本誌冬号のテーマは「五感で楽しむ」です。五感の中の「耳 (聴覚)」とくれば、私にとっては「音楽」です。そして「音を楽しむ」といえば、すぐにある漫画が思い浮かびました。タイトルは『
のだめカンタービレ』です♪ 通称『のだめ』はテレビドラマやアニメで放映され、さらに実写映画も作られ大ヒットしました。その原作である漫画の英語版
Nodame Cantabile(全25巻)の第1巻を紹介します。英語版は英検準2級レベルの英語で書かれているので、Reading for Pleasure にピッタリです。
音楽用語で「カプリチオソ・カンタービレ (Capriccioso cantabile)」という言い回しがあります。Capriccioso とは「気まぐれな」「自由な」という意味で、予測できないリズムやメロディーの変化を指します。Cantabile とは「歌うように」を意味し、旋律が滑らかで表情豊かに演奏されることを指します。Capriccioso cantabile とは、気まぐれで自由な表現の中にも、歌うような滑らかさや美しさがあるというスタイルの音楽を意味します。このCapriccioso cantabileのようにピアノを演奏するのが、主人公の野田恵 (のだめ)です。のだめは、桃ヶ丘音楽大学ピアノ科の3年生で、音楽を一度聴けば弾けてしまうという天性の才能を持っています。しかし、楽譜を読むことが苦手なので作曲者の意図など理解せず、本能の赴くままにまるで歌うように演奏してしまいます。そんなのだめとは対照的なのが、同じピアノ科4年生の天才と称せられる千秋真一でした。千秋は音楽一家に生まれピアノとヴァイオリンの腕前は一流でしたが、密かに世界的な指揮者を目指して勉強を続けていました。のだめと千秋がどのようにして出会うか、それが第1巻の見どころです。
英語では男女の相性がよいことを、They have great chemistry. のように表現します。chemistry とは「化学」です。つまり、馬が合う男女の関係を化学反応に喩えて、異質なものが互いに混じり合い結合したときに飛び散る美しい火花のようにとらえています。のだめと千秋の関係は、They have great chemistry という言い回しがピッタリです。
千秋がはじめてのだめと出会ったのは、廊下を歩いていたときにある教室から聞こえてきたのだめが奏でるBeethoven’s “Pathetique” piano sonata (ベートーヴェンの「悲愴」)でした。千秋の第一印象は、次のようでした。
Horrible… 「すっげーでたらめ」。That is pathetic. 「これじゃ悲惨だ」、Although … it maybe wrong, but it sounds pretty good…「いや、ちがう、でたらめだけど、間違っているんじゃない」、Actually, it’s really good. 「すごいうまい。なんだこれ」、I wonder … Who’s playing that …「いったい誰が……」。
そう思いながら教室の廊下を歩いていると、元恋人の多賀谷彩子が千秋に声をかけてきたため、千秋は教室のドアを開けずに彩子と飲みに出かけます。千秋は自分より実力が劣る指揮科の早川有紀夫が海外留学することでむしゃくしゃしていたため泥酔します。そして、彩子に愚痴を言い、弱音を吐き、夢を諦めると言い放ちます。そういう負け犬のような千秋に彩子はうんざりし、千秋を店に残して去っていってしまいます。
あくる朝、千秋はそよ風に乗って聞こえてくるピアノの音色で目を覚まします。I can hear a breeze…「風の音がする」、Is that a piano now…?「今度は、ピアノ?」、What song is that?「なんだ、この曲?」、It’s … what I heard the other day. Beethoven…「これはあの時、聞いたベートーヴェンの……」、From inside this trash comes such a beautiful piano sonata…「ゴミの中で美しく響くピアノ・ソナタ」、An improvised cantabile. 「カプリチオソ・カンタービレ」。
そこは、ダンボール箱、脱いだままの服、食べ散らかしたカップ麺が散乱するゴミだらけのマンションの一室でした。そのゴミ部屋の真ん中で、ジャージ姿でグランドピアノに向かう女性の姿が千秋の目に飛び込んできたわけです。これが、That’s how I met Megumi Noda. でした。
対照的な二人のやり取りが絶妙でユーモアと感動を生み出し、世界中の人々の共感を呼びました。また、千秋やのだめを含むキャラクターたちが夢に向かって努力する姿や、音楽家としての成長物語が感動を呼び、物語に深みを与えました。ぜひ、この作品に登場する数々のクラシックの名曲を聴きながら「のだめワールド」にどっぷりはまってください。
P r o f i l e
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水野 邦太郎(みずの・くにたろう)
千葉県出身。神戸女子大学文学部教授。博士(九州大学 学位論文.(2017).「Graded Readers の読書を通して「主体的・対話的で深い学び」を実現するための理論的考察 ― H. G. Widdowson の Capacity 論を軸として ―」)。茨城大学 大学教育センター 総合英語教育部准教授、福岡県立大学人間社会学部准教授、江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授を経て、2022年4月より現職。
専門は英語教育学。特に、コンピュータを活用した認知的アプローチ(語彙・文法学習)と社会文化的アプローチ(学びの共同体創り)の理論と実践。コンピュータ利用教育学会 学会賞・論文賞(2007)。外国語教育メディア学会 学会賞・教材開発(システム)賞 (2010)。筆者監修の本に『大学生になったら洋書を読もう』(アルク)がある。最新刊『英語教育におけるGraded Readersの文化的・教育的価値の考察』(くろしお出版)は、2020年度 日本英語コミュニケーション学会 学会賞・学術賞を受賞。