あの頃の本たち
「重松清さんの隣」額賀澪

重松清さんの隣

額賀澪 Profile

 小学六年生のときに、学校の図書室で重松清さんの本を見つけた。
『ナイフ』という短編集だった。
 この本に、「ワニとハブとひょうたん池で」という作品が収録されている。ハブとは、動物のハブのことではない。学校で、クラスメイト達から《村八分》にされてしまった主人公、ミキのことだ。
 作中に、こんな文章がある。
 
『いいじゃない、ココロなんて、ちょっとぐらい病気のほうが。』
 
 この一文をきっかけに、私は重松さんの作品を読み続けることになる。
 ココロなんて、ちょっとくらい病気の方がいい。まん丸だったり真四角だったり、そういった綺麗で整頓された胸の内の子だけしか、教室にいてはいけないわけじゃない。お前は教室にいていい。そもそも、お前が「あの子はまん丸だ」「彼は綺麗な真四角だ」と思っているクラスメイトだって、心の中には歪な何かを抱えている。そう教えてもらえた気がした。
 同級生が好きなものを好きになれず、学校や教室の中を楽しいと思えない自分を、このとき私は初めて許すことができた。
「誰かに教えられた正しい女の子の在り方」とか「大人が推奨する青春時代の送り方」とか「どこかの誰かが決めたこうあるべき若者像」とか。息が詰まりそうな《正しさ》から、重松清さんの小説は読み手である私をいつも救うのだ。

 そして私は高校生の頃、『きみの友だち』と出会う。
 本来、人ではないものには《出合う》と書くべきなのだろうけれど、私は『きみの友だち』には、《出会った》のだと思っている。
 交通事故に遭い松葉杖生活を余儀なくされた恵美ちゃんと、腎臓が弱く入退院を繰り返しているせいで友達の少ない由香ちゃん。この二人と、二人の側を通り過ぎていくさまざまな人達の物語。それが『きみの友だち』だ。
 同じ中学の友人と離れ、一人で高校に進学した私は、『きみの友だち』が投げかけてくる「友だちのほんとうの意味とは」という問いにすっかり感化されてしまった。すでにその頃「小説家になりたい」と願っていた私は、友情とか学校とかいじめをテーマにした小説を何本も書いた。それを新人賞に応募したりして、でも落選してを繰り返した。
 この頃書いた小説は、デビュー作である『屋上のウインドノーツ』と『ヒトリコ』の土台となった。『ヒトリコ』なんて、『きみの友だち』を書きたくて書きたくて、でも辿り着けなかった作品だ。デビュー作であると同時に、自分の未熟さを痛感した一作だった。
「いつか自分の本が出せたら、重松さんの本の隣に飾ろう」なんて思って、わざわざ自宅の本棚にスペースを作っていたのに、未だに恐れ多くてできないでいる。

『きみの友だち』を読み終えた瞬間のことは、未だにはっきりと、色鮮やかに覚えている。学校の図書館で『きみの友だち』を一気読みした私は、こう思った。
 
「もう、一生、本は読まなくてもいいかもしれない」
 
 人は何のために本を読むのか。
 もし、出会うべき一冊を探し求めて何百、何千という本を一生をかけて読むのだとしたら、私が人生で出会うべき一冊はこの本に違いないと思った。この本さえあれば、私はもう死ぬまで本を読まなくても生きていけると思った。
 ……なんてしみじみとしていたくせに、翌日学校の図書館で面白そうな新刊を見つけて、周囲を押しのけて速攻で借りた。
 それからもう十年以上の月日がたつ。けれど私は、「今まで読んだ本の中から一冊選べ」と言われたら『きみの友だち』を迷わず選ぶし、「死後の世界に一冊だけ本を持っていっていい」と言われたら、『きみの友だち』以外に手に取る本はないと思っている。
 この先、私は『きみの友だち』以上にそう思える本と出会うことがあるだろうか。楽しみなような、ちょっと怖いような。でも、そういう出会いがあるかもしれないから、本を読むのは楽しいのだ。
 何より、小説を書く仕事をするようになって、つくづく思うようになった。
 いつか、誰かにとっての『きみの友だち』を書きたい。そのとき私は、自分の本を重松清さんの本の隣に並べることができるのだと思う。

 
P r o f i l e

略歴(ぬかが・みお)
1990年茨城県生まれ。作家。
日本大学芸術学部文芸学科卒業後、広告代理店に勤務。2015年、『屋上のウインドノーツ』で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞。『タスキメシ』が第62回青少年読書感想文全国コンクール高等学校部門課題図書に選出される。

■その他の著書に『さよならクリームソーダ』(文春文庫)、『君はレフティ』(小学館)、『潮風エスケープ』(中央公論新社)、『ウズタマ』(小学館)、『完パケ!』(講談社)、突撃ルポ『拝啓、本が売れません』(KKベストセラーズ)がある。最新刊は『風に恋う』(文藝春秋)。

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