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大橋 怜奈さん
大橋
先生は子どものころから本をよく読まれていたのでしょうか。
柴田
少しは読んでいたけれど、決して読書家ではなかったです。親は私を読書家にしたかったようで、学校の勉強の中でも、特に読書をしなさいと言われていました。姉はその期待どおりに読書家になったのですが、私はそうではなかった。姉の部屋の立派な本棚を見るたびに、劣等感を抱いていましたね。
大橋
そこからどういった経緯で本を読むようになられたのですか。また、なぜ「読む」ことに興味を持たれたのでしょうか。
柴田
研究には自分なりの志を持って取り組んでいたので、専門書や論文はよく読んでいました。ただ、それ以外の人生論や小説なども読みだしたのは最近のことです。それは現在の研究テーマと関係がありますので、まずはそちらから説明します。
私は「人を賢くする」ということを目標として研究をしていました。AIの利便性が高まり、コンピューターはどんどん賢くなっていますよね。でも、それはあくまで「コンピューターが」賢くなっているのです。私は、賢いコンピューターを持つことよりも、コンピューターを道具として使うことで、人間が賢くなれたらうれしい。姉にコンプレックスを感じていた私としては、どうにかして自分の能力を高めたい、増幅させたいという思いがありました。そのための研究をしたいと考えていたのです。
その中で、ユーザーインターフェース(人とコンピューターをつなぐ仕組み)の研究をしていました。人は、使う道具次第で賢くも愚かにもなるという話です。例えばそろばん。そろばんにはCPUのような計算機能はない。珠を動かすだけのシンプルな道具です。それなのに、人はその珠を操作することで複雑な計算ができます。そろばんは人間の知能を拡張する道具なのです。同じことは紙と鉛筆にも言えます。紙と鉛筆があれば計算ができるだけでなく、絵や図を書きながら考えを深め、時にはノーベル賞級のアイデアを生み出すこともできる。私が20代のころ、CPUパワーを活用して高度な処理ができるコンピューターが急速に普及し始めました。そこで私は、コンピューター上に「次世代の紙と鉛筆」をつくることを目指し、研究を始めました。
研究におけるシミュレーションや複雑な計算には、コンピューターが非常に役に立ちました。ところが、人間のベーシックな能力である読み書きをサポートするという面では、邪魔することが多い。むしろ紙と鉛筆の方がうまくできる。紙と鉛筆は何のコマンドも持っていないし、コンピューターに比べたらできることなんて圧倒的に少ない。それでもなぜ人間の知能をサポートできるのか。その秘密を解き明かす必要があると思ったんです。そして、重要なのは機能そのものではなく、紙と鉛筆に向き合ったときに人間の認知がどのように働くのかを理解することだと思うようになりました。その結果、私は研究の軸足をコンピューターサイエンスから認知科学へと移したのです。
以来、紙とデジタルの比較研究や、人間の認知についての研究を行いました。その中で強く感じたのは、「読む」という行為そのものの重要性です。紙とデジタルの違いを研究するうちに、人間にとって「読む」とは何かをもっと深く探究したいと考えるようになりました。
ちょうどそのころ、群馬大学に赴任することになり、研究者として成果を出すだけでなく、人に教える立場になることを意識するようになりました。若い世代に教えるためには、専門知識だけでなく人間性も磨く必要があると考え、これまであまり手に取ることのなかった人生論や生き方、哲学、心理学といった分野の本も読むようになりました。同じタイミングで、新型コロナウイルスが流行し、自宅で過ごす時間が増え、本を読む機会が増えました。大学に移ると同時に一気に読書に目覚めたんです。
大橋
なぜ紙とデジタルの比較研究を始めることになったのでしょうか。
柴田
『The myth of the paperless office』(Abigail J. Sellen, Richard H. R. Harper/Mit Press)という本に出合ったことがきっかけです。ペーパーレスオフィスは昔から繰り返し語られてきましたが、現実にはなかなか実現していません。この本では、紙が人間の活動の中でどのような役割を果たしているのかを分析しています。私はその内容に感銘を受け、日本語に翻訳して出版もしました(『ペーパーレスオフィスの神話』)。著者に実際に会いに行ったこともあります。いろいろなアドバイスもいただき、「このおもしろい研究を、自分の手でさらに発展させたい」と思い、認知科学を研究し始めました。

