ヨビノリたくみ 氏インタビュー

ヨビノリたくみ氏インタビュー 「理系の理系離れを防ぐ」 ~それは活動の理念であり、探求し続けるゴール~

 

YouTubeで「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」チャンネルを運営されているヨビノリたくみさんは、メディアや著書を通じて「学ぶことの楽しさ」や「より踏み込んで学ぶためのステップ」を発信されています。

コロナ禍を経た、いま再びの学生生活で、学ぶべきことや経験すべきこと、それをその後の社会生活にどうつなげていくべきか。

インタビューを通じて、学生が講義や日々の学びに興味・関心を抱き、学生生活を前向きに捉えることができるようなアドバイスやヒントをお聞きしました。

 

ヨビノリたくみ氏
プロフィール
インタビュイー

全国大学生協連 全国学生委員会
副委員長 中野 駿(司会/進行)
インタビュアー

全国大学生協連 全国学生委員会
瀬川 大輔
インタビュアー

全国大学生協連 全国学生委員会
伊藤 隼己
インタビュアー

全国大学生協連 全国学生委員会
髙須 啓太
インタビュアー

 

(以下、敬称を省略させていただきます)

 

はじめに

自己紹介


中野
昨年の春に名古屋大学を卒業し、大学生協連の学生委員会で副委員長を務めております中野駿と申します。
 

瀬川
同じく全国大学生協連学生委員会の瀬川大輔と申します。この春、北星学園大学を卒業しました。
私がヨビノリたくみさんを初めて知ったのは、高校生の頃に見た「(※1)ドラゴン堀江」で、話の内容や授業の様子にすごく感銘を受けたのを今でも覚えております。好きな動画は大学で講演された「大学生が個性を身につけたければ勉強をすれば良いという話」です。
 

伊藤
全国学生委員会の伊藤隼己と申します。この春に東北大学を卒業しました。
私は文系ですが、微分積分を日常的な場面から説明する「中学数学からはじめる微分積分」という動画が一番好きで何度もリピートして見ました。
 

髙須
同じく全国学生委員会の髙須啓太と申します。この春に岐阜大学を卒業しました。
私も文系ですが、YouTubeショートのアキネーターの動画をすごく面白いなと思って見ています。
 

ヨビノリたくみ
ヨビノリたくみです。YouTubeチャンネル「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」で講師をしています。
2017年の7月よりYouTube活動を始めて7年くらいになりますが、そこで大学生向けに理系の授業動画を配信していて、自分の専門の物理を中心に周辺分野の化学や生物なども扱っています。
 

※1 「ドラゴン堀江」 AbemaTVで2018年から2019年にかけて放送された番組。半年でE判定から東京大学への現役合格を果たした堀江貴文氏による受験ドキュメンタリー番組。

 

活動内容


ヨビノリたくみ
活動の主軸として、理系大学生が大学で受ける授業のわかりやすいものを提供しています。そもそものきっかけは、大学入学後の授業が急に難しくなり、且つわかりにくいものが多く、理系の科目で躓き、挫折する人が多いと感じたことによります。その理由は、単に学問的に内容が難しくなったからでもありますが、大学の授業がシンプルにわかりにくいことも一因だと思っています。

自分自身もそのことで苦労しましたし、自分の周りの学生も挫折したのを見ていたので、当時はまだあまり存在しなかった大学生向けの授業動画をわかりやすく作れば、全国の多くの理系大学生の役に立てるのではないかと思い、予備校講師や塾講師の経験を生かした授業動画の投稿を始めました。

理系の大学生が理系の科目で躓かないこと、これを我々のチャンネルでは「理系の理系離れを防ぐ」と言っていますが、それが活動の理念であり、ゴールになっています。
 

現在の大学生の学びと環境について

今の社会における大学生の学びとは


中野
今の社会においてどのような学びと学びの機会が必要と思われますか。大学生の現状についてのお考えも合わせてお聞かせください。
 

ヨビノリたくみ
数年前まではコロナ禍で、直接大学に行くこともサークル活動をすることもなかったと思いますが、最近は事情も変わり、リアルなコミュニケーションをとる機会が増えたと思います。その上での変化としては、オンラインでもできることが沢山あると気づけたことです。大学に行けず、資料だけで勉強しなければならない状況になった大学生たちが、オンラインの授業動画で勉強することを強いられましたし、実際に我々のチャンネルも、コロナ禍でオンライン授業が全盛期の時には、さまざまな大学に授業動画の作り方として参考にしていただきました。そのようにコロナ禍で大きく進展したオンラインでの授業化を享受できること、そしてその社会の流れを活かせるかどうかで差がつく時代になったと感じています。

