学長・総長インタビュー

東洋大学

矢口 悦子 学長

3万人の学生全員に施されるべき合理的配慮義務とは。

命名「コロナ学長」着任早々、
精力的にコロナ対策を推進

鈴木 2020年以降、新型コロナウイルス感染症の急拡大に伴う経済的困窮や精神的負担などで、学業の継続が困難になった学生が数多く出ました。そんな中、東洋大学ではかなり早い段階からさまざまな準備をしていたことはよく知られています。

矢口 私が東洋大学の学長に就任したのが2020年4月ですから、まさにコロナ学長ですよね ( 笑 )。時期が時期でしたので学長になって真っ先に取り組んだのが、全学部長と事務局の部長による新型コロナウイルス感染症対策委員会の立ち上げでした。名称を危機管理本部としなかったのは、物事を上意下達でなく、ともに膝詰めで協議をして、役割分担をしながら一つになってことに当たる体制をつくりたかったからです。
こうして最初に実現した施策が、全ての学生への特別修学支援金5万円の給付でした。総額16億円近くになりましたが、5万円あれば大学生協でパソコンが買える、Wi-Fi環境も整えられるだろうという判断でした。ところが給付のための仕組みがなかった。そこで職員の中から110人ほどのメンバーを募ってワーキンググループをつくり、本来の仕事を残りの職員がカバーするオールスタッフの団結力で取り組みました。

鈴木 その後、コロナ対策奨学金「RIBBON」、学業継続を支える食料支援「Hands to Hands」などさまざまな施策を続々と打ち出していかれました。

矢口 コロナ対策奨学金「RIBBON」は、OB・OGや保護者、役員、教職員等の本学関係者からの寄付を原資としながら、生計維持者(父あるいは母)が新型コロナウイルスの影響で失職したことにより、経済的に困窮している学生の修学継続支援を目的とした独自の取り組みです。食料支援「Hands to Hands」も「RIBBON」同様、本学関係者から食料品の寄贈を募り、コロナ禍で不安を抱える在学生を支援し、学業を継続する環境や意欲を支えることを目的とした活動です。ただ、敢えて告知に「困難な学生」という文言を使わず、誰もが気兼ねなく利用できるプロジェクトというイメージ構築を心掛けました。

東洋大学の全学生3万人に対する、
合理的配慮の提供へ

鈴木 大学の授業の多くが対面からオンライン形式になりました。教員の立場からすると、この時期は不慣れなオンライン授業の準備で悲鳴を上げていましたね。分からないことだらけなので、情報システム部に一つ一つ相談して、できるところから何とか進めていたという感じでした。互いに情報共有するため、教員の自主グループもたくさんできていました。

矢口 教員の皆さんの自主グループの存在は私も認識していたのですが、自由に進めてくださり、本当に助かりました。私たち執行部としては、とにかくガイドラインを作ることに集中していましたね。

鈴木 2022年度に入ってようやく対面形式での授業が中心となって、少しずつ大学に日常が戻ってきたと感じています。教員もほっとしたし、何より学生たちが本当にうれしそうで。だから、昨年の春のガイダンスはここ数年になく盛り上がりましたね。ただ、逆にオンラインだから授業に出ることのできた学生や、大学に来ることで人間関係に悩んでしまう学生も一定数います。対面授業が始まったことで、かえって心身の不調を抱える学生が増えてきてしまったのは悩ましいところでした。

矢口 確かにメンタルヘルス不調により生活や学業等に支障をきたしているという学生が増えてきていて、そこへの対処も急務と考えていました。ご存じだと思いますが、2021年の通常国会で成立した障害者差別解消法の合理的配慮が今後義務になるわけですね。この機会を活用し、本格的に取り組み、学生が相談事を持ち掛けてきたり、そういう学生を見つけた時にどのように合理的配慮義務を果たすべきなのかを可視化し、すべての教職員が学び、理解していただくようにしました。

鈴木 コロナ禍による環境の激変でうまく対応できない学生の数は、今後どうなっていくのでしょうか。

矢口 適応できない学生たちは増えるような印象をもっています。また、小学生くらいの時から合理的配慮のもとで育まれてきた学生も多数います。これからは、私たちの方が多様な学生にどう適切に対応していくのかを学ばなければいけない。オンデマンドやオンラインなどコロナ禍で教職員が獲得したスキルを活用して、配慮が必要な学生たちにいかに学びを届けていくかが重要になってきます。
そして、その究極のカタチが、全ての学生たちそれぞれに合理的配慮を届けることだと思います。全学生3万人に対する、合理的配慮の提供です。これを実現することはすごいことと、大きな夢を描いています(笑)。

東洋大学のSDGsを一層加速させる、
東洋大学SDGsアンバサダー

鈴木 また、2021年6月に学校法人東洋大学SDGs行動憲章が制定されました。さまざまな取り組みの一つにあるSDGsアンバサダーについて教えてください。

矢口 SDGs活動の活性化と、さらなる発展を図るために、学生個人または学生団体に対して「東洋大学SDGsアンバサダー」の称号を付与する制度を設けています。2022年度は、78名の学生と5つの団体をアンバサダーとして認定しました。彼らにはまずSDGsを学ぶ機会を提供し、学ぶ中で出てきた、見えてきた社会的課題をいかに解決するかを考えてもらいます。そこから生まれた学生たちのアイデアを実現するために、資金や人材などあらゆる側面から大学が全面的に支援していきます。

