160号に引き続き、161号の「話題の著者に訊く!」も大型新人作家の登場です。第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した大石大さんのデビュー作『シャガクに訊け!』が、光文社より10月23日に発売されました。『izumi』に深い関わりのある大石さんの、記念すべき凱旋インタビューです。
大石 大 著書紹介
笠原
『シャガクに訊け!』(光文社)を読ませていただきました。読者の心に楔を打ち込むような、良い意味で引っ掛かりがあるストーリーで、テンポよく読めて、すごく面白かったです。
大石
ありがとうございます。
笠原
『シャガクに訊け!』はどのようにして書かれたのでしょうか。
大石
これを書く前に別の投稿用の小説を書いていたのですが、次の作品を書こうと思ったときになかなかアイディアが浮かばなかったんですね。過去に何か特殊な仕事をしているとか専門的な知識を持っていたなら、それを武器に小説を書くことができると思うんですが、自分にはそういうものがない。ですが、自分の過去を振り返ってみたときに、一応大学で社会学を勉強していたなと。僕は大学院に進んだわけでもそこまで専門的に研究したわけでもなかったので、書けるかどうか不安はありました。でもそれ以上に、社会学を学んでいない人たちにしてみれば、社会学がどんなものなのかということすらも全然分からないのではないかと思ったんです。ですので、社会学の基礎的な知識を使って、面白い小説が書けるのではないかと思い、それで社会学を題材に書いてみようと思ったのがはじまりですね。
笠原
人生相談という形でストーリーが進んでいきますが。
大石
何か謎があって、その謎を社会学の知識で解明する、というミステリのような形式が良いのではと思ったからです。「相談→解決→相談→解決」という形にすれば、話の構成もすごく作りやすいですしね。でも極端に言うと、その繰り返しだけでも一作できてしまうのですが、それだけだと「相談して、それを解決する」だけで終わってしまいます。そこで、うねりのある物語があった方がいいかなと思い、前半は「相談・解決」という形を、後半ではメインとなる事件と主人公の成長に関わる要素を用意しました。
笠原
読んでいて登場人物がすごく魅力的でした。「
大石
実はキャラクターについては、書くまであまり考えていなくて。とりあえず、解決する人がただ「デキる先生」だとつまらないから、それ以外のときはダメな人にしよう、そしてそのツッコミ役として学生をひとり用意しよう、そのくらいしか考えていませんでしたね。実際は書きながら自然と出来上がっていきました。
笠原
ちなみに、ご自身はどちらかに似ていたりしますか。
大石
僕は自堕落な人間なので(笑)、上庭先生のダメな要素は自分を参考にしましたね。
笠原
この二人の他にも個性的な人たちが出てきます。登場人物の名前や文章にユーモアがあって、面白いなと思いました。そこは意図的に書かれたのですか。
大石
半分以上は、書きながら思いついたことですね。あらかじめ用意していたというよりは、その場のライブ感を大事にしたというか。それから登場人物の名前(『上庭=マックス・ウェーバー』『えみる=エミール・デュルケーム』など)に関しては、やってる側の楽しさを求めてやりました。
笠原
社会学を学んでいて、一番印象に残っている内容や社会学者はいますか。
大石
僕が所属していたゼミが社会心理学専門だったのですが、論文のテーマはすごく自由でした。「古事記が日本人に与えた影響」のような「それ社会学なのか?」みたいなテーマで書いた人もいたんですよ。作中で上庭先生が「社会学は何をやってもいい学問なんだ」と言っていますが、それは学生の頃の経験がベースになっていますね。僕は「大衆」をテーマに卒論を書きました。実際の事件やニュースの世論調査の結果をみて確かめていく、というような。「なぜ世の中でこういう社会現象が起こるのかが知りたい」と思っていたので、それを卒論でできてよかったですね。
笠原
ゼミはどうでしたか。
大石
いろんな人がいましたね。社会学部には、みんなで映像作品を作ったりフィールドワークに出かけていくゼミなどもありましたが、僕が所属するゼミはそれぞれがやりたいことをやっていました。なので最初は社会心理学らしいことをしていましたが、最終的には各々の研究成果を発表する場としてゼミがあったような感じです。個性的な人が多く、刺激的で面白かったですよ。
笠原
テーマが社会学ということで、物語の中でもご都合主義なところがないなと感じました。カウンセリングという形にしては、上庭先生から結構厳しい意見やアドバイスが出たりして。そういうところは何か意図があったのでしょうか。
