去る2019年3月31日(日)早稲田大学生協主催「早大生のための教養講座Resonance」〜集い、語らい、響きあう学びのコミュニティ空間〜開催に向け、基調講演 佐藤 優氏の講演が小野記念講堂にて開催されました。
早稲田大学生協 理事長 樋口清秀先生(国際教養学部教授)より開講のご挨拶をいただき、『皆さんが早稲田大学を卒業した後に、社会においてどういう方向において、どういう社会で活躍するか、今後の自分をつくれるようにと願ってやみません。
早稲田大学生活協同組合は、Resonanceという新しい授業(講座)を設けまして、我々生協としては、日本で一番読書をする学生をつくりたいという信念があります。
本日、佐藤先生の話を聞かれまして、モチベーションを高め、早稲田に入って授業に出席する一方で、自分で一生懸命本を読んで思考力を高め、論理力を高め、栄えある未来をつくるよう努力していただければと思います。』
続いて、早稲田大学教育学部2年 楠瀬千尋さんより、『私たち実行委員は新入生の皆さんが大学での学びを意義のあるものにできるようにすることをサポートしたいと考えています。この教養講座Resonanceを通して、私たちが新入生の皆さんに与えたい、提供したいと思っている5つのbenefitをお話しします。
一つは教員との出会い、二つ目に先輩との出会い、そして三つ目に、同級生との出会い、四つ目に、無知の知。これはもう言葉のままなのですが、私たち、もちろん知らないことがいっぱいあります。大学受験において、たくさん勉強してこられたとは思うのですが、やはり限られた知識しか持っていませんし、それを絶対的なものだとみなして、他の意見や知識を聞き入れない体制というのを持っている人は学生にはやはり多くいます。
そして最後に、新しい自分との出会いです。自分が全く興味のないと思っていた分野で、予期しない視点から興味を持ち始めたり、自分がサークル活動や授業では関わらない学生と関わることによって、自分の考えていることを言語化してみたりとか、そういうような新しい自分との出会い、本当に多様な意味があるのですが、自分なりに解釈をしてみて、大学生活において自分がどのような人間にこれからなっていくのか、自分がいまどのような人間なのか、何者であるのか、そういうような疑問にぶつかって、問いを出していけるような、そのような場になればいいなと思っています。』とこの講座の目的を示す説明がされました。
続いて、基調講演 佐藤 優氏の「大学で学ぶということ」は講演されました。
佐藤 優氏の話のでは、『早稲田大学の入試問題の作り方が、他とは違い工夫して事、この「作問力」の違いが、早稲田大学は国立だけの準備をしても絶対合格しないような「作問」をしていますね。この「作問力」をきちんとしていないと、大学というのは上位の学生を確保することが不可能なのです。
(中略)
早稲田大学に入って「良かった!」と思っている学生は、アウトです!早稲田大学に入ったというのは入場券を買っただけで、目的地に行けるかどうかは分からない。いわゆる日本は学歴社会だと言うでしょう。しかし今の日本は、「入学歴社会」。18歳、16歳、19歳、それから今2浪以上の人がいるかもしれないけども、2浪以上は就職の面接の時にかなり不利になる。しかし、どうしても早稲田大学で勉強したいという、そのエンジンがかかって4カ月で思いっきり馬力をかけて勉強したら受かりましたとか・・・。敵(社会)の狙いは、会社に入ってからどれだけちゃんと使える人間で、伸びてくる人間かということで、考えながらの準備って結構重要ですが、結局、18歳19歳の時の入学時点の、いわゆる「偏差値」これがその人の能力を表す「一生背番号」がついてくるという・・・そういう時代は、実はとうに終わっている。30年くらい前に、実は終わっています。
(中略)
「教養」にはマニュアルがない。それは、いろんなかたちでの「知」というのを合わせて付けていくしかない。その時にいろんな方法がある。だから大学だから、友達と議論してみる、先生から教えてもらうこともありますが、そのベースを作る基本は、「読書」なんだよ。』 と、この講座への意識付けを話されていたように感じられました。
下記は4回に渡った講座のラインアップです。2020年度に向けて参考までに記載致します。
講座後開催した懇親会のようす
講座のようす
『ソクラテスの弁明』
『ファウスト』
『ユダヤ人問題によせて』
『偶然と必然』
『ソロモンの指環』
『果てしなき探求』
『法学の世界』
『憲法学読本』
『暴力の人類史』
『罪と罰』
『道徳の系譜』
『大隈重信演説談話集』
『幕末社会論』
『「鳥島」 は入っているか』
『Moon Palace』
『疑惑と行動 ー マルクスとフロイトとわたくし(現代社会科学叢書)』
『ライフ ・プロジェクト 7万人の一生から分かったこと』