大橋
先生は研究だけでなく、読み書きの支援などもされていますよね。なにか始めるきっかけがあったのでしょうか。
柴田
以前は、勤めていた会社のニーズに応じて研究していました。紙の比較研究もペーパーレスオフィスの実践も、会社の要請に基づいて行っていたものです。群馬大学に赴任してからは、思い切って自分がやりたいテーマに取り組めるようになりました。そこでまず着手したのが、デジタル教科書の研究です。紙とデジタルの違いによる影響は、大人よりも子どもの方が大きい。なぜなら、子どもはまだ読み書きの能力が発達の途中にあり、自分なりの学習スタイルが確立していないからです。子どもは新しい道具にとても敏感で、適応力も高い。だからこそ、紙とデジタルの違いが子どもにどのような影響を与えるのかを調べる必要があると思ったのです。
群馬大学に赴任した当初は社会情報学部の担当で、理系の学生がほとんどいませんでしたが、2年目に情報学部が設置され、3年目になると私の研究室にも理系の学生が集まるようになりました。すると研究の幅が一気に広がり、より面白いテーマにも取り組めるようになりました。現在は、VR読書の研究を行っています。
大橋
VRで本を読むということに関して、様々な視点から考え、実験などを行っていますよね。
柴田
VRの中で仮想の世界をつくってその中に入り込み、本を開いて読む。なぜそんな研究をするのかというと、読書は本の内容だけで成り立つものではないからです。例えば『銀河鉄道の夜』を読む場合、昼の草原で読むのと、夜のバーで読むのでは、受ける印象が大きく変わります。登場人物のイメージや物語の感じ方まで違ってくる。こうした読書環境の影響については、人文学の研究者が自身の経験や考察に基づいて論じることはありますが、科学的な手法で検証し、解明した研究はまだ多くありません。だからこそ、読む環境が読書体験にどのような影響を与えるのかを科学的に明らかにしたいと思いました。
読書というと、多くの人が本の内容を重視するけれど、私は「どこで読むか」も重要だと考えています。ただ、その影響を研究しようとすると、難しい問題があります。「草原で読む」と言っても、天候や明るさ、気温などの条件は毎回異なります。こうした要素を統制しなければ、科学的な検証はできません。そこで、読む環境をVRの中に再現しようと考えました。VRなら条件をそろえた上で、読書体験を比較できます。
VRで読む環境を変えてみると、登場人物のイメージも変わります。「龍」を例に挙げると、「日本昔ばなし」に登場するような親しみやすい龍を思い浮かべる人もいれば、鋭い牙を持つ恐ろしい龍を想像する人もいます。読む際に考えるべきは本の内容だけじゃない。「どこで読むか」もまた、読書体験を大きく左右する重要な要素なのです。
例えば、シャーロック・ホームズの推理小説をロンドンの街並みの中で読んでみる。日本の時代小説を江戸時代の城下町で読んでみる。SF小説を宇宙空間で読んでみる、とか。作品の世界に合わせて読む場所や環境を変えることで、これまでとは違った読書体験が生まれるのではないか、今まであまり本に興味がなかった人も、読書そのものに関心を抱くきっかけになるかもしれない。そんな期待を抱いて、VR読書の研究に取り組んでいます。
大橋
VR 読書では、実際に紙の本を読むときの感覚を大切にされていますよね。
柴田
現状のVR読書環境について説明すると、まず手に輪っかのようなコントローラーを着け、間接的にコマンドを出すのですが、そんな操作をしているととても本を読む気分にならない。私は、紙の本を手に取り、ページをめくりながら読むという行為が非常に大事だと考えています。そこで、VRの中でもできるだけ自然な読書体験が実現できるよう工夫しています。
コントローラーは本の形にして、実際にページをめくるように手を動かすと、VR空間の中でもページがめくれるようにする。シート状のコントローラーを操作することで本文を移動したり、目次に戻ったりできるようにする。こうした本を操作する行為は非常に大事なのですが、デジタルだとやりにくいんです。紙の場合、やりにくいなんて思う人はいないですよね。みんな無意識にページを行き来したり、必要な箇所を探したりしているから。紙の場合に当たり前としていることを、VRの中でも違和感なく実現できる環境をつくることが大切だと考えています。

大橋
先生は「前橋を本のまちにしたい」とおっしゃっていますが、具体的にこれまでどのような取り組みをされてきましたか。
