気になる!焚火


 日本焚火学会のことを教えてくれたのは、探検部の先輩だった。入会条件は「一緒に焚火をすること」。そう聞いて、面白い団体だと印象に残った。焚火は好きだ。独特の暖色の揺らめきにパチパチ音、名残の匂い。毎夏のキャンプのたびに火をおこしていることもあり、思い入れのある存在になっている。
 しかし日本焚火学会・・とは、何をする集まりなのだろう。ホームページを見ると創設は1993年。今も会場お世話係を務める松波龍一さんが友人と作り、年1回の大会が主な活動らしい。会長は印鑑が務め、世話人は自称を推奨、専用通貨として「ターク」が発行されているなどの情報に、頬が緩んでいく。学会の概要や大会の開催記録のほか、「焚火の基本」や「スズメバチの捕りかた」といった焚火ガイド、「焚火と法律」や「インダス文明は焚火で崩壊」といった研究報告など、盛りだくさんのホームページを夢中で読みながらアンテナがぎゅんと立つのを感じた。これは楽しいことを本気でしている人たちだ。週末には本部焚き場で何かをしていると知り、行くしかないと立ち上がった。

火は小さなものから育てていくのが鉄則。松やにの染みた肥松をマッチほどの寸法に割って火を点け、薪に移します。


 この日お話を聞かせてくれたのは、前述の松波さんとテクニカル・アドバイザの井本敏和さん。秘密基地のような小屋のなかで、焚火を囲んでのインタビューだ。よろしくお願いしますと挨拶をする間に、井本さんが手際よく焚火を用意してくださった。小雨が降っていたせいか火が消えてしまう一幕があったものの、「シラカバの皮を使おう」と状況に合わせて焚きつけを選ぶ姿に、これがテクニカル・アドバイザ! とさっそく感動する。
 火が安定したところで活動内容から伺っていく。大会では何をするんですか?
「焚火しかやりません。ときどき問い合わせがあるんですけど、プログラムなしです。ただ有志がいれば好きにやってもらっています」
 開催記録では食べ物の販売に演奏、研究報告と盛りだくさんに見えるけれど、どれも有志の持ち込みで事前相談もほぼないという。開会式もなく、「そろそろ火が点いただろう」と見計らって来る参加者もいるそう。
「開催時期も毎年バラバラで、待ちきれない会員から「そろそろやらないの?」と声がかかったら腰を上げます」
「それでも夏は暑いからやめようって話してるけどね。20センチも雪が積もったなかでやったこともあるよ」
 会員外への告知はホームページ程度にもかかわらず、誰の紹介でもない新規参加者が来ることもあるという。ふと“熱伝導”という言葉を思い出した。つい近づいて巻き込まれたくなる魅力を持つ、自由な熱。日本焚火学会からはそういう楽しさを感じる。
「大会以外では、依頼を受けて焚火をしに行くこともあります。キャンプファイヤーとか、映画撮影の焚火指導とか。現場にはスタッフが30人もいたのに誰も焚火ができなくて。火を点けると『おお〜』なんて驚くの」
 

2019年に新調された松波さんお手製の展望櫓。山奥・看板ナシの本部焚き場に迷わずたどり着けるか……という不安を高々と吹き飛ばしてくれました。

左が創設者の一人である松波さん、右がテクニカル・アドバイザの井本さん。

 
 クレジットに「日本焚火学会」の文字を入れてもらったと聞きながら思い出すのは、かつて焚火は生活の一部だったという話だ。
「風呂焚き当番とか、おくどさん(料理)とか。暮らしの一部だった。あの頃は好きとか嫌いじゃなくて役割としてあったね」
「焚火ってキャンプファイヤーだけじゃないんですよ。生活に密着したものとして何十万年も火をおこしていて、それがここ数十年で廃れてしまった。消費者物価指数の指数品目の変化を見ると、自動炊飯器やプロパンガスが登場して、マッチや薪や炭が消えていく流れが見えます」
 自分はキャンプを通して焚火に触れてきたけれど、それは松波さんたちが語る生活としての焚火とは違うのだ。焚火は、マッチや薪や炭は、自分の生活を測る指数にはならない。撮影指導の依頼は、その延長なのだろうと寂しくなった。

大会で使われる焚火炉。内円が焚火用、外円は腰掛用です。

 
 反対に焚火のもっと近くにいたのが、学会の初期に活躍したおじいさんたちだ。生業として山に入るおじいさんたちにとって、焚火は欠かせない存在だった。そんな焚火は技術と呼ぶのが相応しく、松波さんは魅了されたという。けれどインストラクターを頼んだのは、技術が目当てでもなかったらしい。
「『一緒に遊ぼう!』って誘っただけでしょ」
 そうして誘われたおじいさんたちは、尊敬の眼差しに嬉しそうな様子を見せ、あれこれ実演してくれたけれど、それを技術だとは思っていなかったらしい。必要な場面で適切に火をおこすことは、おじいさんたちにとってあまりに当たり前で、だからこそ技術として身についたのだろう。
「もし大学生が焚火を楽しむとしたら、どうしたらいいですかね」
 そんなおじいさんたちからも、松波さんや井本さんからも遠く離れた自分たちが、焚火に親しみたかったら何ができるだろう。
「焚火をしているところに行けばいいんです」
 ここに来ればいいということか、という納得はすぐに裏切られた。

大会の際には屋根がかかり、研究や演奏が発表されるステージに。


「田舎なら今でもしょっちゅう焚火をしてるんだから、そこに行って仲良くなればいいんです。たとえば「ここのはいつですか?」って聞いて、手伝いに来ればいい。年寄りばっかりで竹を切ったり運んだりしてるから、若い人の力はありがたがられます」
「この辺だとね、2月に草焼きやるんだよ。河川敷の草に火を点けていくんだけど、もう血沸き肉躍るね。合法的放火なんだもん。みんな童心に返っちゃう」
 正月明けにが行われていることは、バイト先で聞いたことがあった。生活に焚火が欠かせない人は、今も近くにいるのだ。
「焚火の面白いところの一つはですね、薪って一本では燃えられなくて、組んだものを離すと火が消えて、集めるとまた燃えるんです」
「なんとなく人間っぽいでしょ。人間も一人だと生きていけない」
 焚火を楽しみたいなら、焚火をしている人のところに行けばいい。その答えには、そんな焚火の面白さと通じるものがある気がした。

2019年大会(10月12日開催)の様子。

 

 最後にあらためて焚火の魅力を教えていただけますかと訊ねると、井本さんは「火を利用するようになった進化の過程がDNAに残っていて、だからホッとするんだと思う」と答えてくれた。
  「それでDNAが強く残ってると、こうなる」
 指された松波さんに同じ質問を投げかけると、「愚問です」と穏やかに笑われた。

 

(取材日:2020年1月30日)

日本焚火学会 URL
http://takibisociety.web.fc2.com
 
P r o f i l e

杉田 佳凜(すぎた・かりん)

広島大学卒業生。元いずみ委員。
現在は念願かなって本のある職場にいます。毎夏のキャンプのおかげで、職場のミーティングではランタンも焚火も囲まないことに違和感を覚え、笑うなどしながら社会人一年目をすごしています。

※「気になる!○○」コーナーでは、学生が関心を持っている事柄を取り上げていきます。


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