世界の本棚から⑰

 

M. L. Rio
If We Were Villains
Titan Books
ISBN : 9781785656477

 十年の刑期を終え、刑務所から出所する前日のオリバーを、彼を逮捕した警部が訪ねてくる。「そろそろ事件の真相を教えてくれないか」と問われたオリバーは重い口を開く。
 当時のオリバーは、名門芸術大学の演劇科で学ぶ4年生だった。シェイクスピア劇専門では米国内最高峰といわれ、毎年成績優秀な者のみ進級できる厳しいその学科で4年生はオリバー含めて7名の男女。仲が良い彼らだが、王様気取りのリチャード、その恋人でセクシーなメレディス、クスリ好きのアレキサンダーにヒーロー役のジェイムズなど個性が強い面々のなかでオリバーは舞台と実生活において常に平凡な役回りだった。ところがある日の打ち上げパーティ後にリチャードが瀕死の状態で見つかり、7人の運命が狂ってしまう。オリバーがなぜ逮捕されたのか、リチャードがなぜ大怪我をして発見されたのかが、学生たちが演じるシェイクスピア悲劇「リア王」と並行して徐々に明らかにされる。
 本書は2017年の本だが、コロナ禍で海外SNSの一部でトレンドした #darkacademia で再び注目された。The Secret Historyという小説と比較されることが多いが、舞台演劇が効果的に使われているのが主な特徴で、オリバー達7人の会話は1/3くらいシェイクスピアの引用。期末テストとして湖のそばでマクベスを演じるシーンは臨場感たっぷりで圧倒された。

 
 

Jenny Jackson
Pineapple Street
Random House UK
ISBN : 9781529151190購入はこちら >

 美しいレンガの建物が並木道沿いに並ぶ、ニューヨーク・ブルックリンハイツ。歴史ある街として知られ治安もよい。Cranberry Street, Orange Streetなど可愛らしいフルーツの名がついている通りもある。本書の舞台はPineapple Streetに暮らす白人のストックトン家。彼らは上流階級の大富豪。先祖のお金を元手に不動産投資会社を運営する父、パーティとテニスが大好きな母、そして成人した3人の子供たちとそのパートナーたちがこの話の主人公だ。長女ダーリーはビジネススクールで出会った韓国系アメリカ人マルコムと結婚。実家の遺産相続のほとんどを断り、投資銀行でキャリアを積むマルコムの収入に頼って子供を育てているが、夫が失職したと聞いて動揺する。弟のコードは中流家庭出身のサーシャと結婚し幸せだが、サーシャはストックトン家に馴染めずに劣等感を覚える。末っ子のジョージアナは26歳の気楽なシングルだが恋愛下手。勤め先のNPOにいる素敵な男性と付き合うが、彼が既婚者とわかり苦悩する。それぞれが悩みを抱えつつ本音をぶつけ合わないので問題が大きくなっていき、ついにサーシャの不満が爆発してほかのみんなと大喧嘩をしてしまう。それぞれが自分を見つめ直し、実は自分たちの言動が財産や体面といったものに囚われていたと気づく。上流階級の生態が垣間見える小説で、著者自身もブルックリンハイツ在住で大手出版社の編集長。

 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外店舗網を持つ書店チェーン・紀伊國屋書店の洋書専門店店長。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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