話題の著者に訊く!
「しあわせのバトン」小説家 瀬尾 まいこ

しあわせのバトン

 

2月に発売の『そして、バトンは渡された』(以下、『バトン』)を読ませていただきました。瀬尾さんのこれまでの作品に共通してある優しさと愛に満ちあふれたお話で、読んでいて幸せな気持ちになりました。

 ありがとうございます。
 

『バトン』を書き終えたとき、どのようなお気持ちでしたか。

 書き終えたときは「ああ、よかった」と思いました。みんなが幸せになれてよかったなと。でも同時に、切ない気持ちにもなりました。ここに出てくる森宮さんの気持ちになると、ほっとする反面、自分でも少し寂しくなります。
 

小説を執筆するときには、登場人物の気持ちになって書かれるのですか?

 どうでしょう。自然とそうなっているのかもしれませんね。
 

瀬尾さんの作品を読んでいると「これって瀬尾さんの生活なのかな」と思うことがあります。びっくりするような出来事でもみんなが受け止めて前向きに考えているので、どうしてこんなに楽観的にとらえることができるのだろう、すごいな、と感じていました。

 意識はしていないのですが、もしかしたら私が楽観的なのかもしれないですね(笑)。
 

今回『バトン』を書くにあたって、何かきっかけなどはあったのですか。

 その質問は難しいですね。私はテーマを最初に決めて書き始めるわけではないんです。書いているうちに話が進んでいく感じなので。今回もきっかけらしいきっかけは、あまり無いかもしれません。
 

物語全体から「家族が大事で、血のつながりがなくても家族になれる」ということが一貫して伝わってきました。これまでの作品からもそうしたメッセージを感じていたので、瀬尾さんのなかに確固たるテーマのようなものがあるのかなと思っていました。今回、最初に浮かんだ登場人物は誰でしょうか。

 主人公の優子ですね。優子が「どうしよう、不幸じゃないのに不幸なことを探さなきゃ!」という感じはおもしろいかなと、最初に浮かんだ場面がそれです。それから色々な人が順番に出てきました。
 

『バトン』には5人の親が出てきます。この5人の中で、瀬尾さんご自身に一番近いと感じる人をあえて挙げるとするなら、誰ですか。

 誰だろう、森宮さんかな。してあげられることがあれば、良いと思えることは、なんでもしてあげたいと思うので。あんなにトンチンカンではないですけど(笑)。
 

森宮さんは5人の親の中で一番関係が薄いはずなのに、優子に注がれる無償の愛がとても印象的でした。森宮さんだけでなく、優子の思いを叶えるために再婚をする梨花さんも凄いです。そういえば、『卵の緒』の君子さんもそうでしたね。瀬尾さんが描く大人は、どうしてこんなにも愛情が深いのでしょう。

 人に愛情を注ぐのって、すごく楽しいですよね。多分、子どものためならなんでもできるのだと思います。「喜んでもらえそうなものを見つけた!」と思ったら、してあげたくなりますよ。
 

『バトン』のなかで瀬尾さんが一番好きな人物は誰ですか?

 やっぱり森宮さんかな。
 

(登場人物みんな好きですが)私も一番は森宮さんですね。きれいに食べるところが好きです。

 私もきれいに食べる人、好きですね。  
 

食事を通して森宮さんと優子の心の距離が縮まっていく様子も印象的でした。瀬尾さんの作品は、食事のシーンがとても多いですよね。

 多いかもしれませんね。でも食事のシーンを殊更書こうとしたわけではないんです。食事は一日三回必ず摂るものなので、日常のシーンを描くと、どうしても食べる場面が出てくるんですよ。なので、自然にそうなったという感じです。  
 

瀬尾さんにとって、食事とはどのようなものですか。

 そうですね……朝はパンだけだしお昼は一人なので、まともに食べていないかも(笑)。でも、一日三回は、欠かさずに食べたいと思っています。一食抜かしてしまうと、何かのチャンスをふいにした気分になるので。食べることは好きです。誰かと喋りながら食べるのも楽しいですよね。  
 

私は一人っ子で両親との3人家族なのですが、大学生になって親元を離れたら、たまに実家で3人そろって食事をするのが楽しいなと思うようになりました。瀬尾さんの作品を通して憧れていた「大事な人たちと食べる幸せ」を最近になって感じることができて、うれしくなります。

 

『あと少し、もう少し』では、あとがきで登場人物にモデルがいたと告白されていますが、『バトン』にはモデルはいるのですか。

 今回は全くいません。『あと少し、もう少し』は、実話に基づいています。教員をしていたころ、実際に陸上部で顧問をしていたことがあって、そのときのことを書きました。あんなに良い先生ではなかったけど、私も上原先生みたいにやりかたが何もわからなくて嫌でした(笑)。何もわからなかったので、周りにたくさん助けてもらったんです。生徒はもちろん、体育の先生にも教えていただいたりして。ちなみに、私が顧問をしていた陸上部は、ちゃんと府大会に進んだんですよ。  
 

すごい。瀬尾さんパワーですね!

