入場料のある本屋さん
〜いずみ委員 六本木・文喫へ潜入する〜

無料ゾーンの雑誌棚


 入場料のある本屋が六本木にできたらしい。その名を「文喫」と言う。飲食しながら本を読めるブックカフェなら聞いたことがあるけれど、入場料を取る本屋なんて前代未聞だ。入場料を支払ってでも入りたくなる本屋ってどんなところだろう。好奇心を掻き立てられた我々いずみ委員は、調査に赴くことにした。

 地下鉄の六本木駅からほど近い場所に、そのビルはあった。まるでアパレルショップのように、スタイリッシュな外観である。どきどきしながら店内に足を踏み入れると、入り口すぐの平台に何冊もの本が積まれていた。一般の書店と違って、タイトルも著者名も大きさもまちまちの本が数冊ずつ小さな山を形成している。梶井基次郎が見たら喜びそうだ。
 店内地図によると、奥に見える階段までのゾーンは入場料無料で、誰でも自由に出入りできるらしい。幸い、集合時刻までにはまだ間がある。さっそく、私は平台で目についた本を手に取った。

真剣です

 
 色とりどりの本をぱらぱらめくっているうちに、同じ山には似たようなテーマの本が積まれていることに気がついた。あとから判明したことだが、山ごとにテーマがあり、テーマに沿って選ばれた本が積まれているらしい。
 そうこうしているうちに、メンバーが集まってきた。
 受付を済ませて丸い入場バッジを受け取り、奥の有料ゾーンに足を踏み入れる。
 奥に広がるフロアは静かで空調が効いていた。まさに読書好きの大人のための空間という印象だ。
 座り心地のよさそうな回転椅子と机が設置された「閲覧室」(※ドアや壁で区切られているわけではなく、実際は閲覧室というより閲覧スペースという印象)では、数人の利用者が読書を楽しんでいた。中にはノートパソコンを開いている人もいる。机の上には緑色の読書灯が置かれていて、とてもおしゃれだ。
 閲覧室を通り抜けると奥には「研究室」と名付けられた個室があり、我々はそこで店長の伊藤晃さんから文喫についてお話を伺った。

 

文喫店長の伊藤晃さん

 
 店内在庫数約3万冊の本はすべて店員が吟味して選び、買い切りで仕入れていること(※通常の書店は委託販売で仕入れ、売れ残った本や汚損本は返品している)。同じ本は1冊もないこと。だから限られたスペースに多種多様な本を置くことが可能であること。文喫ではコーヒーと煎茶がおかわり自由であること。
 ふむふむとメモを取っていると、伊藤さんから質問が投げられた。

「どうして入場料を1,500円に設定したか分かりますか?」
 ランチ代? コーヒー3杯分の値段? 文庫本3冊分の値段?
「美術館とか博物館の入場料を参考にしたんです。本を選ぶのは、美術館や博物館に行くのと同じだけの価値があると思って。それプラスコーヒー代です」
 なるほど! 確かに高尚な文化に触れるという点は同じだ。

 それでは、実際に文喫を利用してみよう。伊藤さんからお話を伺ったあと、私たちはルールを設定して店内で選書を行った。今回の条件は下記のとおりだ。
 

  • 1人5冊まで。
  • 最低1冊は、161号特集テーマでもあるノンフィクション作品を入れること。
  • 値段制限はなし。
  • 制限時間は90分。


 実際に店内を歩いてみて、一般書店とは陳列方法が大きく異なっていることを実感した。
 ざっと見渡しても、新刊がこれ見よがしに積み上げられてはいない。そして今回のルールにもある「ノンフィクション」で括られたコーナーがなかった。どうやってノンフィクションを探せばいいんだろうと途方に暮れながら、私は「普通の書店と違って、文喫には大分類しかないんです」という伊藤さんの言葉を思い出した。あえて目当ての本を探しにくくすることによって、目的の本以外の本との出会いを増やすことが狙いらしい。確かに、いつもは書店に行くと目当ての本がある場所にしか行かない。これでは新たな出会いはない。
 ノンフィクションを探すのは後回しにすることにして、私は日本人作家のコーナーを探した。ない可能性もあるよなと思っていたが、こちらは見つかった。ただし、五十音順ではなく作家のデビュー順に並べられている。これも目当ての本を探しにくくするためだろう。このあたりかな〜と目星をつけて長野まゆみを探す。あった。でも目当ての本はない。取り寄せも可能らしいが、今回は無理だ。
 諦めて、「自然」のコーナーに移動した。目当てはキツネの写真集だ。1冊はキツネの本にすると決めていた。人生には癒しが必要だ。動物のコーナーなのに、なぜか江國香織の小説がある。タイトルにカエルとかシジミチョウという言葉が入っているので、あえてここに並べたのだろう。愉快な気分でキツネを探す。

 

