Reading for Pleasure No.62

“she was my dog” だからこそ “she had to sleep in my room” だったのです

水野 邦太郎
水野 邦太郎Profile

●今回ご紹介の本●
HANS WILHELM
I'll Always Love You
Dragonfly Books
ISBN:9780517572658
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 みなさんは、小学校1年生のときに国語の授業で『ずうっと、ずっと、大すきだよ』という絵本を読んだ記憶があるのではないで しょうか。表紙を見れば、きっとお話の内容 を思い出す方も多いと思います。今回ご紹介 するのは、その絵本の原作となった英語の絵 本 I'll Always Love You です。この物語は、主人公の少年(著者自身)と愛犬Elfieとのかけがえのない日々、そしてやがて訪れる別れを描いた、心あたたまる感動の一冊です。
 
 物語の前半に、would という言葉が3回使われています。would は will(現在形)の過去形です。will は自らの「意思 (~するつも りである)」を表明し、主語の強い「気持ち」 を表します。したがって、wouldが使われるときも「意思」と「気持ち」が込められています。wouldが表す気持ちは「過去に自らの 意志で習慣的に行っていたことを懐かしく思い出す」ときに生じる気持ちです。例をあげます。  

 I loved resting my head on her warm coat. Then we would dream together.(ぼくは、エルフの あったかい おなかを、いつも まくらに するのが すきだった。そして、ぼくらは、 いっしょに ゆめを 見た)。上記のwouldが使われた英文は、Then 《それから》→ we 《ぼくとElfieは》→ would《あのときよくした》 → dream together《一緒に眠ることを》。このように、would から、語り手の「心が癒される幸せなひと時だったな~」と懐かしむ気持ちが読み取れます。

 時が経つにつれて、Elfieは年をとってどんどん太っていき、自ら階段を上ることができなくなりました。It soon became too difficult for Elfie to climb the stairs. But she had to sleep in my room. (まもなく、エルフは、かいだんも 上れなくなった。でも、エルフは、 ぼくの へやで ねなくちゃ いけないんだ。階段を上がれなくなったけど、ぼくの部屋で眠る必要があった。なぜならぼくの犬だから。)  

 そこで、ぼくは毎晩Elfieを抱っこして階段を上り自分の部屋まで連れていきました。ぼくにとって、小さい頃から寝る時間がくるとElfieが一人で階段を駆け上り、一緒に自分の部屋で眠ることに「向かう」(to sleep in my room)ことは、毎晩やっていたことでした。そのような習慣がElfieの身近なところ(生活の中)にずっと「在った(存在した)」ことを、 英文では「存在」を意味する had をイタリック体によって強調して伝えています。

  Elfieがたとえ年をとって一人で階段をかけ上ることができなくなったとしても、ぼくにとっては変わることなくその習慣が存在したことを、英語では次のように表現しています。But she had 《でも、Elfieの身近なところ (生活の中)に》→ had《在った》→ to《向かうことが》→ どんなことに向かうかというと → sleep in my room.《ぼくの部屋で眠ることに 》。  

 had とto が結合したhad to は、何らかの客観的な状況・理由から、特定の行動を求める必要性があったことを述べる表現です。どのような客観的な状況・理由があったか、この場面では明示的には述べられていません。それに対し、日本語訳には「なぜならぼくの犬だから。」と、その理由が明示的に付け加えられています。
 
 これは、この物語の前半に書かれてあった、次の英文によって伏線が張られていたと言えます。My brother and sister loved Elfie very much, but she was my dog.(にいさんや いもうとも、エルフのことが 大すきだった。でも、 エルフは、ぼくの 犬だったんだ。)。dog の前にあるmyがイタリック体によって強調されています。ここから「ぼくの犬(my dog)だった」からこそ、ぼくにとってElfieは小さいと きから亡くなるまでずっと自分の部屋で寝る 「必要が在った(had to)」 と解釈できるのです。物語の最初のほうで語られていたshe was my dogと、終わりのほうで語られているshe had to sleep in my roomの2つの文が一本の糸と なって物語を結んでいることが分かります。  

 “she was my dog.” だからこそ “she had to sleep in my room” だった――このような解釈は、原文の英文を読み、イタリックで強調されている2つの語に注目することで見えてきたものです。教科書に掲載されている日本語訳では、これら2語の強調が反映されておらず、その意味の深さに気づきにくくなっています。ぜひ原文をじっくりと読み、その英文だからこそ伝わってくる物語の核心となる テーマを味わってみてください。そして、それこそが “Reading for Pleasure”(楽しみのための読書)の体験であることを感じていただければと思います。
 

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P r o f i l e

水野 邦太郎(みずの・くにたろう)

千葉県出身。神戸女子大学文学部教授。博士(九州大学 学位論文.(2017).「Graded Readers の読書を通して「主体的・対話的で深い学び」を実現するための理論的考察 ― H. G. Widdowson の Capacity 論を軸として ―」)。茨城大学 大学教育センター 総合英語教育部准教授、福岡県立大学人間社会学部准教授、江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授を経て、2022年4月より現職。

専門は英語教育学。特に、コンピュータを活用した認知的アプローチ(語彙・文法学習)と社会文化的アプローチ(学びの共同体創り)の理論と実践。コンピュータ利用教育学会 学会賞・論文賞(2007)。外国語教育メディア学会 学会賞・教材開発(システム)賞 (2010)。筆者監修の本に『大学生になったら洋書を読もう』(アルク)がある。最新刊『英語教育におけるGraded Readersの文化的・教育的価値の考察』(くろしお出版)は、2020年度 日本英語コミュニケーション学会 学会賞・学術賞を受賞。

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