リレーエッセイ
中村珠代(読者スタッフ・京都大学)

P r o f i l e

中村 珠代(なかむら・たまよ)
京都大学5回生。
最近は病院実習であまり本が読めていないが、お風呂での読書習慣は継続中。朝井リョウさんの大ファンであることが周囲に知られており、本屋大賞受賞の際には盛大に祝ってもらった。
 
 私は記憶力がよく、理系科目を含め受験は全て暗記で乗り切ったと思っている。特に人との会話に私の海馬は驚異的な力を発揮し、何年も前の会話を掘り起こしては、知人を戦慄させる日々である。

 この記憶力の良さは幼少期の記憶についても同様で、今でも脳裏にはっきり浮かび上がるイメージがいくつかある。

 最も幼い頃のものは、二歳の頃、なんでもない日の朝の一コマである。出勤前の父が靴下を履きながら、「今日は何をするの?」と聞いてきて、私が「カンガルー教室!」と答えるというものだ。未就学の子どもが公民館で遊ぶ教室が開催されていた、木曜日の出来事。私の左側から朝日が差し込んでいて、父が「そうか」と言ったところで私の記憶は止まる。

 この記憶は嬉しかった情景として私の心に刻まれているが、なぜ嬉しかったのか、長年言語化できずにいた。しかしよくよく考えてみれば、一緒に過ごすわけでもない人間に予定を聞かれるというのは、こちらに興味がある証拠である。父の立場から考えてみると、日中一緒にいられない間に、娘が何をして過ごすのか知りたかったのだろう。当時から幸せな記憶として残っているということは、幼いながら父からの愛情を感じ取っていたのだ。

 もうひとつ鮮明に残っているのは、幼稚園での出来事である。そのころの私は、長く正座をした後に足先が異様な感覚になることを、「足がジーっとする」と言っていた。どこの家庭にもこのようなことはあるだろうが、中村家ではこれで通じるのである。

 ところが幼稚園の先生にこれを言ったところ、通じなかった。なんとか説明した私に、先生は「あ、足がシビレタのね」と言った。

 わたしはおどろいた。ことばにできないこの感覚にも、ことばがあてがわれているなんて。おとなってすごい。にほんごってすごい。

 言葉を多く知っていれば、他人とも一発で感覚を共有できる。まわりくどい説明をしなくたって分かってもらえる。

 思えばこれが、言葉に対する私の原風景だったのだろう。今でも読書中に最も心が動くのは、言語化できていなかった感情が言葉で表された時だ。そんな表現に出会った時は、頁に付箋を貼っておく。今の私の語彙力では、その付箋に「この表現すごい!」などとしか書けないのがまた一つ悩みでもある。これからもたくさんの本を読んで、付箋の数も、そこに書く感想の種類も、増やしていきたい。
 

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