卒業生のひとりごと⑧
コンパクトな文学 門脇みなみ

 短編小説、詩、短歌。コンパクトな文学がすきです。限られた文字数・頁数の中に広がる世界の、甘味が凝縮された一粒の小さなお菓子みたいなところがすきです。ときどき、せっかくのふわふわをぎゅっと手で握り固めてしまった綿菓子みたいなものに出会うこともありますが、それもご愛嬌。甘ったるくて、歯にまとわりつくようなかたまりも、それはそれで嫌いではありません。
 一篇の詩や短編小説をそれ単独で読むのも楽しいですが、短編集や詩集としてまとまっていると、さらにときめき度が高まります。短編集や詩集は、まるでドロップ缶のよう。メロン味にいちご味にレモン味……色も味もいろいろ楽しめる、昔からある心ときめくアソートです。どの味から食べても良いし、口の中で何度転がして味わっても良い。本の場合はいくら食べても、虫歯になったりしないところも良いですね。ドロップが残り少なくなったときの、カラカラとどこか寂しそうに鳴る音も、少し本に似ています。本も読み進めて残りの頁がわずかになると、紙の頁をめくるかすかな音が名残惜しく耳に届くものです。
 コンパクトな文学は、旅に連れて行くのにも向いています。乗り物が苦手なので物理的な旅はほとんどしませんが、それでもふとどこか遠くに行きたくなることがあるので、そういうときには本を持って外に出ます。普段とは違う場所で本を開くだけでも、非日常が味わえるからです。自分さえその気になれば、本はどこにだって連れて行ってくれます。遠くに行きたい気分のときには、できるだけ自分だとわからないような、普段とは違った装いをしたり、マスクやサングラスなどの小道具を用いたりするとさらに楽しいです。このような、まとまった時間がなくても長時間乗り物に揺られなくてもできる「ひとり旅ごっこ」をするときは、決まって『倚りかからず』(茨木のり子/ちくま文庫)に収録されている「行方不明の時間」という詩を思い出します。

「人間には 行方不明の時間が必要です なぜかはわからないけれど そんなふうに囁くものがあるのです」「私は家に居てさえ ときどき行方不明になる ベルが鳴っても出ない 電話が鳴っても出ない 今は居ないのです」

 今日はこれから、「行方不明」になりに行こうと思います。振動や音で行方不明の時間を邪魔する端末は、電源を切って、バッグの一番奥に入れて。その上にドロップ缶とお財布と本を乗せて、ハンカチーフでもかぶせてしまえば、簡単に行方不明になれるでしょう。

 短編集といえばアンソロジーも素敵です。アンソロジーは編者の方に「この方はどうですか? あなたに合うと思うのですけれど」と、今まで知らなかった作家さんを紹介してもらっているかのような心地になります。そしてそこで良い出会いがあると、やはり嬉しいものです。『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』(SFマガジン編集部/ハヤカワ文庫)は、百合×SFの短編小説アンソロジー。そこに収録されている作品に、森田季節さんの「四十九日恋文」があります。「四十九日恋文」は、死後四十九日限定で亡くなった人とメールのやりとりができるようになった未来を舞台にした物語です。メールができるといっても無限にやりとりができるわけではなく、文字数が細かく限定されており、初日が最大四十九文字まで、最終日はたったの一文字しか相手に送ることができません。初日から最終日まで、毎日一文字ずつ、相手に送ることができるメールの文字数は減っていくのです。もしも自分だったら、どのようなメールを送るのだろうと考えます。自分が残された側で、亡くなってしまった大切な人と言葉のやりとりをするのであれば、きっと告げたいことはたくさんあるでしょう。けれど、自分が死者側だとしたら、これから先も生きていく相手に——これからは自分という存在無しで人生を歩んでいくことになる相手に——何を言えば良いのでしょう。できれば、あまり相手の負担にならない言葉が良いなと思います。けれどそれがどのような言葉なのかはわかりません。深刻になるのは気恥ずかしいので嫌ですが、だからといってふざけるのも違うような気がします。

 一粒一粒、いくら大事に食べても、そのうちドロップはなくなってしまいます。一日一日、生きていたら、そのうち終わりは訪れます。それがいつなのかはわかりませんが、想像できないほど遠い未来ではないでしょう。おしまいを迎えたとき、そこでやっと人はコンパクトな一篇の「物語」になるのかもしれないなと思います。

 わたしがノンフィクションの物語になるまでに、残していくことになるかもしれない人たちに、何を伝えたいのか考えておくことにしましょうか。ときどき、本を持って行方不明になりながら。半透明のフルーツ味のドロップを、缶をカラカラ振って、探したりなどしながら。
 



  • 茨木のり子
    『倚りかからず』
    ちくま文庫
    本体580円+税


  • SFマガジン編集部
    『アステリズムに花束を
    百合SFアンソロジー』

    ハヤカワ文庫
    本体880円+税
 
P r o f i l e
門脇みなみ(かどわき・みなみ)……実在する『読書のいずみ』卒業生。

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