昭和に生まれた一冊は、令和の学生の心にどのように響くのか−−既読の二人と未読の二人、そして編集・販売の現場でこの本を支えてきた出版社のお二人が、『思考の整理学』をめぐって語り合いました。
対話のなかから浮かび上がってきたのは、時代を越えて読み継がれてきた理由。読者の皆さんも、『新版 思考の整理学』を片手に、この座談会をお楽しみください。
窪 拓哉さん
尾竹 伸さん
齊藤ゆずか
山原和葉
中川倫太郎
伊瀬知美央
外山滋比古
『新版 思考の整理学』
ちくま文庫/定価693円(税込) 購入はこちら >
齊藤
『思考の整理学』は1回生か2回生の時に、大学の授業で先生に勧められたことがきっかけで読みました。今回お話しする前にもう一度読んだのですが、修士論文を書く上で、この本の内容を無意識に実践していたなと改めて気づきました。
山原
私が最初にこの本を読んだのは高校2年生でした。今回改めて読み直すと受ける印象がまた違ったので、それについてもお話ししたいと思っています。
中川
僕はこの本をまだ読んでいませんが、外山さんの著書である『日本語のかたち』(河出文庫)は読んだことがあります。『思考の整理学』の目次を見るとすごく興味深かったので、この座談会の後に読んでみたいなと思っています。
伊瀬知
私もまだこの本を読んだことがありません。大学の教職課程で学んでいますが、授業の中で先生が「グライダー」の節をスライドに引用していて、すごく印象的でした。読んでみようと思いながらなかなか手を出せずにいたので、今回の座談会を通してこの本の魅力を知りたいです。
尾竹
私はこの『思考の整理学』がPOPですごく盛り上がっているころに入社しました。今回、この本の累計発行部数300万部突破を機に、さらに新しい読者に届けるための宣伝業務を担当しました。今日は若い方のお話を直接聞けるので、とても楽しみです。
窪
私が学生のころはこの本を知らず、筑摩書房に入社してから出会い、20年近く販売・編集に関わってきました。
『思考の整理学』は1983年に単行本として刊行され、1986年に文庫化、2024年に新版を出しました。文庫化からずっと売れてはいましたが、僕が営業担当として本書と出会った2004年ごろは、いわゆるロングセラー作品として一部の学校で使われる程度で、今ほど世の中で知られている本ではありませんでした。ところが私が担当していた岩手県のさわや書店で、本書がたくさん売れるという事象が起きました。ある店員さんが「“もっと若い時に読んでいれば……”そう思わずにはいられませんでした」というコピーを添えた手書きPOPをつけたことで、2007年ごろから急に売れ始めて、そこから大きなロングセラーになりました。売れ行きの伸びを受け、2009年には東京大学に著者の外山先生をお招きし、特別授業を実施しました。その様子がテレビ番組で取り上げられたことで、さらに広く世に知られることになりました。そして2025年の秋に300万部を突破しました。
今日は皆さんから本書の感想や捉え方をうかがえると嬉しいです。
齊藤
まず、新しい版を出そうと思われた経緯や、新版を作るにあたってのこだわりをお聞きしたいです。
窪
新版刊行の経緯として、まず一つ大きかったのは文字組みの問題です。旧版は1980年代の組版で文字が非常に小さく、年配の方にも読みやすい形にしたいという想いがありました。もう一つは、物価高による紙や印刷代の高騰に合わせて、今の流通に適した仕様へと見直す必要があったことです。さらに、新版には付録として「特別講義」を収録しています。新版を企画しているときに、筑摩書房の営業部から、2009年に東京大学で外山先生に授業をしていただいた時の録音テープが偶然見つかりました。聞いてみたところ面白かったので、再編集して収録することになりました。「特別講義」は、読まれていないお二人にはぜひ読んでいただきたいです。本編のダイジェスト的内容ではありますが、外山先生が講義で強くおっしゃっていたのは、「これからの日本を担う若い方にぜひ頑張ってほしい。若い方が時代を作っていくのだから、ぜひいろいろなことにチャレンジしてほしい」というメッセージでした。それだけは先生の代わりにお伝えしなくてはいけないことだと思っています。