大石
上庭先生はたぶん、学生のことを本気で親身になって考えてはいないのだと思います。相談内容に合わせて、自分の知識の中で言えることを言っているだけというか。それだけで終わっているというか。先生がやれるのはそこまでで、その先の相手の心に寄り添うという部分はえみるの仕事で、役割が分担できているんです。でもそういう上庭先生は、人によっては辛辣に見えるかもしれませんね。
笠原
上庭先生のアドバイスやメッセージの中には多少なりとも大石さんの意見や考えなどが込められていると思いますが、この作品を通じて特に読者に伝えたいことはありますか。
大石
自分で言うのもあれですが、クライマックスの部分は自分でも読み返すと「ああ、いいな」と思いますね。えみるが最後にとった行動というのは簡単にはできることじゃなくて、書いた僕だってできるのかと聞かれたらわからない。これを読んだからってみんなができるようになるわけじゃないと思いますが、少しでも後押しできたらいいなという気持ちはあります。
あとは、大学で勉強する中で、今まで持っていた固定観念がくつがえされることが何度もありました。社会学を学んで感じたのは、善悪や正義というのは絶対的なものではなく社会によって違うんだということです。なので、そういう発見を書けたらと思いました。新しいことを知るのは楽しいことだという気持ちを入れたつもりです。少しでもそれが伝われば嬉しいですね。
笠原
ちなみに『シャガクに訊け!』には魅力的な女性がたくさん登場します。大石さんは特に誰が好きですか。
大石
えみるですね。人のために一生懸命になれる、我ながら素晴らしい子だと思いますね(笑)。僕はそういう人ではないので、すごいなと思いますよ。
笠原
えみるはバイタリティがありますよね。少し突っ走りすぎてしまうところがあるようですが、そのへんは意識して書かれたのですか。
大石
そのほうが、物語を動かしやすいんですよ。僕自身は内向的だから、同じようなタイプの人を主人公にしがちだったんですけど、それだと話が展開しないんですよね。突っ走るタイプだったり、あるいは強烈な目的を持っているタイプだったり、そういう人を主人公にしないと、話がダイナミックに展開しないんだなと思いました。
笠原
大石さんが作家を目指したのはいつ頃からですか。
大石
小説を書き始めたのは大学生の頃で、新人賞などに応募するようになったのは10年くらい前からですね。1年に1作くらいのペースで応募をしていました。
笠原
デビューまでの経緯を教えていただいてもいいですか。
大石
実は『シャガクに訊け!』を書き始めたのは2015年なんです。社会学を勉強しなおしたりしながら、1年近くかけて書きました。最初は別の新人賞に応募したのですが、そこでは一次選考で落ちてしまったんですね。しばらく経ってから読み返して改善すべきところが見つかったので、改めて書き直しました。でも、完成すると満足してしまうところがあって、それをそのままにしていたんです。そのうちに「いい加減に送らないと」と思って、作風が合っているかもと感じたボイルドエッグズ賞に応募しました。そこで受賞して、デビューが決まったという感じです。
笠原
受賞の知らせはどのように受けたのですか。
大石
お正月明けに電話がかかってきました。
笠原
突然、ですか。
大石
着信があって、その日は宅急便が届く予定があったのでその電話かなと思って出たら、「ボイルドエッグズです」と。えー!?という感じで、驚きましたね。
笠原
大石さんは兼業作家なんですよね。
大石
そうですね。この先どうなるかわからないので、しばらくは兼業ですね。
笠原
忙しそうですね。
大石
今までは自分のペースで書けば良かったんですが、これからはそうもいかないようです。仕事が終わって帰宅して、食事をするとほっとしてしまうので、そこからまたエンジンをかけていくのが大変ですね。頑張って机に座るようにはしていますが。
笠原
これから小説を書いてみたいと思っている人や作家を目指している人にアドバイスがあればお願いします。
大石
最初は「書きたいけど、どうやって書けばいいかわからない。アイディアをどう形にすればいいか分からない」という感じだと思います。僕も最初は全然わからなくて、20枚くらい書いて挫折するということを繰り返していました。最初は短編など短めのものを書いて、「自分の頭の中のものをしっかり形にする」という成功体験を何度か積んでいくと良いと思います。そうやって書きながら、自分がどんな小説が得意なのか、書きたいのかを見つけていけば良いのではないでしょうか。書き慣れてから長編を書くための勉強をして、その上で書くと良いものが書けると思いますよ。小説を書く上で参考になる本としては、大沢在昌さんの『小説講座 売れる作家の全技術』(角川文庫)がおすすめですね。良い本なので、読んでみてください。
