世界の本棚から④



   まだ人類が月に到達していない1950年代、米国東海岸に隕石が落下し多数の死者と大損害をもたらすが、さらにその隕石の衝突で発生した水蒸気による急激な温暖化で人類が滅亡する、と専門家が予想する。その前に地球を脱出するため、科学者たちがすべてを賭けて宇宙ロケット開発に挑む、という小説THE CALCULATING STARS 。主人公のエルマは第二次世界大戦中に後方支援で活躍した女性パイロットであり天才数学者だ。若く聡明なエルマは宇宙飛行士になる夢を持つが、1950年代の倫理観では、女性はあくまで脇役で危険な任務は任せられないと一蹴される。仲間を募り、嫌いな上司を我慢し、なんとか宇宙飛行士を目指すエルマの前に何度も不公平の壁が立ちはだかる。SFの世界で有名なヒューゴー賞に輝いた作品だが、SF要素だけでなく当時の政治や社会情勢と女性たちの生き方が興味深い一冊。

 FRANKLY IN LOVE の主人公フランク・リーは韓国系アメリカ人の高校生男子。性格は普通で勉強が好き、まだ恋人はいない。彼の悩みは両親が時々人種差別的な発言をすること。黒人たちは真面目に働かないし犯罪者が多いねぇ、などと何気なく放つ彼らの一言がフランクにはいたたまれないほど恥ずかしいのだ。当然両親はフランクに韓国系のガールフレンドができることを期待するが、彼が恋に落ちたのは白人の女の子。絶対に両親にバレてはならない。そこで彼が考えたのは、同じく韓国系の同級生ジョイに彼女のフリをしてもらうこと。同じ悩みを持つ同士で結託し最初はうまくいくが、徐々にフランクとジョイの間に嘘ではない特別な感情が生まれる——。最初はラブコメ路線だが、徐々に周囲に隠しごとをする後ろめたさや親子で違う考え方を持つ切なさがフランクを悩ませていく。
 アメリカでは人種問題を扱った小説が多いが、人種マイノリティである韓国系アメリカ人が同じマイノリティの黒人を差別する描写も話題になっている。

 THE TESTAMENTS はドラマ化もされたTHE HANDMAID’S TALE(侍女の物語)の続編で、今年一番話題になった文芸作品といえる。前作はディストピア・フィクションというジャンルで、キリスト系全体主義が蔓延する近未来のアメリカが舞台。人権を奪われた女性たちが、「侍女」として位の高い男性たちの子供を産む仕事を強制されるというストーリーだった。続編では侍女たちを厳しく管理する「叔母」という職業に注目し、その中でも莫大な権力を握るリディアの素顔に迫る。同じ女性を迫害する立場のリディア叔母はその状況をどう思うのか? 侍女たちの未来に希望はあるのか? 発売直後から大ベストセラーの作品。
 

  • Mary Robinette Kowal
    THE CALCULATING STARS
    Tor Books
    ISBN: 9780765378385
  • David Yoon
    FRANKLY IN LOVE
    Penguin Young Readers Group
    ISBN: 9781984812209
  • Margaret Atwood
    THE TESTAMENTS
    Vintage Publishing
    ISBN: 9781784742324
 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外に30店舗持つ書店チェーン・紀伊國屋書店で洋書仕入に携わるバイヤー。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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