山原
「グライダー」の節がとても印象に残っています。今の教育方法は、グライダーのようなものだと書かれていますよね。誰かに引っ張ってもらえば飛べるけど、飛行機のように自力で飛ぶ力がなくても「飛べる」とみなされてしまうという指摘です。高校生のころ、私は飛行機のように自力で飛べる人になりたいと思っていました。でも大学受験が本格化すると、与えられた問題を解き続けることが中心になり、この本で感銘を受けた考えに至れず、「これでいいのか」と感じていました。
大学に入ると、勉強の在り方が大きく変わりました。この本には「優秀な人ほど論文の書き方を聞いてくる」とありますが、私も最初はレポートの書き方がわかりませんでした。困ったときに、この本で読んだ考え方が頭に浮かび、助けられました。
大学生になって読み直してみると、改めて納得できることもあれば、高校生のころに思っていたほど実践できていなかったと気づくこともありました。それでも、高校と大学、二度のタイミングで読めたことはすごく恵まれているなと思います。
齊藤
私も、今読み返してみて本当に良かったです。初めて読んだ時は、自分がまさに「グライダー人間」だと痛感しました。たとえば卒業論文では、テーマ探しからすでに難しかったですし、自分が思い描いていた形に全然ならなくて悩んでいました。大学の授業の受け方もなかなかつかめない時期に読んだので、痛いところを突かれた感覚がありましたね。
一方で、すぐに実践できたこともありました。相手の話を聞いてから重要な点だけメモすることや、「思いついたことをすぐにしゃべらない」という教えはすぐ取り入れられました。ただ、それ以外のことは、当時はまだ研究らしい研究もできてなかったので、あまりピンと来ていませんでした。でも今、改めて読み返すと、大学院で研究を進める中でようやくつかめたことが、たくさん書かれていました。たとえば、「テーマはひとつでは多すぎる」ということです。論文や研究のテーマがひとつだと、それだけに固執してしまって視野が狭くなったり、行き詰まったりすることがある。また、「忘却してもいい」という考え方も、情報をいったん寝かせることで新たな気づきが生まれる経験をしました。時間をおいて読み返したことで、この本のすごさに気づけました。
窪
お二人のお話に出てきた、グライダー人間と飛行機人間についてお聞きしたいことがあります。僕が学生だったのは1980~90年代ですが、知識を詰め込んでテストで点数を取る勉強が中心でした。その後教育の課程も変化して、今では詰め込み型ではない授業になっている印象があります。学生の皆さんは、グライダー的な教育と飛行機型人間を育てるような教育に対してどのように思われていますか。
山原
私の通う大学は付属高校があり、そこから進学した人たちは自分の力で探究する授業を受けてきているので、授業での発言や内容に大きな差を感じて驚きました。教育環境は学校によって大きく違うのだと思います。私の出身高校は、ひたすら知識を詰め込み、入試問題を制限時間内に完璧に解けるようにするという完全なグライダー教育でした。大学は比較的「飛行機型」だと思いますが、今までグライダーだったのにいきなり飛行機になれと言われたような感覚で、最初は正直、無理だと感じましたね。
中川
僕は最近、周りの人たちはきちんと目的地を持っているなと感じています。大学に入って学ぶことも、「良い企業に就職するため」といった目標につながっている。その先を見据えて計画的に取り組んでいるように思います。飛行機には出発点・着陸点があるので、そういう意味では確かに目的地はあります。ただ、その点をしっかり分けて考える必要があるのではないかと、周りを見て、そして僕自身を振り返ってみても感じました。
伊瀬知
私の出身校は探究活動に力を入れていましたが、先生たちも手探りで進めている印象がありました。大学の先生へのインタビューやアンケートなど、どこか形だけの活動になりがちでした。生徒も進め方がわからず、先生が一から教える場面も多かったです。
