世界の本棚から㉒

 

Suzie Miller
Prima Facie
Cornerstone
ISBN : 9781529153651購入はこちら >

 タイトルがラテン語で「第一印象」を意味する本書は、元々ひとり芝居の戯曲として創作されたものを作者自ら小説に書き直したものだ。

 ロンドンに暮らす主人公の女性テッサは若く優秀な法廷弁護人。貧しくコネもない家庭に生まれながら努力で奨学金を勝ち取ってケンブリッジ大学に進み、優秀な上流階級のエリートに負けじと頑張ってきた。常に手を抜かず、着るものや話し方にも注意し、深い人付き合いはしない。そして性犯罪の容疑者たちの弁護を厭わずに引き受け、司法を信じていた。

 しかしそんな彼女がある夜、同僚から性被害を受けてしまう。一転して被害者になった彼女は逡巡のうえ相手を法廷で訴えることを選ぶが、イギリスの法では訴えた被害者がすべての証明をせねばならず、テッサは非常に辛い供述をせねばならない。果たして彼女が望む未来はあるのか?、という物語だ。

 本書はまず冒頭の法廷シーンが息をのむ展開だ。検察側と弁護人たちの掛け合いがまるで競走馬のレースのように描かれ、陳述や反対尋問をする時の視線や息継ぎ、声色まで聞こえてくるような臨場感。スポーツ観戦をしているような感覚になるが、それで本当にいいのかと作者は問いかけているようだ。裁判や陪審員制度、英国の階級社会について考えさせられる本だった。

 
 

Emily Henry
Funny Story
Berkley
ISBN : 9780593816486購入はこちら >

 英米では夏になるとbeach reads と呼ばれるエンタメ小説の宣伝が多い。ロマンチックコメディが多いこのジャンルで作家 Emily Henryはランキング1位の常連で、本人も心得ておりそのまんまBeach Readという本を出したことさえある。その彼女の新刊が本書。

 図書館司書の女性ダフネは、婚約者ピーターと暮らすため田舎町に引っ越してきた。安心と引き換えにすべて彼にあわせてきた彼女だったが、結婚直前のある日、ピーターから幼馴染みが好きだと言われ突然振られてしまう。残されたダフネはピーターが好きになった幼馴染みの元カレ・マイルズの家で同居することになり、二人は元恋人を見返すべく、付き合っているフリをする。きっちり派のダフネと自由気ままなマイルズは水と油に見えるが、意外にも友情が芽生える。ただしダフネは子どもの頃から頼りなかった父との関係に悩み、マイルズも家族関係に劣等感があり、それぞれの過去が二人を縛ってしまう。

 ダフネとマイルズが恋に落ちるのは読者も想定済み。だがそこで山場を作るためにありがちな三角関係などを入れずに、主人公たちの内面や葛藤を丁寧に描くところが、競争激しい英米エンタメ小説業界でEmily Henryが生き残っている理由だろう。

 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外店舗網を持つ書店チェーン・紀伊國屋書店の洋書専門店店長。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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