著者からのメッセージ 大学生になったら哲学書を読もう
山口裕之(徳島大学教授)

山口 裕之Profile

山口先生の著書紹介


『語源から哲学がわかる事典』
日本実業出版社 本体1,700円+税
哲学が難解なのは用語の難しさにある。「理性」は英語ではreason、中1レベルの語彙。ネイティブには小学生の日常語。さらに「悟性」はunderstanding(理解力)と決して難しくない。この点に着目し、用語の語源から問い直す哲学入門。
 みなさんは「哲学」と聞いて、どんなイメージを持つでしょうか。ちょっと変わった人がなんだかよくわからないことを言っている?
 しかし実は、西洋世界において「哲学」は、ほんの百数十年前までは、「科学」とほとんど同じ意味で使われていた言葉なのです。
 現在の大学には物理学や生物学などの自然科学を研究する「理学部」がありますが、もともとこれは「哲学部」という名称でした。19世紀末のドイツの大学で、理学部は哲学部から分離、独立してできたのです。それで残った部分が「文学部」になりました。
 また、「近代物理学の祖」ニュートンが、かの「万有引力の法則」を記した書物は「プリンキピア」だと、世界史の授業で習ったかもしれません。この「プリンキピア」は略称で、正式なタイトルは「フィロソフィアエ・ナチュラリス・プリンキピア・マテマティカ」。ラテン語ですが、なんとなく意味がわかるでしょう。「自然哲学の数学的諸原理」という意味です。つまりニュートンは、自分がやっていることは「自然哲学」だと思っていたのです。
 このように哲学は、現在の人文社会科学(いわゆる「文系」の学問)の祖先であるだけでなく、自然科学の祖先でもあるのです。
 みなさんは、哲学というと「ちょっとかわったもの」、科学というと「客観的で正確なもの」というイメージを持っているかもしれません。しかし、自然科学は哲学の子孫ですから、哲学の「ちょっとかわった点」を受け継いでもいます。それは自然科学の本質的な考えである「自然法則の実在」という点です。
 みなさんは高校までに、万有引力の法則やボイル・シャルルの法則、フレミングの法則など、さまざまな自然法則について学んできたでしょう。自然現象の背後にそれをつかさどる法則が実在するというのが、自然科学の基本的な発想です。その法則を明らかにするために研究するのです。
 しかし、ちょっと待ってください。「現象の背後」って、いったいどこでしょう? そもそもどうして自然現象は法則に従うのでしょうか? 自然科学は、「法則の実在」を単に前提しているだけで、なぜ、どこにそんな法則が実在するのかについては教えてくれません。
 実は、「自然法則」という概念を提唱したのは、デカルトという哲学者です。倫理の教科書の片隅で「われ思う、ゆえにわれあり」などとつぶやいていた、あのデカルトです。彼は哲学だけでなく、物理学や数学の研究もしていました。中学校で習うxy座標のことを「デカルト座標」とも言いますが、それは、彼が考えだしたものだからです。
 さて、デカルトはどうして「自然法則」という言葉を作ったのでしょうか。それには、キリスト教の思想が関係あります。つまり、自然法則(laws of nature)とは、神が世界を創造した時に定めた自然界の法律(laws)だというのが、デカルトの考えでした。
 デカルトは、何もないところからこうした言葉を作りだしたのではありません。現象の背後になんらかの普遍的なものが実在するという発想は、古代ギリシア哲学に遡ります。
 高校で倫理を履修した人なら、「プラトンのイデア論」を聞いたことがあるでしょう。倫理の教科書では、たとえば、「馬が馬であるのは、その背後に「馬そのもの」としての「馬のイデア」が実在するからだ」などと説明されていたかもしれません。当然、「なんだそりゃ?」と思いますよね。でも、先ほどの自然法則についての自然科学の発想と見比べてみましょう。「自然現象の背後に自然法則が実在する」。「馬の背後に馬のイデアが実在する」。同じような形になっています。つまり、自然法則はプラトンのイデアの遠い子孫なのです。
 哲学者たちは、「現象の背後」がいったいどこなのかを考えるために苦闘してきました。哲学の歴史は、プラトンのイデアがなんなのかを理解するための苦闘の歴史だったと言ってもよいぐらいです。
 というわけで、哲学を学ぶことで、自然科学を含む西洋世界の世界観を学ぶことができます。みなさんが当たり前のように受け入れている世界観にも歴史があり、前提があります。それを知ることで、自分たち自身の「思考の立ち位置」を反省することができます。それは、「これまでの自分でないものになる」という、本当の意味での成長のための第一歩です。さあ、哲学書を読みましょう。
 といっても、哲学書は難解です。まず、書いてある言葉の意味がわかりません。ここまでの文章で、「実在」や「本質」などの言葉を使ってきました。英語でいえば、existenceとessenceです。どういう意味だか、説明できますか? 「実在」と「本質」、さらには「実体substance」は、どう違うのでしょうか? 身近に哲学の先生がいたら、聞いてみてください。哲学の研究者でさえ、必ずしも明確に区別できないかもしれません。
 そこで、こうした難解な哲学用語についてわかりやすく解説した本があります。『語源から哲学がわかる事典』(日本実業出版社)、著者は山口裕之。なにを隠そう、この私です。哲学を理解するための第一歩として、あるいは、すでに哲学書にチャレンジして挫折した人のリハビリ用としてぜひ読んでほしいと思います。きっと、哲学や科学についての見方が、さらには世界の見え方が変わるはずです。
 
P r o f i l e

山口 裕之(やまぐち・ひろゆき)

徳島大学教授。廃墟や洞窟や湿原が好きです。徳島は気に入っていますが、洞窟や湿原があまりないのが難点。遠方の洞窟をめぐるためにキャンピングカーを購入しました。穴があったら入りたいので、いい洞窟があったら教えてください。


ご意見・ご感想はこちらから

*本サイト記事・写真・イラストの無断転載を禁じます。

ページの先頭へ