大学に入ってからも、グライダー教育延長線上にいるような印象があります。今の大学は、単位を取ることに一生懸命なところがあるように感じます。所属学部の先生はレポートの書き方まで丁寧に指導してくれますが、それがかえって考える力を奪っているのではないかと感じたりもします。ただ、学生側にも知識がないと前に進めないので、グライダー的教育も必要ではあります。最終的には自力で飛ぶ「飛行機」にならなくてはならず、そのバランスの難しさを感じています。
齊藤
この本は、グライダーでありながら、どうすれば飛行機になれるかを示しています。私の高校時代はまだ探究活動が盛んではありませんでしたが、大学受験の勉強は、論文を読み書きする上で役に立ったと思うこともあります。中川さんも言っていましたが、最近の教育では、「飛行機」のイメージが少し誤って捉えられがちで、エンジンを積んでいるように見せる、つまり積極性や行動力ばかりが評価される傾向があると思います。立ち止まって考えることや、友達と議論する時間がおろそかになり、「個」で動ける人だけが評価される社会になりつつあると感じています。
窪
当然ながら生まれてきた時代も、教育を受けてきた時代も違いますが、根底にある問題意識は僕たちの世代ともそんなに変わらないのですね。だからこそ本書が40年以上読み継がれ、評価いただけるのかなと思いました。
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山原
帯に「もっと若い時に読んでいれば……」と書かれていますが、私は高校時代に読んだときも、今回読み直したときも、この本を読むと「もっと年を取りたい」と思うんです。高校生のときはこの本を読んで「早く大学生になりたい」と思いましたし、今は外山先生が積み重ねたものが溜まっている感じに憧れました。もう少し年を重ねてからもう一度読みたいとも思いましたね。
窪
このPOPは、2006年ごろに岩手県のさわや書店で、当時ちくま文庫を担当されていた松本大介さんという30歳前後の書店員さんが書かれたものです。ちくま文庫はもともと40~60代の男性が主なターゲットだったので、その層に響くコピーだろうなと考えていました。その手書きPOPを東京の書店でも展開をしたところ、結果が面白くて。狙っていた中高年の男性よりも、当時の大学生たちに強く支持されたんです。2008年の東大と京大の生協書籍ランキングの1位が、このコピー入りの帯を巻いた『思考の整理学』でした。年齢を重ねた方より、むしろ若い世代に刺さる言葉だったのかもしれません。学生の皆さんはどう思われますか。
齊藤
私は書店でこの本を見つけた時、タイトルが「思考の整理学」で、著者が大御所の先生なので、入学したばかりの学生が読むには少し難しいのではないかと思ってしまいました。でも帯のコピーが手書き文字だったので、みんなが手に取っている本なんだと感じることができました。
窪
出版社は宣伝をする時に、「たくさん売れています」「映画化します」「○○が推薦しています」といった売り文句をつけることが多いですよね。ただ、僕が営業職だったときに、それはあまり面白くないなと思ったんです。それよりも、その作品を読んだ方がどう感じたかを表現して伝える方が人には届くということが、当時、僕の学びになりました。
齊藤
「思考の整理学」というタイトルは、どのようにして決まったのでしょうか。「整理」ではなく「整理学」であることによって学問としての響きもあるし、絶妙で面白いタイトルだと思います。外山先生のアイディアなのか、それとも編集者の方のアイディアなのでしょうか。
窪
当時の制作経緯については分からないので、推測を出ない部分はありますが、本書は1983年に「ちくまセミナー」という新書のシリーズ一冊目として刊行されました。ちくまセミナーは、当時ビジネスマンに向けた学問入門書のような位置づけでした。外山先生ご自身も、学び直しを始める大人に向けた意識があったのではないかと思います。先生はそれほどタイトルにこだわる方ではなかったと聞いていますが、おそらく当時の編集者が、学ぶ意欲を刺激する名称を考えたのではないかと思いますね。また当時は「整理」や「思考」に関する本がブームで、時代に合った定番書を目指して、敢えて「思考を整理する」という行為を学問にするという、手に取りたくなるようなタイトルにしたのではないかと推測しています。
