世界の本棚から⑥



  アメリカでベストセラーランキング入りをしたSuch a Fun Age。主人公は25歳の黒人女性エミーラ。友人たちと違い、収入が不安定なのが悩みだ。彼女の仕事はベビーシッターで、依頼主が決める時給で必要とされるときだけ呼び出され、社会保険もない。けれどもエミーラは子供相手の仕事が好きで天職とも感じている。
 彼女を雇った白人のアリックスは、プチセレブで自己中心的な二児の母。ある日エミーラが3歳の長女ブライアーを預かり近くの高級スーパーに連れ出すと、「黒人女性が白人の少女を連れている」と他の客から誘拐を疑われ騒動になり、動画撮影までされてしまう。
 アリックスはエミーラに同情し急に優しくなるが、エミーラ自身は差別されることには慣れっこでクールな反応だ。読み進むにつれ、二人の間に横たわるのは人種問題だけではなくライフステージの違いであることが見えてくる。ミレニアム世代は、エミーラが最後にとる行動をどう感じるだろうか。

 ディストピア小説「声の物語」(原題:Vox )で女性だけが発声の権利を奪われる世界を描いたクリスティーナ・ダルチャーの新刊小説は、Master Class。テーマは教育。すべての子供は「Q」という測定値で能力を評価され、スコアが高ければ最高の教育とキャリアの機会が与えられ、低ければ必要最低限の訓練を受けるだけで職業選択の自由も少ない。教育の効率化を謳うものの、個人の一生を左右される仕組みだ。エリート校の教師をしている主人公は「Q」の賛同者だが、自分の娘の「Q」が急落し恐怖を感じる。数百キロ離れた学校に追いやられた娘を取り戻すためにはどうすればよいのか? 「ありえそう」なSF小説として読める一冊だ。

「隷属なき道」(原題:Utopia for Realists )で労働者がAIに対抗するためにベーシックインカムの導入を説いた、オランダの若手歴史研究家ルトガー・ブレグマン。新刊Humankind もオランダで大ヒットし英訳されている。この作品でブレグマンは歴史上の出来事をたどり、人類は自己中心的どころか人と助け合うことを選ぶと説明する。たとえば、数十人の目撃者がいたにも拘わらず助けてもらえなかったというキティ・ジェノヴィーズ刺殺事件。都会の冷たさや傍観者効果の例として引き合いに出されるが、ブレグマンによれば、実際には警察への通報や被害者の救護に駆け付けた人がいて、誤解されているとのこと。人を信頼して行動することでもっとよい世の中にできる、というポジティブなメッセージが込められている。
 

  • Kiley Reid
    Such a Fun Age
    G.P. Putnam's Sons
    ISBN : 9780593087336
  • Christina Dalcher
    Master Class
    Berkley
    ISBN : 9780593197691
  • Rutger Bregman
    Humankind
    Bloomsbury
    ISBN : 9781408898949
 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外に30店舗持つ書店チェーン・紀伊國屋書店で洋書仕入に携わるバイヤー。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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