特集記事
「1・01 能登半島地震(2024)」
~あれから1年、いまこそ能登への想いを絶やさないために~

スペシャルメッセージ
能登半島地震発災から1年が経過して、皆さんに伝えたいこと

金沢大学保健管理センター長
 教授 吉川弘明


金沢大学保健管理センター長
教授 吉川弘明

能登半島地震が起きて1年2か月、能登半島豪雨から6カ月が経ちました。地震や豪雨の影響を受けた学生のみなさんに心よりお見舞い申し上げます。また、全国の大学から奥能登に支援に来てくださっている学生のみなさんに心より感謝申し上げます。金沢大学では被災した方々を支援し、美しい能登の風景、文化、コミュニティ、なりわいの復興に向けて、能登里山里海未来創造センターを設置しました。私は、その一部門であるKanazawa Educational Yell Psychological Assistance Team (KEYPAT)の統括として、こころのケアにあたっています。私も奥能登に入り、惨状を見ながら、現地の方々と、復旧・復興に向けて活動しています。能登半島地震から1年が経ちましたが、こころの問題があらわれてくるのは、まだこれからではないかと心配しています。

阪神・淡路大震災から30年が経ち、神戸の街並みには震災の傷跡は見当たらないように思えます。30年という時間は街を復興させましたが、人のこころには未だ残念な記憶が残っています。本来あるべきだった夢や想いが、突然絶たれるのは辛いことです。一方、次の大きな災害は場所や形を変えて、必ず訪れます。まだ見ぬ被災地のために、私たちが体験したことを伝えていくことが重要だと考えています。そして、願わくは少しでも大切な夢が失われないようにしたいと思います。そのためには、場所や世代を超えた学生のみなさんとの繋がりを活かして、支援活動を続けていくことが大切です。その繋がりが、学生のみなさんにも力を与えてくれると信じています。

(2025.03.01)

令和6年能登半島地震 特設ページ

ボランティア30年

池田 剛浩(近畿大/学部3年/25年度関西北陸ブロック学生事務局)


池田 剛浩
(近畿大/学部3年/
25年度関西北陸ブロック学生事務局)

私は昨年、能登半島地震の災害ボランティアに参加しました。現地の方々とお話しする機会もありましたが、「復興はまだまだ進んでいない」と語る一方で、「こうやって支援に来てくれるだけで元気をもらえる」ともおっしゃっていました。私は、少しでも力になりたいという思いで現地に向かいましたが、被災生活の中でも力強く生きる姿や、感謝の言葉をいただくことで、私自身も元気をもらいました。災害ボランティアは、被災地の方々だけでなく、参加した人自身も元気になれる活動だと感じています。だからこそ、より多くの人がボランティア活動に参加するようになってほしいと思います。

1995年の阪神・淡路大震災では、多くのボランティアが復興に貢献したことから、この年は「ボランティア元年」と呼ばれています。そして2025年は、阪神・淡路大震災から30年、同時に「ボランティア元年」から30年という節目の年でもあります。

この節目の年に、改めて災害時のボランティアの重要性を思い出し、能登半島地震の復興や支援について考えてほしいと思います。

能登半島地震の復興はまだ終わっておらず、現在も多くの支援が求められています。ボランティアに実際に行くことだけが支援ではなく、各地で行われている能登半島地震の募金活動への協力や、能登半島の現状を周囲に伝えていくことも支援の一つだと思います。

一人ひとりの支援は小さく感じられるかもしれません。しかし、阪神・淡路大震災のとき、多くの人々が協力することで大きな支援の力となりました。同じように、今こそ力を合わせ、能登半島の復興を支えていきましょう。

令和6年能登半島地震 特設ページ

「能登の未来への歩み」~被災地訪問体験者の学生目線での発信~

全国大学生協連 学生委員 久野 耕大


久野 耕大
全国大学生協連 学生委員

2024年4月に奥能登(主に輪島市)を訪れた際、地震被害の爪痕が未だに深く残る現状を目の当たりにしました。9月には豪雨災害もあり、多くの住宅が放置され、避難所や仮設住宅での生活が続いている方々が多いことからも、復旧作業の遅れが実感されます。インフラの復旧は少しずつ進んでいますが、現地の方々が「元」の生活に戻れるのは、まだまだ先になると思われます。

しかし、訪問活動を通じて得た最大の収穫は、現地の方々との対話から見える希望の光です。25組の現地の方々と直接お会いし、支援が現地の方々にとってどれほど励みになるのかを実感しました。被害状況を写真に収める際にも、地元の方々から快諾を得られたことは、自らの現状を広く知ってほしいという切実な思いの表れでしょう。

