世界の本棚から㉔

 

Samantha Harvey
Orbital
Vintage
ISBN:9781529922936購入はこちら >

 秋から年末にかけては大型の文学賞が目白押し。有名なノーベル文学賞に加え、フランスのゴンクール賞やメディシス賞、全米図書賞、そしてイギリスで発表されるブッカー賞がある。
 ブッカー賞は英語圏で最も権威ある文学賞のひとつで、過去にはカズオ・イシグロが『日の名残り』で受賞した、新刊小説に与えられる賞。受賞式は中継され作品には5万ポンド(約1千万円)の賞金が贈られる華やかな賞だ。途中の選考状況も詳しく報告される。審査員5名の紹介やロングリストと呼ばれる1回目の候補作13冊の発表、そして前月には最終選考の6冊に絞られ朗読会イベントも開催されるという具合に常に期待を高める工夫がされている。だから読書好きも楽しみに待ち構えていて、発表直後には注文が殺到する。そもそも2024年は168冊の提出があったそうで、すべてを読む決まりの審査員も大変だが選りすぐられた1冊と思えば確かに期待してしまう。

 前置きが長くなったが今年の受賞作は Samantha Harvey氏のOrbital(軌道)。地球を周回する国際宇宙ステーションに暮らす男女6人の24時間を追ったもの。宇宙ステーションは時速2万8千キロで地球を回るため、彼らは24時間で日の出と日没を16回ずつ迎える。時間の感覚は狂い、味覚は薄れ、筋肉減少を防ぐつらいトレーニングを行い、実験を繰り返す単調な日々だ。それでも彼らは人間。宇宙から見える巨大台風を見て旅先で出会った漁師を心配するイタリア人のピエトロ、四国に暮らす母の急死に涙を流す日本人のチエ。社会から隔絶されているからこそ地球人の命や営みを大切に思える彼らを優しい視点で描いた本書、作者は賞金で日本を訪れてみたい、と話している。

 
 

Laurie Gilmore
The Pumpkin Spice Café
One More Chapter
ISBN:9780008610678購入はこちら >

 こちらの本はSNSの紹介で火がついて2024年英TikTok文学賞の「書店部門賞」を受賞した小説。アメリカ・北東部の美しい田舎町が舞台のロマンス。都会のオフィスで働き詰めだった主人公のジーニーは人間らしい暮らしを求めてカフェ店主となるが、深夜の店で聞こえる物騒な音におびえてしまう。知り合いの少ない彼女を助けることになったのは農家の青年ローガン。彼とその友人たちと距離が縮まり順調に見える日々だが、果たしてジーニーとローガンは無事に恋に落ちるのか?
 本書には意地悪すぎる三角関係などのストレス要素がほとんどなく、文章も読みやすくて展開が早い。英語の勉強に洋書を選ぶときには非常にお勧めしたい1冊である。

 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外店舗網を持つ書店チェーン・紀伊國屋書店の洋書専門店店長。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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