Peter S. Goodman
How the World Ran Out of Everything
HarperCollins
ISBN:9780063257924購入はこちら >
コロナウイルスによるパンデミック中、玩具から家電まで様々な物資の流通が滞り、手に入りづらくなった。本書は物流に起きた変化をアメリカのユーザー視点から描いたノンフィクションだ。
品物をアジア圏で大量生産し、アメリカで安く売れば消費者が物を安く買えるようになる一方で、それにより最も利益を得たのは米国企業トップたちだった。トヨタのジャストインタイム方式を拡大解釈した彼らは、国内在庫量を低く抑えて経営指数を改善し、株価上昇を達成。当然在庫が少ない分、パンデミックで輸送遅延が始まるとあっという間に品切れを起こしたが、株価を維持できればCEO達は報酬を手に入れることができた。人件費も同様。特に物流を担う港湾関係者、長距離トラック、貨物列車などは社員を減らしギリギリまでコストを下げた結果、コロナ禍で過剰な負担がかかり、輸送がさらに滞る原因となった。
さらに、80年代以降に独占禁止法の適用が減り、各業界のトップ企業はシェアに安心し設備投資を削っていた。例えば乳児用粉ミルク業界の米国大手・Abbott社は2019年から2021年の間、ミシガンの工場で細菌による汚染が8回見つかったものの、製造過程の見直しよりも自社株の購入に50億ドルを費やし、結果として2022年に細菌混入の死亡事故が原因で製造中止に追い込まれた。それがコロナ禍で輸入などの対策が難しい時期で、粉ミルク不足が社会問題になってしまった。
企業にとって利益を上げるのは当たり前だが、利益一辺倒ではなく何か新たな価値観が必要ではないか、さもなくば次に起きるパンデミック級の災害で同じ物流問題が起きるだろう、と著者は結んでいる。
Kaliane Bradley
The Ministry of Time
Hodder And Stoughton
ISBN:9781399726351購入はこちら >
主人公の「わたし」は近未来のイギリスに暮らす女性の公務員。新しく任された業務は、タイムスリップした過去の人物を監視し、現代社会へ順応させる橋渡し役「ブリッジ」。担当することになったグレアム・コアは1847年に北極の探検隊で遭難し命を落とすはずだったがタイムスリップ事業で助かった士官だ。管轄の省庁から支給された一軒家でグレアムと暮らし始めた「わたし」は、その様子を注意深く見守り上司に報告しながらも彼に惹かれ、やがて恋仲となる。
現代に順応するためには衣服からネット動画まで様々な技術革新に慣れねばならないが、メンタルの順応も難しい。宗教やジェンダーなど価値観の変容が激しく、例えば19世紀生まれのグレアムには大英帝国の植民地政策は評価されるべきことだが「わたし」にとっては異文化への侵略である。ところが何度も丁寧に話し合いながら理解を深める二人にやがて危険が迫り、離れ離れになってしまう。
グレアムは実在の人物で、一枚の資料写真を見て作者は本作を思いついたそうだ。また主人公「わたし」と同じく作者はイギリスとカンボジアのミックスで、人種の捉え方も本書で一つの要素となっている。ちょっと考えさせる部分がありつつエンタメ小説として楽しめる一冊だ。
海外店舗網を持つ書店チェーン・紀伊國屋書店の洋書専門店店長。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。
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