「かっこいい読書」金子玲介

 

かっこいい読書

金子玲介 Profile


舞城王太郎=原作、青山景=漫画/
小学館IKKI COMICS
定価1,257円(税込)

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 恥ずかしいので隠してきたが、本を読んでいる自分をかっこいいと思っていた。
 商業デビュー後、読書にのめり込んだきっかけを尋ねられるたび「高校二年生の国語の授業で読んだ太宰治『晩年』に衝撃を受け、また同時期に舞城王太郎さんにもハマり、」と答えてきて、それ自体に微塵も嘘はないのだが、完全な回答でもない。
 このたび、学生時代の読書を振り返る良い機会をいただいたので、もう洗いざらい白状しようと思う。
 私はずっと、「本を読む」という行為がなんとなくかっこいい気がして、本を読み続けてきた。
 今や死語だが、「サブカル」に溺れていた学生時代だった。私は中二病にしっかり罹患しており、「人と違うことをしている自分はかっこいい」という幻想に貫かれていた。深夜ラジオをポッドキャストで聴き、少年コミックより少し大きいサイズの青年コミックを読み、誰も知らないインディーズのバンドを聴いている自分は「特別」だと感じていた。いま思えばぜんぜん特別ではないし、こっぱずかしい記憶なのだが、そういった全能感を抱きしめて十代を過ごせたことは、三十を超えて振り返った今、そう悪くなかったと思っている。その流れの中心に、私の読書と創作はあった。
 ヴィレッジヴァンガードが拠点だった。「遊べる本屋」をコンセプトにした複合型書店で、実家からどこへ行くにも乗り換えていた駅の商業施設内にあり、学校からの帰りに入り浸っていた。ごちゃついた店内に、怪しい本や雑貨がぱんぱんに詰め込まれており、行くだけで満たされる何かがあった。同級生が知らない(と私が思い込んでいた)、「特別」な世界だった。
 そこで出会ったのが『ピコーン!』だった。原作・舞城王太郎、漫画・青山景のコミカライズ版。帯の「鬼才小説、全世界初コミック化!」の文字に惹かれ、買って読み、見事に食らった。脳に言葉を突っ込まれ、ぐちゃぐちゃに掻き回されるような心地がした。もっともっと、と原作小説も買い求め、さらに食らった。こんなとんでもない小説があるのか。同級生は誰も、舞城王太郎なんて読んでいないだろう。こんなとんでもない小説がこの世にあることを知っているのは、自分だけじゃないか? そこから貪るように、小説を読みふけった。よりディープな、より誰も知らないものを、と純文学の地層を掘り進めた。自分でも小説を書きはじめた。同級生がゲームやSNSで潰す時間を、私は小説に、純文学に注いでいた。当時の私にとって、小説は紛れもなく「特別」だった。授業の合間、同級生の馬鹿話を聞き流しながら、ひとりで文庫本を読む私は、映画のワンシーンのように淡い光を纏っていた(と自分では認識していた)。
 初めて文芸誌を買ったときの興奮は忘れられない。あれは高校生活も終わりかけの二月。なにげなく書店をぶらついていると、舞城王太郎の文字が目に飛び込んだ。雑誌の表紙に、舞城王太郎「短篇五芒星」とある。知らないタイトルだった。既刊は文庫、ノベルス、単行本を含め全て読んでいるはず。どうやら単行本の前に、雑誌に載るパターンがあるらしい。つまりは舞城の新作を、世界最速で読めるということ? 鼻息を荒くしながら「群像」を手に取り、レジへ向かった。まだ本にもなっていない小説を読む私は、あまりにも「特別」だった。だから私は、今も、文芸誌が好きだ。
 大学に入ってからも、新たな「特別」を追い求めた。同級生が酒や恋愛に溺れている裏で、マイナーな海外文学に手を伸ばし、図書館で昔の文芸誌を漁り、純文学系の新人賞に投稿を続ける私は、誰よりもかっこよかった。
 全て幻想だったと、今は理解している。
 高校二年で小説を書きはじめてから十三年間、どの新人賞にも手が届かなかった私は、自分が「特別」ではないことを痛いほど思い知った。
 この世には、小説を読む人間も、書く人間も、うじゃうじゃいる。趣味嗜好はどんどん細分化され、何がメインカルチャーで何がサブカルチャーかもよくわからなくなって久しく、それでも、単純に小説を好きな人たちが、読み続け、書き続けている。
 だから、私も読み続け、書き続ける。
 成人してから十年以上が経ち、かっこいいかどうかはもはやどうでもよくなった。小説が好きだから、読んでいる。ただ、時折、あの熱狂を懐かしむ瞬間が、ふと訪れる。
 あの頃、自分を「特別」と信じて小説を読み続けた時間は、私にとって、特別だった。鉤括弧の要らない、本当の特別だった。
 あえて言い切るが、本を読む行為は、やはりかっこいい。誰がなんと言おうと。
 あの時間があったから、私は今、ひとりで立っていられる。

 
P r o f i l e
撮影:江森康之
■略歴(かねこ・れいすけ)
1993年、神奈川県生まれ。小説家。慶應義塾大学卒業。
「死んだ山田と教室」で第65回メフィスト賞を受賞、同作でデビュー。他の著書に『死んだ石井の大群』『死んだ木村を上演』、最新刊は『流星と吐き気』(いずれも講談社)。

講談社/定価1,980円(税込)購入はこちら >

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