リレーエッセイ
熊野有紗(読者スタッフ・北海道大学大学院)
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P r o f i l e

熊野 有紗(くまの・ありさ)
北海道大学大学院生。
関西出身、札幌在住。紆余曲折を経て、大学院進学時に語学から会計学へ専攻を変え、北海道へ移り住みました。本好きの人たちの読書模様を間近で見てみたいと思い、読者スタッフに応募し、2年間経験させていただきました。
本の虫ではないけれど、本好きだ。図書館と本屋へ通うのも好きだ。札幌市のおすすめスポットはどこですかと問われたら「札幌市図書・情報館」と即答するだろう。本のセレクトと空間が洗練されていて、何より平日夜遅くまで営業している精神的オアシス。京都市にいた時は、偶然地図で見つけた「上海ラヂオ」という古書店の名前の味わいに惚れて、夜の寺町通を爆走し、閉店間際に滑り込んだ。台湾旅行の行きたいところリストには「誠品書店」を一番上に加えることを忘れなかった。本と、本にまつわる場所への愛着は確かにある。
しかしあまり他言したくないけれど、実は本が怖い。本屋に行くのには勇気が要るし、図書館の棚と棚の間を歩けば萎縮する。それでも今日も本を読みに行きたいと思う、矛盾と屈折は昔からあった。一体なぜだろう、と考えた末に出した答えは、たくさんの本を前にするとどうしようもなく迷うからということ。限られた一生のうちで、どの本を読むか篩い分けないといけない。それなのに、今読みたい本は明日も読みたい本なのか、自分の身の丈に合うのか、色々分からなくて、迷いはどんどん重なり複雑になっていく。選択に迷い、自分に迷う。これは人としての不完全さに起因するのかもしれない。
しかしある時、こんな内容の言葉に出会った。嫉妬やコンプレックスについての話だった。自分の欲しいもの全部を手にしている完璧な人がいたとする。妬みに囚われるより先に、「その全てを得るために私は生きてるんちゃうわ」と内心つっこんでみる。全てじゃなくて、「何か」を得るために生きてるんだから、と。あ、読書もそれとおんなじやん、と閃いた。自分の不完全さを克服するために読んでるんちゃうわ。ただ何かを知りたい、何かの世界を垣間見たいという思いで本を手に取るだけ。だから読書の根底にある興味を育てていこうと決めた。
個性はある種の不完全さだ。歪で偏った興味と能力、個人の歴史のあらわれ。そんな凸凹を極めることで個性は磨かれていく。だけど読んだ本と本の内容は、不思議と共感や反発で繋がっていくから、自ずと読書の方向性が形成され、読書遍歴も個性の一部になっていく。それと同時に、自己理解の欠如も迷いの根として存在しうる。経験を積む中でようやく自分を分かり始めている今、気づけば昔ほど深く迷っていない。でも人生全体で見たら、迷ったもん勝ちだと信じたい。迷いが深い人ほど、何かを真剣に学び取り、自分を変えるチャンスを強く引き寄せる。何かに深く感動することができる。それもある意味無意味でないはずと思いつつ、今日も本棚の前でどれを読もうか迷っている。
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