世界の本棚から⑫

　ギリシャ神話の怪物のひとりメドゥーサの物語はだいたいこうだ。——美しい髪が自慢の美少女メドゥーサは海の神・ポセイドンに見初められ恋仲になり、女神アテネの不興を買う。怒った女神は少女の髪の毛を全て蛇に変えてしまい、以降メドゥーサの恐ろしい姿を見た人は瞬時に石に変身して死んでしまう。怪物となった彼女を退治すべく、勇敢なペルセウスが彼女の住む島を訪れ、鏡のように磨き上げた盾を使って直接目を合わさずに彼女を討ち取る。ペルセウスは素晴らしいヒーローと称賛される。めでたしめでたし——。
　一方、本書のメデューサは、遠くの孤島に追放され、姉二人と愛犬と暮らしている。頭に蛇が生えている以外は孤独や切なさも感じる普通の人間の少女だ。ある日、ボートで漂流した少年ペルセウスを発見した彼女は、姿を見せずに彼と会話を楽しみ、久しぶりに孤独から解放される。日が経つにつれ二人は親しくなるが、ペルセウスが彼女を見たいとせがむものの、許すことができない。しかし彼女の本当の姿を彼が知ってしまったときから、幸せの歯車が狂ってしまう。
　実はこのメデューサは望みもしないのにポセイドンに無理やり襲われ、意図せずアテネを怒らせた被害者だった。容姿を自慢したわけでもなく、怪物に変身させられたのは、ほぼ女神アテネの勘違い。村人たちの理解も得られず、頭上で暮らす蛇たちに手を焼きながら寂しく暮らしているのだ。ほんの少しの設定の違いで神話の加害者だった人物が被害者になることを示す本書は、ネットの風評でバッシングが起きる様子を連想させるし、若く魅力的な女性であるだけで誤解される理不尽をもつきつける。神話のfeminist re-telling と評判の作品。

　文章で伝えるのが難しい大量の情報を、パッと分かりやすく表現するインフォグラフィックス。「あらゆる質問に答えます！」と豪語する本書は、環境問題からエンターテインメントまで様々な分野のデータをグラフにまとめたカラフルな一冊。編集は「スロージャーナリズム」がモットーのイギリスの雑誌 Delayed Gratification。
　例えば、イギリス国民全体がビーガンになった場合に削減できる温室効果ガスの量や、ビートルズで最も再生数が多いアルバムとメンバーそれぞれの楽曲提供の貢献度などが一目でわかる。怖い話では、世界人口でアメリカ国籍が占める割合が4.3%なのに対し、世界の民間人所有の拳銃のうち46%がアメリカにあることも挙げられている。そして「インフォグラフィックス、ここにあり」といえるのが、「同じ予算で最も多くのコカインを買える国は？」というページ。コカイン消費量上位20ヵ国において、およそ100ドルで購入できるグラム数が白い粉の線の長さで表現されているのだ。ちなみに、一番長い線は南米チリ。購入できる量は……気になる方は、本書で確かめてみてくださいね。

「世界の本棚から」記事一覧