齊藤
社会人の方にも参考になるところがたくさんあるのではないかと思います。一節一節が短くて読みやすいなと感じていたので、新書という形を意識されていたと知り、なるほどと思いました。
山原
この本の内容自体もそうですが、読んでいると節の順番もしっくりくるので、この本自体が「思考を整理」するという内容を体現しているように思いました。
中川
目次を見ていると、第Ⅱ章では、節のタイトルが「発酵」「寝させる」「カクテル」など、一見するとお酒に関する本かなと思いました。比喩の想像力を感じましたね。目次を読むだけでも、この本を読んでみたくなりました。
山原
一見「?」となるような節のタイトルですが、読み進めるうちに我々の思考にぐんぐんつながっていく。しかもわかりやすい言葉で説明されているので、高校生でもすらすら読めるんです。
中川
第Ⅳ章には「忘却のさまざま」や「すてる」という節がありますね。すごく気になる構成です。
山原
「忘却」はこの本の中でもとても重要なキーワードですよ。
中川
齊藤さんが、大学に入ったときに読んだと言っていましたね。今回読み返すまでの間にもきっと忘れていたことがある。でも「忘れている」というのは、本当になくなってしまうというわけではないのですよね。
齊藤
そうなんです。だから今回、「忘却」のすごさを感じました。
中川
読んでいない立場として、伊瀬知さんは何か気になるタイトルはありましたか。
伊瀬知
『思考の整理学』というタイトルから、ハウツー本のように「これはするな」「こうしなさい」といった内容を想像していました。ところが目次を見ると印象的なタイトルがたくさん並んでいて引き込まれました。
第Ⅰ章の「グライダー」というタイトルは、「思考を整理する」という言葉とはすぐに結びつかないですし、第Ⅱ章には「発酵」などの言葉が並んでいて、どんな話が始まるのかわからない。ただのハウツー本ではなくて、タイトルそのものに引き込まれる要素がたくさんあるからこそ、今も多くの人に読まれているのだと感じました。特に気になった節が「手帖とノート」と「メタ・ノート」で、「とにかく書いてみる」というアナログ要素が多い点です。生成AIが要約などを簡単にしてくれる今の時代だからこそ、あえてアナログにこだわる部分が印象的でしたね。
中川
最後の節タイトルは「コンピューター」ですよね。「書く」といってもタイピングするのもありなのかな。第Ⅵ章の構成が未来を見据えた目次になっているのが気になります。
山原
私が読み返して感じたのは、「コンピューター」の節は今なら生成AIに置き換えてもそのまま通じるということでした。昔に書かれた本なのに、今読んでも内容がまったく古びていない。技術が進歩した現在にもそのまま当てはまるところが、この本が長く読み継がれている理由なのだと思います。
中川
今の読者は「コンピューター」の節を読みながら、自然と生成AIのことを連想するのではないでしょうか。
山原
私は連想しながら読みましたね。これは高校生の時にはなかった新しい読み方です。
齊藤
この節は、この本が「知る」ことではなく「考える」ことに重点をおいている点について書かれていて、特になるほどと思えました。一般的には、コンピューターや生成AIに負けないように行動せよ、と語られがちですが、外山先生は、人間にしかできない領域があるから心配いらないと明確に述べています。生成AIと競争させられているような近年の風潮に違和感があった私には、とても救いになりました。先生が紹介している手法はアナログなものが多いですが、新しい技術を否定しているわけではありません。この本でも、コピー技術が普及する前後で手法を使い分けるように、問題は使うツールではなくもっと深いところにあると示されています。だからこそ、この本はデジタル時代になっても読み継がれているのだと思います。
齊藤