柴田
群馬大学に赴任して最初に始めたのが、「本づくりプロジェクト」です。このプロジェクトでは、企画から執筆、イラスト制作、編集、校正、紙選びまで、本づくりのすべての工程を学生の手で行います。これまで3冊の本を刊行しました。
1冊目は『「めでたし めでたし」って言いたい!』。これはコロナ禍を題材に、昔話をパロディ化した作品集で、多くの新聞社やラジオ局に取り上げていただきました。2冊目は『つむぐ』という、「幸せ」をテーマにした3つの物語からなる絵本です。2期生はイラストを描くことが好きな学生が多かったので、絵本というかたちになりました。3冊目が『群馬にめぶく物語』。最大の特徴は、群馬を舞台にしたことです。土地は、歴史があると価値をもたらすじゃないですか。我々が群馬に歴史を作ることはできないけれど、群馬に物語を作ることはできる。物語を通して群馬という地域に新たな価値をもたらすことができたらと考えています。
今はまた、4年生が本の執筆に取り組んでいる最中です。プロットの段階から私のダメ出しにあって、苦労していますよ。学生には、プロの作家が作品づくりにどれほどの情熱と労力を注いでいるかを知ってほしいと思っています。本を書くのは決して簡単な作業ではない。だから、作品づくりには丁寧に、そして謙虚な姿勢で向き合ってほしい。この取り組みは、本づくりを通して学生に本に親しんでもらいたいという狙いがあります。また、学生ならではの新しい価値観や発想を作品に込めてほしいという期待もあります。SNSで「プロットづくりに苦労しています」「今日先生にこんなこと言われて悔しい!」など、書いている途中経過も発信しながら、今も一生懸命書いています。
大橋
これはどこかへ配布されているのでしょうか。
柴田
何冊か印刷をして、群馬県内の図書館や中学校に配布しています。ゼミ活動に協力を仰ぐため、財界の方々にも配っています。もちろん出版も目指していますが、なかなか難しいですね。
機会があれば、前橋市に「本のまち宣言をしませんか」と提案したいと思っています。本を読むことは、大きな価値があります。読書は健康長寿に寄与するということも科学的に示されている。健康づくりというと、運動や食事管理が重要というイメージが強いですが、読書量も健康に影響を与えるということが分かっています。市民が健康になれば、医療費の抑制にもつながる。病気になってから支えるだけでなく、病気になりにくい社会をつくる視点も必要です。だから私は、図書館や書店など、本に親しめる環境への投資も重要だと思う。読書を通じて心身の健康を支えられれば、結果として医療費を抑えながら、より豊かで健康なまちづくりにつながるかもしれません。そんな思いから、「本のまち」という考え方をもっと広げていきたいと考えています。


大橋
先生は最近、どのような本を読んでいますか。
柴田
学生と少しでも共感できる部分を持っていた方がいいかなと思うので、自分の趣味とは異なる漫画や本でも、周囲の人が面白いと勧められたものは意識して読むようにしています。ある意味、適度に周囲に流されるようにしています。その人に共感したいという気持ちもあるし、自分の世界や趣味の幅を広げられるとも思います。実際に読んでみると、思いがけず面白いことも多いんですよ。今は娘に勧められた『村上海賊の娘』(和田竜)を読んでいます。
私は読書家でもありませんし、40代後半まではほとんど本を読まない人間でした。それなのに「前橋を本のまちにしたい」と話している。不思議に思われるかもしれませんが、むしろそういう人間だからこそいいのかなとも思います。子どもの頃からずっと本が好きで、「古典を読みましょう」「名著を読みましょう」と語る人が読書を勧めると、身構えてしまう人もいるでしょう。
私は、クリエイティブに想像力を働かせて、自由に、自分が読みたいように読むことが大事だと思います。極端な言い方をすれば、著者の意図は関係ない。ところが日本の教育では、「自分で感じ、自分の意見を持とう」と言われる一方で、実際の教育の場では「著者が何を考えていたのかを客観的に読み取りなさい」と求められる。解釈に沿わなければテストで点が取れない。そんな状況では、自分が何を感じたかを大切にする社会にはならないと思います。私はむしろ、本を読んで何を感じたか、自分の中にどんな思いが生まれたかということが大事なのではないかと考えています。
大橋
最後に、全国の大学生に向けてメッセージをお願いします。
柴田