鈴木 また、「東洋大学SDGs留学生アンバサダー」という制度も新たに始まった旨、お聞きしていますが…

矢口 SDGsの達成に向けてさまざまな形でグローバル社会に貢献する意欲と実行力を持ち、学内外でSDGs達成やグローバル化につながる活動に積極的に取り組む留学生をフルスカラシップで支援する制度です。認定者には「学費支援」「居住費支援」「生活・活動支援」「日本語能力強化支援」の4領域の支援を行います。

鈴木 これはSDGsの意識が高い日本のアンバサダーたちとのコラボレーションというか、相乗効果も期待できますね。留学生アンバサダーの存在が、東洋大学のSDGsを一層進展させてくれそうです。

矢口 世界的な社会課題を解決したいとか、母国との懸け橋になりたいとか、国際機関で働きたいとか、アンバサダーを希望する留学生たちはそれぞれが明確な目標を持っているので本当に楽しみです。この制度は、おそらく全国でも初めてのものだと思います。

創立150年に向けて、
リカレント教育の新たな時代を拓く

鈴木 東洋大学のイブニングコース、2部が充実していることはよく知られており、全国の夜間大学生の約25%、4分の1が東洋大学にいると言われています。さらにはリカレント教育にも力を入れているとお聞きしています。東洋大学の150周年を見据えて、こうした教育的側面から改めて大学の社会の中での役割をお聞かせください。

矢口 東洋大学では、リカレント教育の新たなモデルをつくりたいと思っていて、その柱となるものが4つあります。一つ目は、今、お話に出ていた夜間の学生たちを支えること。これはもう人数は少ないですけれども、確実に希望者がいますので、ちゃんと支えていきたいと思います。二つ目は、社会人のための大学院の役割をもっと大きく広げようと。例えば、中小企業診断士の資格とMBAがセットで取得できるコースが経営学研究科にあります。
実はこれ、今、ものすごい人気です。資格だけなら他でも取れるけれど、修士論文を書いて中小企業診断士やMBAを取得するという、そのプロセスで学んだことが後々大きな糧になります。さらには「PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ:公民連携)」ですね。自治体の職員やNPO、NGOのスタッフ等を公共セクターと民間セクターのパートナーシップを担うような人材に特化して育てようとしています。大学院経済学研究科の専攻なのですが、これも一定の人気がありますね。

鈴木 これらは基本的にオンライン形式で、全国それぞれの場所にいながら学べるというものですね。

矢口 三つ目は情報連携学学術実業連携機構で行っていますが、企業からの依頼で企業の人材をまとめてスキルアップしようというものです。オーダーメイドの学びを、依頼された企業の社員、30人なら30人にまとめて提供していきます。さらに、文科省による補助事業、「Open Smart Cityに向けたDX人材育成プログラム」では、都市開発や建築の分野におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)人材のリスキリング教育を実践しています。そして、四つ目は東洋大学の社会貢献センターが継続してきた無償での講師派遣や生涯学習の支援です。私としては、今これを世界というフィールドで展開できないかと考えています。実際、東洋大学のOB・OGは世界中にいるので、そのネットワークを活用すれば大学が培ってきた知を世界に発信することができると思います。

SDGs流行りの世の中、
ようやく時代が大学生協に追い付いてきた?

鈴木 withコロナ・afterコロナを見据えて、大学は果敢な変化を試みています。同様に、私たち大学生協も変わっていかなくてはなりません。これからの大学生協が目指すべき方向について、矢口先生からアドバイスをいただけないでしょうか。

矢口 大学生協の「生協」って、その響きが現代においてもまだ生きている。このことがものすごく大事だと思うのです。私のように昔から生協を使っていた人間はもちろん、今の学生も生協って分かっていますから、自分たちの生活の周りのあらゆることに生協が関わっているんだという文化が根付いている今なら十分な貢献ができるのではないかと。その時キーになるのは、いかに学生を巻き込んでいくかだと思います。学生たちがそこに集って喜々としているとか、生協の売店でお弁当を買っておいしかったとか、生協のプログラムに参加して面白かったとか…、そんな風景が先輩から後輩へとリレーされていく。そういう場としてあれば、いつの時代でも、生協は信頼される存在であり続けることができると思います。今は過渡期かもしれないけれども、少なくとも教材は変わることなく使い続けられていますよね。それも、大学生協に対する長いお付き合いの中での信頼感があるからです。

鈴木 大学生協なら安心だよねと言ってもらえる。何をするにしても、やはり、それがすごく大事になってくるのですね。

矢口 また、大学生協ではさまざまな講座を開催しています。大学が正課の中で提供できる資格関連の科目には限りがあります。大学で充分に対応できない資格については大学生協からの提供をお願いしたいと考えています。

鈴木 とはいえ社会の中での、いわゆる生活協同組合の存在感みたいなものは、もしかしたら、弱くなってきているのかもしれません。

矢口 そういう見方もあるかもしれませんが、今世の中の流れでもあるSDGsが掲げている精神は、まさにこれまで大学生協が担ってきたことであり、ようやく時代が大学生協に追い付いてきたのかもしれませんね。

鈴木 本日は、誠にありがとうございました。