山原さんに「既知・未知」(第Ⅳ章)についてお聞きします。ここは読書と知的活動を結びつける節ですが、読書家である山原さんはここをどのように受け取りましたか。
この節では、「読者に親切な本」を読んでいると、未知に挑む読み方をする機会がなくなってしまうことに触れています。一方で、学校で習うのは、すでに知っていることを読む「既知の読み」です。私も、大学に入ってから急に本が難しくなったと感じました。それまではストレスなく読めていたのに、先生や友達に勧められる本はすごく疲れてしまう。この本でいう「B(未知のことを理解する)」や「C(まったく新しい世界に挑戦する)」の読み方に初めて直面していたのだと気づき、腑に落ちました。山原さんもこうした経験はありましたか。
山原
私も、ここでいう「C」にあたる読書をしたことがあります。中学生のころ、樋口一葉の『たけくらべ』を原文で全文を読んだことがありましたが、当時は内容がほとんど理解できませんでした。でも途中でやめるのが嫌で、気合いで読み切りました。『思考の整理学』の中にも、難しい文章ほど一度ざっと読んだほうが良いと書かれていますが、その読み方をしたおかげで、全体の雰囲気はつかめたという記憶があります。今はどちらかというと、「A(既知のことを再認する読書)」が多くなっていますね。
窪
読むことに関しては、ちくま文庫で『「読み」の整理学』という本が出ています。知っていることはすんなり頭に入ってきますが、知らないことはなかなか入ってこない。たとえば同じ日本語でも、小説は理解しやすいのに、家電の取扱説明書や役所の申請文書は「何を言ってるのだろう」と思ってしまう。同じ日本語を扱っていても、それくらい違いがあるということをおっしゃっています。こちらも読んでいただければ、「読む」ということに関してさらに理解が深まるかもしれないです。
山原
巻末に紹介されている『「読み」の整理学』のあらすじに「既知を読むアルファ(おかゆ)読みと、未知を読むベータ(スルメ)読み」と書いてあります。どんなふうに内容が展開されるんだろう。めっちゃ気になります。
窪
ぜひ、読んでみてください。
齊藤
最後に、窪さんと尾竹さんにおうかがいします。お二人は社会人になってから『思考の整理学』に出会われたとうかがいましたが、読まれた時に心に響いたポイントや、お仕事の中で影響を受けていることがありましたら教えていただきたいです。
窪
初めて読んだのは20代半ばでしたが、正直難しいなと感じました。何十万部も売れているけれど、本当にみんなが理解しているのか疑問に思ったほどです。それでも読み進めるうちに、自分が情報に溢れた時代に生きていると感じました。当時は、インターネットこそあったものの、スマートフォンもSNSもない2000年代後半。それでも生活する中で多くの情報があり、自分には十分に精査できていないなと思っていたんです。今やAIが叫ばれ、さらに情報が増している時代です。そんな現代を生き抜くためのヒントが本書には詰まっています。20年近く関わる中で、読むたびに発見があり印象が変わっていきます。この先10年、20年後に読んでもまた新しい気づきがあると思います。皆さんにもぜひ読み続けてほしいです。
尾竹
僕は宣伝を担当しています。SNSでの仕事がどんどん増える一方で、新聞広告もまだ続いていたり、書店へのアプローチをしたりするなど、仕事の領域が広くなってきています。SNS、新聞広告、POPそれぞれでやってみたいアイディアがいくつかあって、頭の中で寝かせていると、ある作品が出てきた時に「あれとあれをやってみよう」「これもできるかもしれない」と、急にアイディアどうしがつながる瞬間があります。外山さんが言っているのはこういうことなんだろうなと思うことがよくあります。また、今日みなさんのお話を聞いて、再読という行為はとても面白く、外山さんの言う「忘却」と重なるなとも思いました。これからこの本を宣伝する中で、「もう一度読み直そう」というアプローチもできると感じています。
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