卒業生のひとりごと
3. 屋根裏部屋にて 門脇みなみ


 屋根裏部屋は不思議なところです。「部屋」と呼んでも良いのかどうか、悩んでしまうちいさな空間。天井は低く、外気の影響を多分に受け、ぼんやりと薄暗く、すこしほこりっぽくて、きっと快適とは言えない場所。けれど、そのようにどこかひっそりとした寂しい雰囲気のある場所だからこそ、屋根裏部屋では様々な物語が生まれるのではないかなと、思ってしまいます。

 屋根裏部屋の物語として、一番に思い出されるのは『小公女』(バーネット/新潮文庫)です。この物語では、裕福だった少女セーラが父親の死によって無一文となってしまい、それまでいた寄宿舎の居心地の良いお部屋から屋根裏部屋へと移動させられてしまう展開があります。さらには、お金を払うことができなくなったからと、寄宿舎の下働きとしてこき使われるようになるのです。最初こそ、つらい境遇にめげそうになったセーラですが、自分のことを「本当は公女さまなのだ」と思い込み、つめたい毎日を、背筋を伸ばして生きてゆこうとします。
 最終的にセーラは屋根裏部屋から抜け出すことができるのですが、もしも、万が一、この物語に救いがなかったとしたら。物語の歯車が狂い、父親の友人に出会うことなく、そのままずっと屋根裏部屋での生活を余儀なくされるようであったなら。セーラは「公女さま」として、気丈夫に生きてゆくことができたでしょうか。屋根裏部屋での「小公女」セーラの空想は、どのくらいの年月、彼女がおかれた環境をごまかしてくれたのでしょうか。環境が人を作る、といいます。ぼろぼろの服と暗くほこりっぽい部屋、そして周囲からの蔑みのまなざし、意地悪な言葉。はたして、それらに「空想」は、勝ち続けることができたのでしょうか。わたしは、屋根裏部屋にいるかのように、想像します。物語の、勝手な「もしも」を想像して、自分勝手に悲しくなったりもします。「わたしは公女さまなのだ」という空想ができたら、そうした悪癖も、鳴りを潜めてくれるでしょうか。

 空想と屋根裏部屋の相性が良いのは、屋根と部屋の隙間に位置する屋根裏部屋が、屋外とも室内ともみなすことができない、中途半端な空間だからなのかもしれません。現実世界と空想世界とを行ったり来たりするのに、きっと適しているのでしょう。『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ/岩波書店)では、少年バスチアンが古書店から盗んで持ってきてしまった一冊の本『はてしない物語』を、学校の屋根裏にある物置で読み浸ります。人気のない屋根裏部屋は、物語の世界に入り込むのにふさわしく、彼を物語の中の世界へと誘います。
 この物語は単行本で楽しむのが良いと、個人的に思います。『はてしない物語』は岩波書店から単行本と文庫本(岩波少年文庫)が出ているのですが、単行本はまさに、物語の中でバスチアンが読んでいた『はてしない物語』を彷彿とさせるのです。重たいハードカバーの本を両手で抱え、頁をめくるたびに、自分も『はてしない物語』の中の世界「ファンタージエン国」にゆくことができるのではないか……。そう思わせてくれます。ちなみにわたしがはじめてこの物語に触れたのは、文庫版でだったのですけれども。

 屋根裏部屋はなにも、子どもだけに許された場所というわけではありません。屋根裏部屋に古いベッドを持ち込んでこっそりとお昼寝を楽しむのは、『黒いハンカチ』(小沼丹/創元推理文庫)に登場するA女学院の隠れた名探偵、ニシ・アズマ先生です。ニシ・アズマ先生は観察眼に優れており、日常の謎から殺人事件まで、様々な謎をさらりと解決してしまいます。このニシ・アズマ先生、あまり目立ったりするのは好まないようで、事件の解決に一役買っても自分が関わったことを公にしないでほしいと言ったり、無事に解決できたときには犯人を無罪放免したりします。「名探偵」と書きましたが、ニシ・アズマ先生はきっと人よりすこし観察眼に優れているだけであって、自身を探偵であるなどとは露ほども思ってはいなかったのではないかと思います。あくまで屋根裏部屋でお昼寝をしたり絵を描いたりするのがすきな、穏やかなひとなのです。
 もしも自分が、観察眼に優れており頭脳明晰で、なぜか事件に遭遇してしまう体質(?)だったとしたら、どうだろうと考えます。やはり、事件解決やそれに伴う称賛よりも、屋根裏部屋での健やかなお昼寝を優先したいと思ったことでしょう。自分だけの穏やかで心地よい時間というのは、なにものにも代えがたいものです。

 屋根裏部屋の床にぺたりと座って、すきなだけ本を読み浸ることができたら、どれほど楽しいでしょうか。あいにくわたしが現在暮らしている家には屋根裏部屋がありませんので、見慣れた自室を屋根裏部屋であるかのように「空想」して、楽しみたいと思います。物語は屋根裏部屋だけでなく、どこへだって、連れて行ってくれるのですから。
 



  • フランシス・エリザ・バーネット
    〈畔柳和代=訳〉
    『小公女』
    新潮文庫
    本体590円+税


  • ミヒャエル・エンデ
    〈上田真而子・佐藤真理子=訳〉
    『はてしない物語』
    岩波書店
    本体2,860円+税


  • 小沼丹
    『黒いハンカチ』
    創元推理文庫
    本体700円+税
 
P r o f i l e
門脇みなみ(かどわき・みなみ)
『読書のいずみ』卒業生。屋根裏部屋のある家か、書斎に隠し扉のある家で暮らしたい。

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