笠原
大石さんは大学時代、私たちと同じ様に『izumi』の編集に参加されていたんですよね。どのようなきっかけで携わることになったのですか。
大石
大学1年生のときに読書サークルに入っていて、そこで『izumi』が新しい編集メンバーと、レビューを書く学生を募集しているということを知ったんです。僕は、「編集メンバーは荷が重いけど、レビューなら書けるかな」と思ってレビューを書く方に手を挙げたはずだったんですけど、当時の生協の人から「『izumi』にも行っちゃいなよ!」と言われて、正直僕は「いやだな」と思いながら行ったんです(笑)。そこからいつの間にか正規メンバーになっていたような感じです。
笠原
最初は乗り気ではなかったのですね。
大石
でも、それからは色々な経験をさせていただいて、とても楽しかったですよ。
笠原
どのような思い出がありますか。
大石
「座・対談」には3回、伊坂幸太郎さん、本多孝好さん、中村航さんにインタビューができたんです。そのことが特に思い出深いですね。伊坂さんのインタビューのときには、仙台に行きました。すごく楽しかったですよ。
笠原
『izumi』のときの経験が、執筆活動に活かされていたりはしますか。
大石
実際の作家さんにお会いできたのは大きかったですね。創作のお話を聞くことができたので。『izumi』といえば、最近インタビューに備えてバックナンバーをいくつか読んだのですが、「今の大学生に本を読んでもらうためにはどうしたらよいのか」と質問している学生が多くて、問題意識が高くてすごいなと思いました。僕は当時、自分のことしか考えていなかったんですよ。「この雑誌に関わることで自分がどれだけやりたいことができるか」としか考えていなかった。今思えば自分勝手だったなと(笑)。ただ、自由にやれたのはよかったなと振り返って思います。
笠原
ちなみに、大学生協の「読書マラソン」についてどう思いますか。
大石
読んだ本の感想を書くことで、振り返ることができるのが良いと思いますね。読みっぱなしになってしまうと「なんとなく面白かったな」ということしか残らないこともあるので。ですので、ちゃんと取り組めば意義はあると思います。
笠原
私たち大学生が今できること、というとどんなことをしたら良いでしょうか。
大石
そのとき興味があることや、やりたいことをやればいいと思います。僕は大学に入ってからたくさん小説を読むようになって、学部は社会学部で、何となく入った『izumi』で色々なことをやらせてもらって、文芸サークルに入って冊子を作ったりもして……そういうことが、今全部返ってきているなと思うんです。社会学の小説を書いてデビューできたり、こうやって『izumi』で取り上げてもらったり。当時蒔いた種が、一気に花を咲かせているような感じです。ちなみに『シャガクに訊け!』には、最初はあったけど最終的にカットしてしまった場面があるんです。幅増先生がえみるに「ゼミはどうだ」と尋ねる場面で、「ゼミは楽しいけど就活には役立たないですよね」「それでいいんだよ。いまのうちに人生の伏線をたくさん張っておきなさい」という会話をするんですね。僕自身、一気に伏線を回収した感じなので。皆さんも、いつか今やっていることが大きな花を咲かせるかもしれないですよ。
笠原
では最後に大学生へメッセージをお願いします。
大石
小説を書くときは「面白い小説を書きたい」と思っているのですが、できれば面白いだけじゃなくて何か「プラスα」があるものを書きたいんです。例えば、今までより物の見方が少しかわるとか。そうなれば良いなと思って、そういう思いをこめて書いています。小説を通して、「こういう考え方もあるんだ」「こういう知識があるんだ」と思っていただければ嬉しいですね。また「ハッピーエンドだけど、ハッピーだけじゃない」みたいな、最後に読む人の心に爪痕を残しながら去っていけたらいいなという思いもあります。単行本は金額的に高いので大学生が買うのは少しハードルが高いかもしれませんが、買って読んでもらえたらすごく嬉しいです。
笠原
ありがとうございました。
大石 大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。現在は公務員。
『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞受賞。
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