オンラインでの教育が進んだことで、何か知識を網羅的に取り入れたい時などは、オンラインが圧倒的に早いと感じます。要するに、授業の進度に影響されることなく、自分が所属する学科にも影響を受けずに、好きなことを学ぶことができると思うからです。知識などの体系的なところをオンラインで培った上で、より大事になってくるのがオフラインで何を目指すかです。例えば、より高度な勉強をする仲間たちと出会う場を持つなど、コミュニケーションの役割を持った学びができることが理想ですし、それが現在の大学生にとって重要なポイントだと思っています。
 

瀬川
たくみさんが大学生だった時と今の大学生との違いを、大学での講演や動画のコメント欄などでの反応で感じられることはありますか。
 

ヨビノリたくみ
僕が学生の頃は「ガリ勉」という言葉も一般的で、いわゆる「勉強ができてかっこいい」という文化はあまり感じられませんでした。それが昨今は大学生に限らず、中高校生でもテレビのクイズ番組やYouTube上でのいわゆる「学問や知識をエンタメにするようなチャンネル」に触れる機会が多いこともあり、勉強に対してのネガティブなイメージがなくなったと強く感じています。そういう時代の中で、学生が自ら進んで勉強し、外に出て成長していくことは、周りから見てもすごくかっこよく映りますし、そこを応援してくれる人が増えたことは大きな変化だと思います。
 

学びを深めるマインド


伊藤
大学生が自分の興味関心を広げて、学びを深めるために大切にすべきマインドを、キャリアや経験も踏まえつつ教えてください。
 

ヨビノリたくみ
例えば、研究者の方との対談動画でのコンセプトは「わかる」「わかりやすい」ではなくて、「わかるようになりたい」動画を目指しています。それは自身の経験からも、どれだけわかりやすい授業、わかりやすい教科書や参考書で大学の学問を学んだとしても、その場だけで確実に100%わかるということはないと思っているからです。

授業動画を作る側としては、100%のことを話して10%しか伝わらないよりも、本当に厳選された50%のことを話して30%伝えられる人になりたいと思っています。ゴールを100%に設定しないことが個人的には重要なポリシーで、学びというのは「わかりやすい授業や参考書などで基礎的な知識を取り入れた後、一人で落ち着いて勉強をする中で、徐々に100%の理解を深めていくもの」だと思うからです。自身の経験を踏まえて、本当にわかる瞬間というのは、ひとりでゆっくり落ち着いている時だと思うので、授業ではそこでしか伝えられない部分に絞り、注力しようと思っています。
 

伊藤
ご自身が勉強している様子も動画にありますが、意図があってのことですか。
 

ヨビノリたくみ
そうですね、例えば大学の先生の研究室に行った時に、先生の机に置いてあった、なにげない計算用紙などがかっこよく映ったことがあります。目標や憧れのような感じでモチベーションが上がったので、自分以外の人の勉強している様子や実際のノートなどを見るのは、一つのモチベーションアップにつながるのではないかと思いますね。
 

専門分野を自分の個性としての強みに


髙須
講演動画の「大学生が個性を身につけたければ勉強をすれば良いという話」の中の「自分の専門分野を強みにすることは自分の個性になる」という話に大変共感したのですが、大学生活を楽しみつつ自分の学問や学科の勉強に力をいれるために大切だと思われることはありますか。
 

ヨビノリたくみ
まず、自分が大学にいるということの価値を理解することが一番重要だと考えます。大学以外でも何かしら専門分野は学べるとは思いますが、それはなかなかに難しいことではないかと思うからです。

例えば、すごく物理的な内容でいうと、大学ではいつでも図書館が使え、そして専門的な書籍が至る所にあり、何か疑問が生じても先生に指導を受けることができ、同じような内容を学ぶ仲間が近くにいます。この環境は、専門的な学びを深めたい社会人の中には、できることならお金で買いたい人がいるほどの価値があると思っています。その環境を大学生はすでに享受しているので、専門分野を深く学び身につけたいと思うのならば、そもそもいま自分がいる場所がすごく恵まれているということに気づくことが一番大事だと思います。
 

