All the world's a stage
And all the men and women merely players:
シェイクスピア『お気に召すまま』2幕7場
映画が登場した。ひとつの映像をひとつの空間で共有できるようになった。テレビが登場した。家に居ながら色々な番組を楽しめるようになった。インターネットが登場した。映像が世界中を行き来するようになった。そしてスマートフォンが登場した。いつでもどこでも掌のなかで古今東西の動画がみられるようになった。
そんな「みるもの」には到底困らないこの時代、どうしてわざわざ遠くの劇場まで足を運ぶのかと聞かれたら、少々まごつきながらもぼくはこう答えるつもりだ。
「やっぱり生の迫力ほど人の心に直接訴えかけてくるものはないよ。理由はよくわかんないけど、たぶん、一瞬でも気を抜くと目の前の話から置いてかれちゃう緊張感と、両眼でピントをいちいち調節しながら舞台の奥行きを実感するところにあるんじゃないかな」
そして、こう付け加えるだろう。
「あと、劇場建築って、あんがい面白いよ」
劇場は世界の写し鏡
「この世は舞台、人はみな役者」
シェイクスピアの名台詞です。いまでは元の文脈を離れていろいろな場面で引き合いに出されるようになりました。この台詞のもっともらしさは直感的にも理解できるでしょうし、社会学者のゴフマンや作家の平野啓一郎が後年になって示しているところでもあります。周りの状況に即して人々は常になにかしらを演じている。稀代の劇詩人が残した言葉は400年以上経ったいまもなお鋭く輝き、ぼくたちを照らしつづけます。
舞台は絶えず変化するナマモノだから、一度印刷されると書きかえのきかない文章では説明しづらい。そこで今回は、長きにわたり姿を変えない「箱」である劇場建築に注目して、外側から舞台の魅力に迫ろうと思います。建築家やアーティスト、市井の人々の思いがたくさん詰まった劇場建築を相似形に、もしかしたら、ぼくたちの劇場たるこの世界を照らし出すことができるかもしれません。
おすすめの劇場を厳選して3つご紹介!
東京文化会館
文化と芸術の街、上野。JR上野駅公園口を出てすぐの正面、ひときわ目を引く巨大な建物が東京文化会館です。日本のモダニズム建築のパイオニアである建築家の前川國男によって設計されました。
コンクリート製の神殿を思わせる建物のなかには、オペラ・バレエ・オーケストラを中心に利用される大ホールと、より小規模なコンサートに適した小ホールの2種類があります。収容人数もさることながら、反響板の形状が特に対照的で、まるで血は繋がっているのにぜんぜん似ていないきょうだいみたい。
東京文化会館を訪れたときは、ぜひ一度天井を見上げてみてください。ちょっとした工夫が隠されているのに気がつきますか?
そう。配線の都合上、普通であれば天井照明が縦横規則正しく並ぶところを、東京文化会館では手間暇をかけ、あえてランダムに配置しているのです。ブルーに塗られた背景と相まって満天の星空のように見える天井は、夜になると壁面のガラスに反射して劇場の彼方へとより一層幻想的に広がります。
向かい側には彼の師匠であるル・コルビュジェが手掛けた国立西洋美術館があり、図らずも師弟建築の競演がみられます。ふたつの建築を見比べても面白いかもしれませんね。
日生劇場
日比谷の一等地にそびえる石張りの直方体。一見するとなんてことのない古風で重たげな建物ですが、その内側にはまさに都会の異空間と呼ぶにふさわしい光景が広がっているのです。その名も日生劇場。建築家は目黒区総合庁舎の設計でも知られる村野藤吾。
エントランスからロビーに入ると、現代の感覚ではまず想像できない灰白を基調とした格式高い空間が出迎えてくれます。
レッドカーペットが敷かれた大理石の階段をのぼって気分はさながら上流階級(めっちゃラフな格好だったけどね)。客席階へ上がるための回り階段は、支柱を切り詰めることで空飛ぶ絨毯のように軽やかな印象を与えるよう、工夫が凝らされています。
日生劇場の装飾が爆発するのは客席に入った瞬間。色とりどりのガラスモザイクの内壁に、アコヤ貝が張りつけられた水玉模様のかわいらしい天井と、豪奢を極めた装飾が観客をファンタジーの世界へと誘います。大劇場にしてはこぢんまりとしており、座席数が少ないため、舞台を間近に感じられるのもこの劇場の特徴です。
日生劇場とは、バブル景気の時代だからこそ実現できた、名匠のこだわりが詰まりに詰まった建築の一大交響曲なのでした。
座・高円寺
都民なら誰しも一度は憧れる中央線沿線のなかでも、とりわけ若者に人気なのが高円寺。この街には、将来の日本の舞台芸術の在り方を占う劇場があります。杉並区の擁する公共劇場、座・高円寺です。
芝居小屋をイメージして作られたこの劇場の特徴はなんといっても焦げ茶色の鉄板。
劇場内外の壁となる同じような鉄板が建物全体を支えているので、内部には柱が一本もありません。そのため、広々と感じられる独自の空間設計が可能になりました。エントランスから見渡せる階段の曲線美や、造船技術を利用して穿たれた丸窓から差し込む光が、生き物のからだにやさしく包み込まれるような没入感を与えてくれます。
突出しているのは「地域のための劇場」を目指すところにあります。たとえば、先に挙げたふたつの劇場には当然のごとく用意されているホワイエがこの劇場にはありません。元来、ホワイエは貴族の交流の場であり、劇場が閉ざされた空間であることのひとつの名残でした。そのため、座・高円寺では最小限の椅子を用意するだけに留めています。
2階にあるお洒落カフェ「アンリ・ファーブル」では、安くて美味しいカレーライスが食べられるので、観劇のついでにご賞味あれ。
今回は都内の劇場に限定しましたが、皆さんの街にもきっと素敵な劇場があるはずです。そのときは、ぜひ、教えてくださいね。
劇場情報
- 東京文化会館
東京都台東区上野公園5–45
https://www.t-bunka.jp/
●電車でのアクセス
【JR】上野駅 公園改札から徒歩約1分
【地下鉄】東京メトロ上野駅 7番出口から
徒歩約5分
【京成電鉄】京成上野駅 正面口改札から
徒歩約7分
- 日生劇場
東京都千代田区有楽町1–1–1
https://www.nissaytheatre.or.jp/
●電車でのアクセス
【JR】有楽町駅 日比谷口より徒歩10分
【地下鉄】千代田線 日比谷線 都営三田線/
日比谷駅A13出口より徒歩1分、
有楽町線/有楽町駅より徒歩10分、
丸ノ内線/銀座駅C1出口より徒歩10分
- 座・高円寺
(杉並区立杉並芸術会館)
杉並区高円寺北2–1–2
http://za-koenji.jp/
●電車でのアクセス
【JR】JR中央線 高円寺駅 北口より
徒歩5分
執筆者紹介
中川倫太郎(なかがわ・りんたろう)
そろそろ合併する東京工業大学の学生。専攻からエスケープしたい。活字、動画、チラシ、街並み、人の仕草や歩き方、いつもなにかをみています。いろんな劇場と映画館を巡っているうちに東京近郊の地理と交通機関に詳しくなりました。
*「気になる!○○」コーナーでは、学生が関心を持っている事柄を取り上げていきます。