今の被災地では、地域経済の回復も大きな課題となっています。観光業や伝統産業に依存している地域では、復旧が進まないことで生活基盤が揺らぎ、多くの人々が苦しい状況に置かれています。特に地元の市場や商店街では、観光客の減少が深刻であり、復旧の遅れが経済活動にも影響を与えています。そのため、復旧支援だけでなく、地域の活性化に向けた取り組みも求められています。
能登半島の復旧支援には、時間と全国からの継続的な支援が必要です。私たち一人ひとりの小さな行動が、大きな力となることを改めて認識しました。例えば、被災地産の特産品を購入する、観光で訪れる、募金活動に参加するなど、それぞれの立場でできる支援が求められます。

更なる支援の輪を拡げていきましょう、能登の地が再び活気を取り戻す日を目指して。

激甚災害時の心のケア -すべての学生諸君ができること-

令和6年1月31日
筑波大学医学医療系災害・地域精神医学
太刀川弘和


筑波大学医学医療系災害・
地域精神医学
太刀川弘和

コロナ禍がやっと一段落し、ようやく「普通の生活」が戻るかのようにみえた令和6年1月1日、能登半島地震が起きました。多くの方が亡くなり、家を失い、避難生活を続けてもう1か月がたちますが、いまだ水道や道路は寸断され、復興の兆しはみえてきません。大切なご家族や友人を亡くされた方には心からのお悔やみを、家や財産を失った方には心からのお見舞いを申し上げます。私は災害メンタルヘルスを大学で教えており、災害派遣精神医療チーム(DPAT)として能登地震の支援にもいってきた経験から、ここで学生の皆さんにむけて災害時のこころのケアのお話をさせていただきます。

このような激甚災害が起こると誰の心にも問題が生じます。まず被災された方には災害直後の急性期に強い不安と恐怖から不眠や体の症状が生じます。その後皆でこの災害を乗り越えようとがんばる気持ちになります。しかし1か月ほどたって急性期をすぎると、疲労感、失った人や物への悲しみ、個々の被害の程度の違いに対する罪悪感や怒りが生じてきます。二次避難で生活が安定する中長期になると、こころは少しずつ平常に戻っていきますが、このこころの回復までの時間は、喪失体験や生活適応の度合いによって個人でかなりの違いがあり、数年かかる方もおられます。今回の地震は、被災地へのアクセスやライフラインの復旧が困難という特徴から、孤立や格差の問題が大きく、通常よりこころの回復までの時間が長くかかることが心配されます。

被災地出身の学生の皆さんは、このような心の動きは誰でも生じる正常なことと知っておいてください。けれどもこの動きがこころの病気にならないために、適切なケアが必要です。まず大切な人と連絡を取り、気持ちを通わせ、互いにねぎらいあうこと、できる範囲の平時の生活を心がけること、例えば食事や規則正しい睡眠を可能な限りとること、安全な生活と健康を一番にして、早く被害を回復させようと頑張りすぎないことを心がけてください。やけになってお酒を飲んだりすると余計に不眠が悪化しますので避けてください。各大学では被災地出身の学生さんへの支援を始めているはずです。経済的困窮やこころの問題などの悩みが生じていたら、早めに学生相談や学生生活課、保健管理センターなどに相談してください。

被災をしていない学生さんは、この災害に接して何か支援したいと思っているかもしれません。まだアクセスが困難な状況ですので焦らずに現場にいかずとも、ご自身ができる支援をしてください。被災者へのこころのケア(サイコロジカルファーストエイド)の鉄則は、「みる」「聞く」「つなぐ」とされます。「みる」は安全を確認し、困っている人をみつけること、「聞く」は、困っている人によりそい、その気持ちと必要なもの、ことをじっくり聴くこと、「つなぐ」は、困っている人が本当に必要とするものを提供できる資源につなげることを意味します。例えば被災地の情報や支援NPOの活動を共有し、被災地出身の友人に声をかけ、話を聞いて必要な支援情報があれば、それを検索して紹介することも立派なこころのケアです。

最近PTSG(災害ストレス後の心的成長)という概念がいわれるようになっています。これは、災害で悲惨な体験をしても、PTSDにならずにむしろ災害を起点にして人生を見直し、前向きに生きる人たちがいることを指します。今被災地で活動しているNPOや支援者には、学生の頃に阪神・淡路大震災で、あるいは東日本大震災で被災し、その悲しみを乗り越えるべく災害支援活動を始めた方も多くいます。また大学の災害研究者の中にも、同じような災害を起こさないために、研究の道を選んだ方もいます。毎年起こる日本の災害をどう考え、被災者の心にどう寄り添い、今後どう立ち向かうか、悲劇を乗り越えて人生を見つめ直すことは、今後を生きるすべての学生諸君ができることです。