精神科医 渡辺 慶一郎先生  —新入生・保護者へのメッセージ—

大切なのは、子どもと関わり、 子どもを「見ること」

充実した楽しい大学生活を送りたい。これは、大学進学を目指す誰もが願うことだと思います。では、そのためには高校時代をどのように過ごせばよいのでしょうか。そして、保護者はそこにどう関わっていけばよいのでしょうか。

東京大学で現役東大生のメンタルサポートを行っている精神科医の渡辺慶一郎先生に、大学進学を目指す高校生とその保護者に向けてアドバイスしていただきました。(平野さゆみ)

大学に入る前にいろんなことを経験し たくさん失敗しておこう

精神科医 渡辺慶一郎先生

私のところに相談に訪れる学生の話を聞いていると、学校の成績やテストの点数の高さだけに価値を見出すような思考回路から抜け出せないために、悩みを抱えている人が多いんです。

高校までは、努力して勉強を続ければ必ず結果が出て、それは自ずと人より優れていた。ところが大学に入ったら、勉強ができる人がたくさんいる。勉強ができることだけが「自分らしさ」になっていると、非常に苦しいですよね。

さらに大学の場合は、今学んでいることと、社会に出て働く際に求められることが、必ずしも同じではない。勉強さえ頑張れば「よい将来」に結びつくわけではないんです。そこでまた苦しくなってしまうわけです。

そうならないためにも、大学に入る前の段階で、勉強以外にできるだけいろんなことを経験しておいてほしい。そして、たくさん失敗しておいてほしいんです。学校はいかに効率よく勉強し、失敗せずに最短距離で目標を達成するかを教えようとします。受験はそれでもいいのかもしれません。

でも、生きていく中では、目標に向かって努力しても失敗し、達成できない場合もある。その時は目標を修正し、またそれに向かって努力しなければならないんです。だから、今のうちから「トライアンドエラー」をしておくと、先々あまり悩まないで済むのではないかと思います。

そして、本当に大切なのは点数に表れないようなことなのだと、子どもにも保護者にも気づいてもらいたいですね。例えば、「他者との関わりをていねいにすること」もその1つです。少しわかりにくいかもしれませんが、誰かに何かをされたり、言われたりした時には、その言動の背後にある相手の意図や感情を考えてみてください。そこには相手なりの視点や考えがあるはずです。それをすべて受け入れろと言っているわけではありませんが、自分と違う考え方や価値観があることを知ることは、とても大事だと思います。

日頃から子どもをよく見て 的確な働きかけをする

保護者の方にまずお願いしたいのは、「子どもと関わってほしい」ということです。今の世の中は保護者が高校生だったころとは様変わりしていますが、だからといって「自分にできることは何もない」と、子どもを放置するのはよくないですね。

実は、子どもが保護者を必要とすることは結構あるんです。困っている時などは特にそうで、普段は自分の前を素通りしていく子どもが、ちらっとこちらを見たり周りをうろうろしたりする。そうしたサインを見逃さず、適切なタイミングで関わっていくためには、やはり日頃から子どものことをよく見ている必要があります。自分の子どもは今、何をやっているのか、どんな力があるのか、どんなところが伸びているのか、何を必要としているのか…。そういったことがわかっていないと、的確な働きかけができません。 子どもが高校生になっても、保護者としてやるべき仕事はまだたくさんあります。最初はかみあわなくてもいい。たとえ短い時間でも、子どもとちゃんと関わっていくことが大切です。

保護者自身も 自らの人生をしっかり生きてほしい

では、保護者は子どもとどのように関わっていけばよいのでしょうか。中には、子どものためにと、あれこれ口を出してしまう方もいるようです。でも、実はそれは子どものためではなくて、自分が安心したいために言っているんですよね。

どうすると過干渉なのか、放任なのかは、それぞれの子どもの状況にもよるので一概には言えませんし、1日に何時間子どもと話せばいい、といったことでもありません。子育てに模範解答はないのです。自分の子どもが今どのような成長段階にあって、どんなふうに育っていくのがよいのか。それを、子どもと関わりながら考え続けていくことが大切です。

子どもは保護者のことをよく見ています。だから、保護者自身が自分の人生をちゃんと送っていないと、いくら「頑張れ」と言っても、彼らには「ただうるさく文句を言っている大人」としか映りません。自分は何をよりどころとし、何を大事にして生きているのか。そうしたことを自身に問いかけてみてください。子育てをしながら、保護者もまた、子どもと一緒に成長していってほしいと思います。

わたなべ・けいいちろう

精神科医。東京大学の学生や教職員などに対する相談業務の中核を担う「東京大学学生相談ネットワーク本部」内の組織である「精神保健支援室(保健センター精神科)」および「コミュニケーション・サポートルーム」の室長を務め、精神科の診療や発達障害を抱える学生の支援を行っている。


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