名著に会いに③

これは、NHK Eテレ番組「100分 de 名著」の熱烈なファンである筆者が、番組で取り上げられた作品のなかから印象に残った名著について語るコーナーです。
 

生きがいはどこにあるのか

河本 捷太
 
 突然ですが、皆さんの生きがいは何ですか。一度は聞いたことのあるこの言葉ですが、実際私も含め生きがいを持たずに生きている方々も多いのではないでしょうか。この生きがいに関して、精神科医の神谷美恵子は著書『生きがいについて』で「人間がいきいきと生きていくために、生きがいほど必要なものはない」と書いています。一体生きがいとは何なのでしょうか。ということで今回はNHK Eテレ番組「100分 de名著」で2018年5月に放送された神谷美恵子の『生きがいについて』を取り上げます。
 神谷美恵子は、津田英学塾2年生の時、東京都にあるハンセン病国立療養所である多磨全生園を訪れ、患者の方と接した際に大きなショックを受け、看護師か医師になりたいと考えました。その後精神科医となった彼女は岡山県にある同じくハンセン病国立療養所の長島愛生園で精神科医として勤める中で、患者によって生きがいを持つ方と持たない方がいることを知り、生きがいについて考えることとなりました。
 この本はタイトルの通り生きがいについて書かれていますが、生きがいとは何か、それを奪い去るのは何か、喪失した人の心はどうなるのか、新たな生きがいの発見、と内容が広範になっています。また、この本は非常に引用が多いことがひとつの特徴です。社会学、心理学、哲学などの学問分野だけでなく、患者の言葉が引用されていて、生きがいが如何に人間に根付いた概念であるかが窺えます。ここで全てを紹介するのは難しいので、生きがいの特徴を挙げている項目を、少し長いですが引用します。

 第一の明白な点は、生きがいというものがひとに「生きがい感」を与えるものだということである。
 第二の特徴は、生きがいというものが、生活をいとなんで行く上の実利実益とは必ずしも関係がないということである。
 第三に、生きがい活動は「やりたいからやる」という自発性を持っている。
 第四に、生きがいというものは、まったく個性的なものである。
 第五に、生きがいはそれを持つひとの心にひとつの価値体系をつくる性質を持っている。
 第六に、生きがいはひとがそのなかでのびのびと生きていけるような、そのひと独自の心の世界をつくる。


 話は少し変わりますが、誰しも人生において辛いことを経験し、苦悩することがあると思います。いじめを受け自分の価値を見失った人、仕事で大きな失敗をした人、親しい人を失った人。そのような状態に置かれた人はたとえ生きがいを持っていても、その生きがいのために行動するのは苦しいものです。その苦悩について神谷は次のように書いています。

  苦悩がひとの心の上に及ぼす作用として一般にみとめられるのは、それが反省的思考をうながすという事実である。苦しんでいるとき、精神的エネルギーの多くは行動によって外部に発散されずに、精神の内部に逆流する傾向がある。そこにさまざまの感情や願望や思考の渦がうまれ、ひとはそれに眼をむけさせられ、そこで自己に対面する。人間が真にものを考えるようになるのも、自己にめざめるのも、苦悩を通してはじめて真剣に行われる。

  私はこの言葉がしっくりきました。以前友人と、辛い経験をした人はその辛さを知っているからこそ優しかったり、真面目だったりと、立派な人が多いのではないかと話し合ったことがありました。いじめられたからこそ、その痛みを知り他人に優しくできる、仕事の失敗から学び活かす、死から生を考え自己の生の充実に励む。もちろん、辛い経験を避けられるなら、経験しないに越したことはありません。しかし、そのような状況下に置かれたとき私たちは、真剣に自己を見つめ直すことができるのです。もし、皆さんも辛い経験をしてしまったら、そこで無理に行動しようとせず、辛い経験と向き合って苦悩してみるのはどうでしょうか。
  生きがいについて、本筋にあまり触れることはできませんでしたが興味を持たれた方は是非。それでは今回はこのあたりで。
 
  • NHKテキスト
    〈2018年5月(100分de名著)〉
    『神谷美恵子 「生きがいについて」』
    NHK出版
    本体524円+税
  • 神谷美恵子
    『生きがいについて』
    みすず書房
    本体1,600円+税
 
P r o f i l e
河本 捷太(かわもと・はやた)
愛媛大学3回生。いずみ委員。私は本を読んだ後、それに出てくる勉強や仕事をしたいと本気で思ってしまいます。今回は『生きがいについて』を読んで、精神科医になって患者を救いたいと思うようになりました。現在バリバリ文系学部の人間ですが。

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