気になる! 大人の科学マガジン

 6年前、私を星空に夢中にさせた雑誌がありました。その名も『大人の科学マガジン』(以下、『大人の科学』)。付録のプラネタリウムは美しい星々の輝きを放ち、その光の中で何度宇宙に想いを馳せたことか。まさかその編集部を取材できる日が来るとは思いもよりませんでしたが。
 ということで本日いずみ委員の私と任さんは学研本社ビルにお邪魔し、『大人の科学』編集長の吉野敏弘さんにお話を伺います。これまでに出版した雑誌の付録がズラッと並ぶショーケースを見ながら、まずは『大人の科学』とはどういう雑誌なのか、お聞きします。
 学研ではもともと『科学』と『学習』というふたつの学年誌を、’60 年代から2000 年代の初頭まで、毎月小学生各学年向けに12誌、すべて付録つきで発行していました。
「当時『科学』と『学習』を取っていた人たちに、大人になっても楽しめる付録を作ろう、というところから2003 年に『大人の科学マガジン』は始まりました。子どもの頃の付録を待ち焦がれていた気持ちやワクワクを、もう一度味わってもらおうというのが発想のもとにあります」

創刊からの付録が並びます

 なるほど、積み重ねてきた歴史を受け継いだ雑誌なのですね。最近では『科学』と『学習』を知らない若い世代も意識して作っているそうです。
「2005 年の9号で出したプラネタリウム、これが今のところ一番売れているんですけど、ここで『科学』と『学習』を読んでいない読者がすごくたくさん入って来たんですよ。その世代にも届くんだと気づいて、以降は既存の読者向けと新しい人向けとを行ったり来たりしながら新たな読者を獲得して今に至ります。創刊当初の読者は、科学的な原理や仕組みを知りたくて買ってくれていたと思うんです。でも今の新しい読者の場合は、それらは後からついてくるもので、まずは付録の面白さに惹かれて買う。だからすこしでも手に取りやすいように、中身の見せ方なども考えています」
 吉野さんたちの部署では他にも「モノツキ」と呼ばれる、子供向けも含めキットや付録がついている本を手触りを大切にしながら作っているそうです。
 また『大人の科学』の魅力は付録だけではありません。雑誌本体の記事には付録のテーマや遊び方をあらゆる角度から掘り下げた、魅惑の包囲網が張られているのです。
「ただ商品と説明書だけを売っていたら、買ってくれた人になかなか楽しみ方の深さって伝わらないなって思うんですよ。モノだけじゃなくてその背景にあるストーリーやそれを愛する人の気持ちをしっかり伝えられるのが出版物のいいところであって、おもちゃと違う部分だと思うんです」
 さらに『大人の科学』ならではの方針もお聞きすることができました。
編集長の吉野さん
「企画として広く浅くを狙おうというのはほとんど考えていません。極端な話、たったひとりでも一生消えないくらい深く刺さるのが一番良くて、結果として、刺さった人が発する熱は周りに伝わると思うんです。そういうのが毎回できれば最高なんですけどね」
 「日和るときもあるんですよ」と吉野さんはその難しさを冗談めかして口にしました。
『科学』と『学習』の付録の歴史を、ショーケースをなぞりながら辿りはじめたところで、取材に同伴していたいずみ編集部の大塚さんがプランクトン育成キットを発見し、懐かしさのあまり大興奮。昔からの定番は今でも人気があるらしい。
「今年の夏に子供向けで一番売れたのがこれでした。『科学』で人気があるモノはあんまり時代に左右されないんですよ。例えばオバケエビ(小さいプランクトンの一種)育成キットは、一生懸命育てていたのに世話を忘れちゃって全滅とかあるわけじゃない? そういう失敗も含めて子供の記憶や体験になるので楽しいんですよ。でも今年特に売れた理由は、担当者が研究を重ね、水中に継続的に酸素を補給するための器具を追加したことですごい生存率が上がったからなんです。定番でも未だに発見があるし、進化させていかないといけない。こういう表に出ない部分も知っていただくと、『大人の科学』のバックボーンが見えてくるかと」
 今も昔も子供が興味を持つものは変わらないようですね。感心しながらお話を聞いていると、任さんが少々攻めた質問を投げかけました。──実現させたかったけれど頓挫してしまったような企画はあるのですか。
「完全に頓挫したという意識はあまりないです。いつか叶うだろうと思っているから。3年後くらいにポッとできたりとかもするし。だから頓挫したことありません、って書いておいてください(笑)」
 そう、『大人の科学』編集部の辞書に「頓挫」の文字はありません。ただ、まだできていないだけなのだそうです。ところで一作品にかかる人の手はどれくらいなのでしょうか。