みんなが選んだ本

 なんとか1冊見つけたところで、「そうだ、コーヒーも味わっておかなければ」と思いだした。飲食受付でアイスコーヒーをリクエストすると、なんとガリガリという音が聞こえてきた。「豆から淹れてくれるなんて!」と感動しながら私は喫茶室の様子をうかがった。時間帯的に食事をしている人は少なく、コーヒーやジュースをお供に読書している人が多い。奥の出窓には触り心地のよさそうなクッションがいくつも置かれていて、思い思いの姿勢でくつろぎながら本を読んでいる人もいた。
 私もクッションにもたれて優雅なひと時を楽しみたかったが、90分は長いようでとても短い。おまけに私はまだ1冊しか選べていない。後ろ髪を引かれる思いで、コーヒーと本を手に研究室に戻った。研究室や閲覧室でも飲食できるのだ。
 黒々としたコーヒーは味も香りも最高だった。そのあとでいただいた煎茶も美味しかったし、フードメニューも期待できそうだ。牛ほほ肉のハヤシライスとかレモンとはちみつのタルトとか、すごく気になる。柚子蜜ジャスミンティーソーダというのも素敵な響きだ。
 残り30分を切ったところで、店内壁際にワゴンが置かれていることに気がついた。ここに本を入れておくと、店員さんが元の位置に戻してくれる。これも普通の書店とは違うシステムだなあと思いつつワゴンの中を覗いて、そこに置かれている本にテンションが上がった。ラッキー♪ 伊藤さんが「返却ワゴンから本を選んでいくお客さんも多いです」と仰っていた意味が分かった。いい本、面白そうな本は他の人も気になるのだ。この中から2冊選んで研究室へ戻る。
 

私が選んだ本

 ここからは選んだ本のお披露目タイムだ。
 参加メンバー全員で合計35冊の本が集まった。テーブルに広げて、ひとりずつ自分が選んだ本についてコメントしていく。ノンフィクションや学術書が多い。修論のために選んだと言っているメンバーもいて、己の不真面目さを反省した。
 最後に本の記念撮影をして、総合受付で選んだ本の会計をしてから、私たちは文喫を後にした。みんな興奮で目がぎらついていて、私と同じことを考えているのがよく分かった。すなわち、90分なんて短すぎる!
 ご案内くださった文喫店長の伊藤さん、どうも有難うございました。おかげさまで、とても楽しく有意義な時間を過ごすことができました。そして読者の皆さん、この記事を読んでちょっとでも興味を抱いてくださったなら、ぜひ文喫に足を運んでみてください。あなたにとって最高の1冊とここで出会えると思います。(文=北岸靖子)
 

Information
文喫 BUNKITSU
住  所:〒106-0032 東京都港区六本木6-1-20 六本木電気ビル1F
アクセス:地下鉄日比谷線・大江戸線六本木駅 3・1A出口より徒歩1分
営業時間:9:00〜23:00(L.O.22:30)
電話番号:03-6438-9120
定 休 日:不定休
席  数:90席
入 場 料:平日¥1,500(税抜) 土日祝¥1,800(税抜)(1日中利用可能)
Webサイト(URL: https://bunkitsu.jp/)

 

文喫コラム 3万個の世界から5つを選ぶ

机に積まれた山

 ——せっかくなら、文喫だからこそ出会える本を選びたい。
 「文喫の本は大まかにしか分類していない代わり、隣りあった本が緩やかにつながってます。検索性をあえて悪くすることで、偶然の出会いの機会を増やしているんです」
 ——なら“好きな本の隣にある知らない本”が、文喫だからこそ出会える本だ。そう選書室に踏み込んで、机に積まれた本にさっそく足を止めた。こことそこの山には好きな本がある!
 こちらの山には『メタリック』『空港時光』たち13冊。温又柔さんが「座・対談」に出てくださったとき『空港時光』は単行本になっていなくて、でも一番好きな作品だった。懐かしく思いつつ、同じ山の『「差別はいけない」とみんないうけれど。』を手に取る。2冊の共通点を挙げるなら、“ふつう”でないという感覚だと思う。“ふつう”でない人への差別はだめという言説に触れたときの、あのもやもやを解消するヒントをこの本はくれるだろうか。
 もう一つの山は『図書館島』『一九八四年』『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』たち7冊。君たち、本や“書くこと”に関する本だね? ここから選んだのは『欠落ある写本』。実在の詩に秘められた謎を解いていく物語なんて、ドキドキしないわけがない!
 フリードリンクで一息ついたところで、絵本が欲しいと思い立つ。絵本は色ごと配架されていて、こう来たかと赤ゾーンから『本の子』を選んだ。ページを開けば、この海は『海底二万里』の、この山は『ピーターパンとウェンディ』の、こっちの森の木は『ヘンゼルとグレーテル』、『美女と野獣』、『赤ずきんちゃん』の言葉たち! ここにも、ここにも“本”がぎっしり詰まっていて、ああ、好きだなぁ、ときゅぅんとしてしまう。

選んだ5冊

 続いて漫画ゾーンにも見覚えのある本の山が。『BL進化論』、『BLカルチャー論』など、研究でお世話になった本が重なっている。あ、『美少年学入門』は未読だ。引用では何度もお会いしていたけど、ここで本人に出会ったのもきっと何かの縁。
そういえばノンフィクションがない、と慌てて動物の棚で面白タイトルを探した結果、『タコの心身問題』を制して『サルなりに思い出す事など』が選ばれる。タイトルを裏切らない抱腹絶倒の内容は特集ページにて!
 と、残念ながらちょうどここで時間切れ。選書を終えて思ったのは、知らない本と出会うのは楽しい、ということだ。自分が本を読むのはワクワクしたいから、未知に出会いたいからだ。文喫の蔵書は3万冊、複本なし。今日、出会い損ねた未知が——これから出会える未知が、どれだけあるのだろう。3万冊ひとつひとつの中に眠る、まだ見ぬ世界を思い描くと、いま触れているこの世界も愛おしくなっていく。大袈裟だとしても幸福な感覚だ。 (文=杉田佳凜)


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