 いえいえ、走ったのは生徒たちなので(笑)。
 私は教員になって中学校で働いていたとき、「人生って楽しい」と思うようになりましたね。  
 

私はすぐに悩んでしまう性格なのですが、ずっと悩んでいるよりも楽しんで生きないといけないなと、作品を読んでいて感じました。私も瀬尾先生に教えてもらいたかったです。

 いやいや。生徒たちは「うざい、うざい」と毎日言っていましたよ(笑)。  
 

それは、愛情の裏返しだったのかもしれませんよ。

 

いまは家庭を持ち、子育てもされていますが、教員をしていたときと何か変化はありましたか。

 教員時代は、部活の顧問もあり動きっぱなしだったので、あの頃はすごく元気だったんだなと思います。でも楽しさで言えば、学校と子育てとで似ているところがあるように思います。子どもが生まれたら、教員をしていた頃に感じていた楽しさをまた味わえるなと思いましたね。なので、そこまで変わったという感じはありません。
 私は自分にあまり興味がなくて、誰かに愛情を注ぐことが本当に好きなんです。そうするのが自分にとって楽しいことだから。そういう相手がいるのは幸せです。  
 

育児と小説の執筆でお忙しいと思うのですが、両立させる原動力のようなものはあるのでしょうか。

 以前も今も、小説は休日などに執筆しています。教員の仕事や育児と小説の執筆は「別」のものという意識があるので、あまり両立という感じはしていません。それと、書いていて楽しいんですね。趣味とは少し違うかもしれませんが、楽しいからやっているので、原動力は特になくてもできています。  
 

本はよく読まれますか?

 今は全然読まないですね。歳をとって読まなくなりました。  
 

これまでに読んだ中で特に印象的だった本は何かありますか?

 学生時代は山本周五郎の作品をよく読みました。卒論のテーマだったということもあり、特に印象に残っていますね。
 

ご自身の本を読み返したりすることは?

 読み返す本は、『戸村飯店 青春100連発』ですね。面白いから(笑)。今回の『バトン』も好きです。特にオムライスのシーン。笑えるところだけ読みます。  
 

学生時代はどのように過ごされていましたか。

 私はバイトと教員採用試験の勉強ばかりしていました。今思えば、あんなに自由な時間がたくさんあったのに、と思ったりもします。  
 

ちなみに教員になろうと思われたのはいつ頃からだったのですか?

 中学生の頃からです。  
 

『ファミリーデイズ』を読んだときに、「明日が楽しみになる環境を作れたら、と学校で働いていたころ考えていた」と書かれていて、私もそうやって考えていったらいいのかなと思いました。瀬尾さんは落ち込まれることはありますか?

 今は、落ち込んでいる暇がないです(笑)。教員をしていたころはありましたよ。うまくいかないこともたくさんありましたし。でも動かないと解決しないので。  
 

そのときは目の前のことに集中されていたのですか。

 生徒との関係がうまくいかないと、どつぼに嵌ることもあります。ただ私は、できるだけオープンにしようと思っていました。とにかく一人で抱え込まないようにしようと。先生方の中には、自分で抱え込んでしまう人もいます。まじめな人が多いので。問題なんて起こってもいいから、他の先生にも言えばいいのにと思いますね。私が良い同僚や環境に恵まれていたから言えることかもしれませんが。でも色々な方法がありますからね、本当に。  
 

では、最後に大学生へメッセージを

 あえて言うのであれば、社会に出るのは楽しいよということです。
 私は働き出してからの方が楽しかったので。みなさんに助けていただいたりして環境に恵まれていたので、そう思えるのかもかもしれませんが。  
 

「楽しいよ」と言ってくれる大人がいるっていいなと思います。「社会に出るのは大変だ」ということしか聞かなければ、私たちは社会に出ていくのが怖くなってしまいますから。前向きなメッセージで、希望が持てます。今日はありがとうございました。

   

(収録日:2018年3月20日)
 

瀬尾まいこ 著書紹介


  • 『そして、バトンは渡された』
    文藝春秋/本体1,600円+税
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  • 森宮優子には5人の親がいる。どの親も色んな方法で優子を愛している。人と人との繋がりの強さは、血縁だけではない。その思いの強さだ。読後はタイトルの奥深さに涙がにじみ、これからの未来に笑顔が満ち溢れる。(頼本)

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P r o f i l e

瀬尾 まいこ(せお・まいこ)
1974年、大阪府生まれ。大谷女子大学国文科卒。2001年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、2009年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞する。『図書館の神様』『優しい音楽』『温室デイズ』『僕の明日を照らして』『おしまいのデート』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『春、戻る』『君が夏を走らせる』など著書多数。

著書紹介



頼本 奈波(よりもと・ななみ)
社会人2か月半目。これまでの学びの意味が少しずつ見えてきました。日々の仕事に追われたり、上手くいかないことに挫けますが、社会人って面白いです。そう思うのも、世界で一番会いたかった瀬尾さんとお話できたからだな。

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