「うちは一商品をひとりで担当しています。ものを作るときって、合議制でみんなのいいところを取ろうとすると尖ったところがなくなるから、基本的に担当者ひとりと外部の開発者という体制で行います。担当者がのめりこんで芯を作らないといけないんです」『大人の科学』の魅力の秘訣がわかったかもしれません。
 やがて話題は、2017 年12 月に発売された「小さな活版印刷機」の話に。この号は発売前から重版がかかるという空前の大ヒットでした。これには吉野さんも「我々の読みが甘かった」と嬉しそうな苦笑い。こちらのもうひとつの目玉はほしおさなえさんの『活版印刷三日月堂』(ポプラ社文庫)シリーズとのコラボです。当時の話も詳しくお聞きしましょう。
「活版印刷機に関しては、ほしおさんの本が最初にありました。面白い小説だというのもあるんですけど、ここに出て来る活版印刷機を付録にできたらものすごく感動するのではないか。そして試作をつくったら、機構としてもうまく再現できそうだとなり、『活版印刷三日月堂』の発行元であるポプラ社の担当編集者とSNS を通して繋がって、今すぐにでも会いたいとメッセージを送りました」
  • 学年誌「科学」の付録
  • 最近のラインナップ。大人気商品。
 担当編集者と面会を重ねながらポプラ社とも良い協力関係を築くことができ、そこから話がドンドン進み、欲しかった書き下ろし短編がゲットできたり、コラボ企画が立ち上がったり。その後ほしおさんとのトークショーも行われ、相互に盛り上がったそうな。
 最後に、少し変わった質問もぶつけてみました──もし大学生の前で講義をするならどういったことをお話ししたいですか。すると吉野さんは笑いながらこう答えてくださいました。
「えーどうだろう。断っちゃうかも。伝えたいことがあるとすれば── 編集者って専門があったほうがいいんですよ。武器になるから。だけどなくても何とかなる。物事に強い興味を持つことさえできれば、あとはがんばってそれを人に伝えればいいわけで。
 僕は科学の専門家ではないので、大げさなことは講義できません。だから、一緒に付録を作って、何か新しい使い方を見つけて楽しむような時間を過ごしたいな。ライブ感やリアル感を楽しみたいですね」
 最後に吉野さんにとって大人の科学とは。「僕は『科学』と『学習』を作っていた先輩と歴代の『大人の科学』の編集長がいて、いま自分がここに座っているということをとても意識しています。学研のものづくりの伝統を途絶えさせるわけにはいかないなって。それは自分の目標でもあるし、一方で『大人の科学』を楽しみにしてくださっている方がいるとすれば、その方たちに届け続ける責任もあると思っています。自分だけじゃない責任を意識してやっていくものなんですよ」
 そう思えるのは幸せなことだと、吉野さんは語ります。尊敬できる先輩に恵まれたからだと。
「先輩方に及ばないながらも、でも逃げるわけにもいかないわけで、だったらできる限りやって次の人にバトンを渡したいと思います」
 こうして、長かったようであっという間だった取材は締めくくられたのでした。そう感じるのは、吉野さんが大変パワフル、かつ理知的だったからでしょうか。次の、そしてその先の『大人の科学』への期待感を胸に、我々は学研本社を後にしました。
 帰り道、私はふと思い出しました。そういえば小学生の頃、科学者になりたかったんだっけ。
 
(取材日:2019年10月24日)
 

次の付録は
大人の科学マガジン トイ・レコードメーカー
           2020年3月24日発売予定


いま欧米や日本の若者の間で再燃している「アナログ・レコード」人気。日本でも星野源や椎名林檎などのアーティストが、続々とアナログ盤をリリースしています。
レコード盤の溝には音が刻まれており、その溝をなぞることで音を再生します。この溝を刻むのがカッティングマシン。吉野さんたちが試作に試作を重ねた次回作は、このカッティングを体験でき、再生機能もついたトイ・レコードメーカー。来春、いよいよ発売です!
 ※本体価格7,980円+税
 ※内容:本誌68 頁/組立キット(組立時間60 分)

P r o f i l e

笠原 光祐(かさはら・こうすけ)

千葉大学法政経学部4年。いずみ委員。大学までの定期券が切れて久しい。アルバイトに明け暮れる日々の合間をぬって、銭湯に行ったり日帰りでお出掛けしたり。あとは睡眠をたくさん。

※「気になる!○○」コーナーでは、学生が関心を持っている事柄を取り上げていきます。


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