動画制作の舞台裏

学びとエンタメのチャンネル分け


伊藤
ガッツリ学びの「ヨビノリ」チャンネル以外にも、エンタメに振り切った「ほんタメ」というチャンネルを配信されていますが、どう切り分けてお考えですか。
 

ヨビノリたくみ
僕がYouTubeを始めた7年くらい前というのは、授業動画を上げる人はあくまでも先生であって、配信者への興味というよりも、わかりやすい動画であればいいという感じでした。でもそれではYouTube上で安定して数字を取るということが難しくなってしまいます。

予備校などでもそうですが、授業がわかりやすいだけで人気な講師というのは少ないはずで、授業の内容と受講時に感じ取れる人柄や面白さなどが相まって人気や信頼を得ていき、授業がわかりやすく感じるようになっていると思うので、いわゆる「カリスマ予備校講師」のような人物像をYouTube上で実現したいと思いました。

動画の中でエンタメ性を持たせたいと思いましたが、目的をもって見る授業動画の中にそれをふんだんに混ぜるのはかなりノイズになります。そこで、基本的には授業動画としてわかりやすく目的に沿ったものを作り、それとは別に個人としての人物を知ってもらうためのエンタメの動画を作ることにしました。エンタメ要素の強い動画の中でも、なにかしら学びになるような動画にすることで授業動画とのリンクを作り、「この人が教えているものを見てみたい」と思ってもらえるようにしています。
 

伊藤
ちなみにそのエンタメはどこで案が浮かぶのですか。「理系のBling-Bang-Bang-Born」など拝見して、どうひらめくのだろうと思ったのですが。
 

ヨビノリたくみ
振り絞って(笑) 撮らなければいけないと思って、振り絞って考えています。

でも大体、その場の思いつきで撮ったものの方が面白いというのはよくある話ですけど。「Bling-Bang-Bang-Born」などは、「(※2)マッシュル」に似ていると言われたので、その場で撮りました。
 

※2「マッシュル-MASHLE-」 甲本一による日本の漫画作品

 

講義動画以外の数理ネタ


中野
直近の「パーフェクトシャッフルの数理」など、身近なところでの数学や物理に関係する動画も出されていますが、どのようにネタを見つけたり、中身を組み立てたりしているのですか。
 

ヨビノリたくみ
これに関しては全然プロフェッショナルな感じが出ませんが、数理ネタは主に私生活が影響しています。例えば、確率に関する動画が多い時期は、単純にポーカーにハマっていて、確率の計算を何度も頭の中でやっていたら疑問がたくさん生まれてしまい、その疑問を追求していくと自分の趣味の範囲を超えていき、何かしらの論文などに当たらないといけなくなってくるので、勉強するなら動画にしてしまおうということになります。

最近シャッフル系が多いのはトレーディングカードゲームにハマっているからで、カードシャッフルの混ざり具合の動画を上げたことがありますが、それは実際にシャッフルで混ざっているのかなと疑問に思ったことがきっかけです。普通のオーバーハンドシャッフルでほぼ混ざっていないというのは感覚的にわかっていて、リフルシャッフルという1枚ずつなるべく重ねるシャッフルも混ざっているのか疑問に思い、突き詰めて考えていくうちに近年の論文に当たって、誰でも面白いと感じてもらえるようであれば動画にしてしまいます。

コイントスも自分の趣味から来ていますし、かなり私生活の影響が強いです。日常で物事についてよく考える癖があり、ネタは頑張って探すというより、何かを見た時に感じた疑問などを動画にすることが多いです。ですから、最近の動画を見ると何にハマっているのか、わかりやすいと思います。
 

たくみさんの大学生活

やってよかったこと、印象に残ったこと


髙須
大学生活の中でやってよかったこと、印象に残る人との出会いはありましたか。
 

ヨビノリたくみ
長期の休みの時には何かしらの学外活動や、学外のイベントに参加していました。

1年生の時は留学に行き、いろいろな学生と出会い、交流ができたのもよい思い出ですし、2年生の時には「夏学(※3)」に参加して、全国の大学にはものすごく進んだ勉強をしている学生がたくさんいるということに気付かされました。多くの学生は1つ年上の3年生の参加者でしたが、今でもかなりの割合で大学に残り研究を続けていて、そういう人との交流はすごく刺激になったと思っています。

