は小さくても、一度も会ったことのない仲間に支援の手を差し伸べることの意味は大きいものです。これは、一つの大学でともに過ごす仲間だとの意識で組合員がつながる大学生協だからこそできることで、営利目的の店舗の利用者同士の間ではこのような仲間意識はけっして生まれません。

藤井 どのような境遇にある学生であっても、しっかり活動できるように環境を整える。これは多様性と包括性の考え方に通じるものであり、「UTokyo Compass」でも大変重視していることです。東京大学を誰もが来たくなる大学にしていくためにも、東大生協さんにはともに取り組んでいけるパートナーであっていただきたいです。

石田 藤井総長に、学生支援のための東大のパートナーとして東大生協をみていただいている、このことを励みとして、これからも生協関係者一同、力を尽くしてまいりたいと思います。本日はまことにありがとうございました。