卒業生のひとりごと
2. 本を通じて魔法に触れる 門脇みなみ

 箒で空を飛んだり呪文を唱えて使い魔を召喚したりすることはできないわたしでも、物語の中でなら魔法に触れることができます。頁と頁の間を自由に飛び回ることも、存在しない場所を訪れることも、食べたことのないお菓子の味を感じることだって、できてしまうのです。
 

ほんものの魔法使

「魔法」は英語にすると「Magic」ですが、「Magic」という言葉にはシルクハットから鳩を出現させるような「マジック(奇術)」も含まれます。『ほんものの魔法使』(ポール・ギャリコ〈矢川澄子=訳〉/ちくま文庫)で主人公が訪れるのは、ステージでマジックを披露する奇術師たちが集まる都市。本人たちは「魔術師」を自称していますが、行うマジックにはすべてタネが存在します。一方で、喋る犬を相棒として連れている主人公は、タネも仕掛けもない魔法を使う「ほんものの魔法使」。
 タネと仕掛けのあるマジックを行う「魔術師」たちは、ほんものの魔法使いである主人公が行うことにどうやら仕掛けがなさそうだということに気づくと、口々に言います。「妖術だ」「黒魔術だ」「悪魔だ」と。「ほんもの」が「にせもの」に糾弾される様子は、フィクションであっても心が痛むものです。ですがそれはあくまで読み手であるわたしの感想、「魔術師」たちにとってみれば、仕掛けのあるマジックこそが「ほんもの」だったのかもしれません。
 

魔法使いのハーブティ

 何もないところから生花を取り出したり割れた卵を元通りにしたりするわけではないタイプの魔法使いが登場するのが、『魔法使いのハーブティー』(有間カオル/メディアワークス文庫)。この物語の中にいるのは、ハーブを育て、そのハーブを使ったハーブティをふるまう「魔法使いのハーブカフェ」を営む魔法使いです。数々のハーブが登場する物語を読んでいると、どこからかハーブティの優しい香りが漂ってくるかのように感じられます。あたたかいハーブティをおともに頁をめくれば、ハーブの魔法にかかることができてしまいそうです。
 この物語の中に登場する「魔法」のひとつに、マロウブルーとラベンダーのブレンドティの色を変化させるというものがあります。マロウブルーは、淹れたては青色をしていますが時間の経過とともに透き通った紫色に変化し、さらにレモン汁を数滴加えるとピンク色になる不思議なお茶です。難解な呪文を唱える必要も修行をする必要もなく、誰でも簡単にできる楽しい魔法。マロウブルーのハーブが手に入った際には、試してみたいと思います。
 

魔法があるなら

 それこそ「魔法使いのハーブカフェ」のような居心地の良いお店を見つけたとき、「ここに住んでしまいたい!」と思うことがあります。『魔法があるなら』(アレックス・シアラー〈野津智子=訳〉/PHP研究所)は、母親とふたりの娘の三人で、こっそりと世界一すてきなデパートに住んでしまうというお話です。三人は寝具売り場で寝泊まりしたり、見回りに来た警備員に見つからないかどきどきしたり、誰もいない屋上で遊んだり。魅力的なものがたくさん並ぶ美しく華やかなデパートで暮らすことができたとしたら、きっとわくわくとはらはらの連続で、それこそ魔法のような日々に感じることでしょう。
 

独学魔法ノート

 戸籍上のものとは違うもうひとつの名前やおかしな呪文、奇怪な紋章に魔法陣、オリジナルの言語……そうしたものを記した「魔法ノート」を子どもの頃に作ったことがありませんでしたか。わたしはあります。ありますが、黒歴史としてどこかのタイミングでそれらのノートは正しく葬り去られたようで、現在手元にはありません。万が一処分しそびれたノートが本棚の奥から発掘されでもしたら頭を抱えながら床を転がることになってしまうでしょう。そうならないことを願うばかりです。
独学魔法ノート』(岡崎祥久/理論社)の主人公である少年は、魔法について調べ、学び、確かめ、そうして得たものをノートに記してゆきます。彼は魔法にどうしようもなく惹かれ、「自分ではどうすることもできない熱狂の渦の中」にいました。彼は「魔法とはいったい何なのか?」と考えます。その答えが知りたくて、図書館で魔法に関連することが書いてある本を片っ端から読み調べます。そして魔法の正体を正しくわかろうとするのです。魔法を使って何かを成し遂げたいからではなく、ただ「わかりたい」がために。

 魔法とは何でしょうか。『独学魔法ノート』の中に、このような文章があります。
「魔法使いにとって、魔法は魔法ではない——ちっとも不思議なことではないからだ。たとえ多くの人々には不思議としか思えないことでも、魔法使いにとっては至極当然の、そうなってしかるべき現象でしかない。魔法使いは、不思議なことをするのではない——あたりまえのことをするだけだ」

 そうであるのなら、きっと数ある物語はすべてある種の魔法なのだと思います。物語の作り手は魔法使いです。本の頁をめくるだけで、物語という名の魔法に出会うことができます。もちろん物語だけが魔法なのではありません。わたしやあなたも、おそらく何らかの魔法を使うことができます。箒で空を飛ぶような、華やかなものではないかもしれないけれど、きっとそれはすてきなものに違いありません。
 
P r o f i l e
門脇みなみ(かどわき・みなみ)
『読書のいずみ』卒業生。箒で空を飛ぶ夢をときどき見るのですが、たいてい10cmほどしか浮かびあがらない上に、一生懸命じたばたしないと前に進めません。せっかくなら優雅に空中散歩を楽しませてくれたら良いのに、と思いますが、夢はそれなりにケチなようです。

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