「今を全力で生きよう」と伝えたいですね。表面で生きるんじゃない。その瞬間、その時間を精いっぱい生きる。遊びも仕事も中途半端なままでは、結局何も残りません。両立が難しいと感じるなら、どちらかを選べばいい。そして自分で選んだものには本気で向き合ってほしい。全力で取り組んだ経験に失敗はない。すべて自分の財産になります。
大橋
本日はありがとうございました。

読書の感想は、必ずしも「読了後」でなくていい。本を開く前の期待感も、途中で見つけた好きな一節も、立派な読書体験の一部である。本好き同士がもっと気軽につながり、感動を共有できる場をつくりたいという思いから生まれた、研究室発の読書SNS「Quote」について伺った。
柴田
私は、本好きの人たちをつなげたいと思っています。本を読んだときの感想を伝え合うことで、読書の楽しさはもっと広がるはずです。
実際、読書感想を共有するSNSはいくつもあります。しかし、どれも投稿のハードルが高い。本1冊に対して感想を書くとなると、その本の大意を外せませんし、「ちゃんとしたことを書かなければ」「知的なことを言わなければ」と構えてしまう。気軽に意見を発信しにくいと思うのです。
一方で、音楽配信サービスなどでは、サビの部分に「ここ最高!」といった自由なコメントが気軽に寄せられています。本でも同じようなことができたら面白いのではないか。そんな発想から生まれたのが、私の研究室の学生が運営している、読書SNS「Quote」です。本1冊に対して一つの感想を書くのではなく、気になった一節や場面ごとにコメントができます。そのため、読了後だけでなく、読み始める前や読書の途中でも投稿できます。「今、買ってきました。ワクワク!」「さて、これから読み始めるぞ」といった気持ちも立派な読書体験です。読書中だからこそ生まれるリアルな感情や、その瞬間の驚きや共感をその場で共有できます。
まだユーザー数は多くはありませんが、群馬から全国へ広がる読書SNSに育てていきたいと思っています。ぜひ一度のぞいてみてください。
登録はこちらから:https://reading-sns.com
公式Xはこちらから:https://x.com/quoteshibata?s=11
書店は本と出合う場所だ。けれど、店員や来店者同士が言葉を交わす機会は多くはない。柴田先生の研究室では、前橋市内の書店で行われるキャンペーンに参加し、学生たちがおすすめ本を紹介したり、来店者との交流企画に挑戦したりしている。本との新しい出合い方や、書店をもっと身近で楽しい場所にするアイデアについてお話を伺った。

柴田
前橋市内の書店で行われる読書キャンペーンのサポートにも携わっています。以前から気になっていたのは、書店がお客さんとほとんどコミュニケーションを取らない場所であることです。洋服店に入ると、「今日は何をお探しですか」と店員が声をかけてくれますよね。でも、同じことを書店でされたら、わずらわしく感じる人もいるかもしれません。それでも私は、書店にもお客さんとの対話があっていいのではないかと考えています。
そこで、学生たちがおすすめの本を選び、自分の体験談を添えたPOPを店頭に展示する取り組みを行いました。「落ち込んだときに読んでよかった一冊」といったように、本と個人の経験を結び付けて紹介するのです。店頭にQRコードを設置し、お客さんから寄せられた質問に学生が回答する企画も実施しました。昨年は、学生たちがその書店オリジナルのブックカバーも制作しましたね。コンセプトは「書店で本を買い、街なかで本を読む」。書店を地域と人をつなぐ場になることを目指した取り組みです。
私はどちらかというとガツガツ前のめりに行動していくタイプですが、幸いにもその思いに応えてくれる学生たちが集まり、研究室ではさまざまな取り組みが進んでいます。私の研究室のモットーは「活字をおしゃれなメディアにしたい」。動画全盛の時代だからこそ、活字には活字ならではの魅力があります。その価値を学生たちと一緒に発信していきたいと思っています。

大橋 怜奈(情報学部3年生)
今回のインタビューでは、先生が現在の研究に至るまでの経緯を伺い、とても興味深かった。また、娘さんとの本を通じた素敵な交流や、「人に勧められた本を積極的に読む」「適度に周囲に流されることも大切」というお話も印象に残っている。自分では選ばない本との出合いが視野を広げる発想にとても共感した。質問に困った際にも先生が優しくフォローしてくださり、研究だけでなくお人柄にも触れることができた、貴重な経験となった。
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