名著に会いに④

これは、NHK Eテレ番組「100分 de 名著」の熱烈なファンである筆者が、番組で取り上げられた作品のなかから印象に残った名著について語るコーナーです。
 

あなたは「真実の生」を見出せるか

河本 捷太
 
 今回はNHK Eテレ番組「100分 de 名著」で2020年2月に放送されたヴァーツラフ・ハヴェルの『力なき者たちの力』を取り上げます。著者のヴァーツラフ・ハヴェルは、チェコ共和国の戯曲家であり、元大統領です。執筆されたのは1978年。時代状況を簡単に説明しますと、チェコ共和国は当時チェコスロヴァキア社会主義共和国という社会主義の国でした。1968年にはアレクサンドル・デゥプチェク第一書記により「人間の顔をした社会主義」をスローガンとする、「プラハの春」という文化開放政策が行われました。しかしソ連や東欧諸国はこれを許さず、ワルシャワ条約機構軍としてチェコスロヴァキアに侵攻します。その後グスターフ・フサークを新たな大統領として、プラハの春での改革を否定して元の正常化に戻る「正常化」体制を余儀なくされます。このような自由が制限された中でハヴェルは執筆しました。
 この本でハヴェルは、彼の置かれている体制をポスト全体主義と呼び、この体制におけるイデオロギーについて次のように述べています。

 このイデオロギーは人びとに対して、たやすく入手できる「故郷」を差し出す。あとはそれを受け入れるだけでいい。そうすれば、ありとあらゆるものが明快になり、生は意味を帯び、その地平線から、謎、疑問、不安、孤独が消えてゆく。もちろんこの安価な「故郷」に対しては大きな犠牲を払わなければならない。自身の理性、良心、責任を放棄しなければならない。なぜなら、イデオロギーの代用には、理性や良心を支配者に委ねることが不可欠であり、つまり、中央の権力と中央の真実を同一視するという原則が生じるからである。

 この文から、イデオロギーがいかに危険なものになりうるかが分かるでしょう。さらにポスト全体主義という自由を奪われた状況でイデオロギーに支配されずに生きるためにはどうすればよいかについてハヴェルは「嘘の生」と「真実の生」という言葉を用いてこう述べています。

「嘘の生」から外に出ることは、それ自体、「嘘の生」という原則を否定し、その全体性を脅かすことになる。

「真実の生」の特殊な政治的な力は爆発的で数値化できないが、開かれた「真実の生」の協力者の姿は見えないものの、どこにでもいる。つまり、その「隠れた領域」を持っているのである。そこから何かが生まれ、声を上げ、理解者を見出す。それは潜在的な交流が行われる空間である。

 ハヴェルは、体制に従順となり、自らをイデオロギーに合わせ、黙って許容する状態を「嘘の生」と呼び、その反対を「真実の生」としました。また「嘘の生」から脱し、「真実の生」を営むためには潜在的な交流が行われる空間が必要であるとしたのです。実際に当時、作家が地下出版をしたり、学者が私的に討論の場や講義を催したりしています。つまり必ずしも政治的な運動でなくても真実の生を営むことで、イデオロギーから脱却できると述べています。ちなみに彼らのことを「ディシデント(反体制派、異論派)」と呼びます。
 話は変わりますが、「名著」と呼ばれる本の特徴は何でしょうか。それは名著を読む私達に対して「教訓」をもたらすことです。昔に書かれたものであっても、国が違っても、現代に生きる私達に「生きた知識」を与えてくれるのです。これが名著の良さであると考えます。
 このことを『力なき者たちの力』に当てはめて考えてみましょう。一見日本から離れた社会主義国で記された関係のない本のように見えます。しかし、私達もこの本から学ぶことがあるとは思いませんか。それは「『嘘の生』ではなく『真実の生』を生きるべき」ということです。皆さんは何か間違っていると感じたにも関わらず、考えることを放棄したことはありませんか。例えば友人と遊んでいるとき場の空気を読んで目の前で起きているいじめを見て見ぬふりすることや、他人がしているからと交通マナーを無視する等です。私達はまず理性や良心を働かせ、その状況から一歩進む必要があります。そうして「嘘の生」から脱却したら、次は「真実の生」です。幸い私達大学生には、「潜在的な交流」の場としてサークル活動やボランティア活動をする機会に恵まれています。そこで社会というコミュニティとは異なる次元のコミュニティで自由に自己を表現することができます。このことがよりよい社会、政治が営まれる第一歩になります。皆さんも嘘の生から脱却し、真実の生を見出せるよう身近なことから意識してみてはいかがでしょうか。
 
  • NHKテキスト
    〈2020年2月(100分 de 名著)〉
    『ヴァーツラフ・ハヴェル
    「力なき者たちの力」』

    NHK出版
    本体524円+税
  • ヴァーツラフ・ハヴェル
    〈阿部賢一=訳〉
    『力なき者たちの力』
    人文書院
    本体2,000円+税
 
P r o f i l e
河本 捷太(かわもと・はやた)
愛媛大学4回生。家にこもって勉強や読書をしていると部屋をきれいにしたくなりますよね。どうしたらこの現象が起きなくなるのでしょう。きれいにする場所が無くなればよいのかと、片付けをしていたら日が暮れている日々を送っています。

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