大学の学内でももちろん継続的に友好関係を築いていく友人はたくさん見つけられると思いますが、個人の経験からいくと、人生に大きく影響を与えるような刺激のある出会いは、普段自分がいる環境の外にあるのではないかと感じています。
 

髙須
大学時代に学問以外で頑張ったことや、楽しかったエピソードがあれば教えてください。
 

ヨビノリたくみ
主に一緒に遊んでいたのは大学の学科内の友人たちで、学外のイベントに参加する以外はサークルも入らなかったので、皆さんが想像するような普通の大学生活を楽しみました。
 

※3物性若手夏の学校、略称「夏学」は物性に関わる大学院生や若手研究者たちが講義やセミナーを通じて最先端の研究に触れ、ディスカッションを通じて互いを高めあう合宿系イベント

 

大学生協との思い出


髙須
大学生協の食堂や購買などを利用されたことはありますか。
 

ヨビノリたくみ
授業間のリフレッシュにもなるので、大学生協は好きで毎日行っていました。生協の購買では、新しい本や新学期のシーズンになると指定の教科書など、自分の専門分野以外でもよく見に行ったりしました。

食堂はほぼ毎日利用していましたけど、スンドゥブが一番好きでよく食べていました。
 

今後のYouTube活動について

活動の醍醐味


瀬川
7年間のYouTube活動を通じて、よかったなと思う場面や機会はどのような時ですか。
 

ヨビノリたくみ
好きな勉強をして生活ができるのは研究者より他はないと思うので、個人的には研究者以外でも同じような職業が見つけられて、すごくよかったと日々感じています。

また、こういう仕事をしてなかったら得ることのなかった機会、例えばテレビ番組の出演や、出会うことのなかった人たちに出会えるというのは、よかったなと思う瞬間ではあります。
 

今後の展望


瀬川
YouTube活動を続けていく中での今後の展望などをお聞かせください。
 

ヨビノリたくみ
今後も理念そのものである「理系学生にわかりやすい授業動画を提供する」こと、そしてそれを続けていくということです。

一人の学生が4年間かけて学びうる内容を動画にしたいという思いが、チャンネル開設当時から変わらずにあります。その周辺の学問まで考えたら、それは膨大な量になると思います。

基本的に自分の好きなことなので、一人で学んで一人で動画を作成していきたい。そう考えたら、今後も最初の理念から変わらないことを選ぶしかなく、同じことを続けていくしかないと思うので「もっと、より理系の授業動画の拡充拡大」を目指していきたいと思っています。
 

大学生に伝えたいこと


伊藤
YouTubeで大学生に向けた授業動画という新しい分野にチャレンジされていますが、何か新しいことを始めたいと考えている学生に向けて、ご自身の経験から意識していたこと、または伝えたいことなどありましたら教えてください。
 

ヨビノリたくみ
博士課程を辞めてまでYouTube活動に専念することに対して、周りからはどうしてその決心をしたのかよく聞かれるのですが、自分自身はかなり楽観的で、すごい決断をしたという意識はありませんでした。

高校生の頃には1年間を長く感じる浪人や留年をすることに対して、大学を卒業してみると特に大きな問題でもなく感じると思います。なので、学部生の頃に何かにチャレンジし、多少失敗して1、2年卒業が延びても別に構わないと思っています。若いうちは何度でもやり直しが効くと思うので、失敗は取り返せるのだということがわかっていると、気負わずに新しいことにチャレンジできるのではないかと思います。
 

中野
最後になりますが、読者の大多数を占める今の若者世代、特に大学生世代に向けてのメッセージをお願いします。
 

ヨビノリたくみ
自分の専門分野の知識を身につけて深めることは、生涯を通じて役立つことだと思うので、大学という素晴らしい環境を生かして、これからも学びを深めてください。
 

2024年4月11日 リモートにてインタビュー

 

PROFILE

ヨビノリたくみ

ヨビノリたくみ 氏

1993年神奈川県生まれ。
横浜国立大学理工学部数物・電子情報系学科(物理工学教育プログラム)卒業。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程修了。
2017年よりYouTubeチャンネル「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」(略称:ヨビノリ)で、主に大学の数学や物理の解説動画を配信している。
チャンネル登録者数111万人(2024年4月現在)

公式HPトップページ https://yobinori.jp

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