気になる!天然酵母パン「ビンの中の宇宙」

頼本 奈波


 皆さんは、どんなパンが好きですか? 私は近所のスーパー併設ベーカリーのパンも、コンビニのパンも、手作りのパンもみーんな大好きです。そして「天然酵母パン」も大好きなパンの一つです。最近よく目にする言葉ではないでしょうか。天然酵母パンと普通のパンの違いは、前者は野生の酵母、後者は培養された酵母を使っているということ。後者は一般的に「イースト菌」と言われています。コンビニのパンの成分表にも書かれていますね。これも元は自然から採ってきた野生の酵母で、人間がパンを製造しやすい形にした酵母です。前者は野生、ということで様々な種類の酵母たちがいます。天然酵母は、管理が普通のパンよりも難しいですが、多様性に満ち、様々な風味を感じられます。
 私は高校時代に天然酵母パンをたくさん作っていました。きっかけは天然酵母パンを研究している先生に出会ったからです。先生の名は、菅原武彦先生。先生からは農業高校で微生物基礎を教わっていました。とにかく破天荒な先生で、黒ずんだ白衣を着て、裸足で学校中を歩き、授業が理解できるまで同じことを繰り返し教え続けたり、農業高校なのに教える内容は大学レベルだったり……。入学したての私は圧倒されていました。「勉強が足りん!!」とよく叱られていたので、最初は苦手で……しかし、先生の授業を受けるうちに、先生の人柄や授業の大事な部分がなんとなく理解できるようになりました。先生の授業をもっと受けてみたいと思うようになり、先生の授業を実習で専攻するように。そこで天然酵母パンについて学びました。
 まず教えられたのは、天然の酵母は危険だという事。菅原式天然酵母の作り方は、カットした果実を瓶に詰め、ふたをします。それを温度28〜30℃で保管します。その際にふたを強く閉めてはいけない。果実は収穫後も、お店で並んでいる最中も、呼吸を続けています。そのため瓶の中に二酸化炭素がたまります。ふたをぎゅっと強く閉めている状態で内側の二酸化炭素の量が増えていくとどうなりますか?……そう、爆発してしまうんです! 先生の経験では、恒温器に入れておいたその瓶が爆発し、恒温器が壊れたそうです。爆発なんて言葉を聞いたら、怖いものと認識されてしまうかもしれません。しかし、瓶のふたを緩く閉めておけば隙間から二酸化炭素は排出されます。しっかり管理することが大切なのです。授業を受けた仲間と一緒にリンゴ、カキ、ブドウ、柑橘など様々な果実で天然酵母パンにチャレンジしました。しかし中々膨らまなかったり、酸っぱいパンや変な香りのするパンができたりしていました。この頃は、意味も分からず果実を瓶に入れ、発酵した酵母エキスでパンを作っていたものです。


 大学生になってからも菅原先生のラボラトリーに遊びに行き、天然酵母パンをご馳走になります。先生のパンは年を重ねるごとに美味しくなっています。ハード系のパンで、外側はバリっと、中はきめ細やかで、果実の風味や甘みを感じられます。焼きたてのパンに、バターや先生の果樹園の恵みたっぷりの自家製のジャムをつけて食べると、その美味しさが際立ちます。
 私の方は高校時代と比べると天然酵母パンを作る機会が減りました。しかしたまに作るだけでも、天然酵母パンの作り方のイメージや理屈が徐々に体に染み込んできます。

 今回は天然酵母をみなさんに紹介するため、先生のラボラトリーを訪れ、天然酵母パンを久しぶりに作りました。今回使用するのはリンゴの酵母。2日間発酵させたリンゴの酵母エキスは、甘い香りが漂っていました。強力粉とリンゴ酵母エキスをボールに入れ、生地がまとまるまで手でこねます。この時に分量は特に考えません。生地がべちゃべちゃするようなら粉を足し、生地が粉っぽくなっていれば酵母を加えます。水、砂糖、塩、バターは使わない自然なパンが出来上がります。通常は1次発酵に12時間を要しますが、今回は4時間。リンゴ酵母は初心者でも作りやすく、結構膨らみました。一次発酵ののち整形をしてさらに1時間の2次発酵。そして先生自慢のフランス製、火力が自慢のオーブンにセットし40分ほどで焼き上げます。オーブンの温度はだいたい180〜200℃。菅原式では高熱で長時間焼けば、香ばしいパンが出来上がりパンもふっくらと焼きあがります。とても香ばしくて美味しい!
 今回はパンを「焼く」だけでなく、「茹でる」「蒸す」にも挑戦しました。
 2次発酵の代わりにたっぷりのお湯にくぐらせて焼くベーグルや、せいろを使った蒸しパンにも挑戦! 今までオーブンで焼くことしかしたことなかっただけに、初めての試みに胸を弾ませました。ベーグルも蒸しパンもむっちり……。生地がきめ細やかく膨らんでいるので、今までに食べたことのない食感でした。このおいしさ……たまらん……。

『はじめての自家製酵母パン』
ウエダ家/家の光協会
本体1,500円+税
 発酵待ちの間に、先生が学校の家庭科室から借りていた本『はじめての自家製酵母パン』(ウエダ家/家の光協会)を読みました。パンにベーグル、ピザやクラッカーにスコーン。なんて美味しそうなレシピばかりなんだ。かつ自分たちが今作っている酵母で、こんなにも豊かな種類の食べ物を作れるのか! 
ここでもう一冊、天然酵母パンが登場する小説をご紹介しましょう。『院内カフェ』(中島たい子/朝日新聞出版)。主人公の亮子の夫、航一が天然酵母パン屋を営んでいます。航一さんが言っていた「イースト菌と自然酵母、どっちが正しいかなんて、わかんないよ。でもおれは、色々なものがあった方がいいと思う。なかなかふくらまない、人のニーズに瞬時に応えられない、そういうパンがあってもいいと思う。だから、自然酵母でパンを作ってる」という言葉に、私はふと菅原先生を思い出しました。

『院内カフェ』
中島たい子/朝日新聞出版
本体1,400円+税

 いろんな人がいるように、食べ物にも微生物にも「多様性」が広がっています。いろんな人がいることで生命は存続している。この世界があるように、天然酵母の瓶の中は一つの宇宙だ。自分で選んだ果実を瓶につめて、酵母たちの呼吸を感じ、生地をこね、寝かせてあげて。調理ではなく、いろんな生き物のお世話をしている感覚。様々な種類の酵母があるからこそ、毎回違う風味のパンができる面白さ。作る喜びを感じられる天然酵母パンを皆さんもぜひ作ってください。様々なレシピ本があって作り方の多様性にも驚くと思います。料理はレシピ通りではなく感覚で作るのが面白いですよ。もし自分で作ったパンが美味しくなければ、自分好みの天然酵母パンを買って食べてみてください。そしてもう1度挑戦してみてください。理想のパンを想像し、いろんなパンを生み出してください。そこからいろんな世界が、きっと広がります。

P r o f i l e
頼本 奈波(よりもと・ななみ)
愛媛大学農学部4回。スマホの写真データを振り返ると、風景の緑色か猫かカラフルな料理の写真がほとんどを占めます。「ななみちゃんのデータは美味しそうなものばっかりだね」なんて言われます。美味しい記憶こそ私の宝です。

*「気になる!○○」コーナーでは、学生が関心を持っている事柄を取り上げていきます。


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