世界の本棚から⑨



 Interiorという言葉はしばしば Int. と略され、映画や芝居の脚本で場所を示すために使われる。例えばInt. Chinatownは「チャイナタウン:室内」という具合。2020年の全米図書賞を受賞したこの小説は最初から最後まで脚本形式で書かれていて、その主人公は台湾移民の息子でアメリカ人のウィリスだ。彼の夢は、TVドラマで中華系俳優の星・カンフースターになること。しかし彼がもらえるのは「通りすがりの中国人」などの端役ばかりで、決して主役になれない。ドラマの中で中国系アメリカ人は常に不思議な文化をもったミステリアスな存在で、それが一種のよそ者扱いであるとウィリスも気づいている。不満を募らせる彼だが、そんな彼にも素敵な転機が待っていた。人生を芝居になぞらえることで誰しも何かの役割を演じていることを気付かせ、見た目や人種の違いによるアイデンティティ・クライシスを描いた小説だ。

 アイデンティティ・クライシスと言えば、小説 Siri, Who Am I? の主人公ミア。およそ27歳、ブロンドの分かりやすい美人なのだが、目が覚めたら頭の怪我で病院におり、完全な記憶喪失になっていた。持ち物は着ているプラダのワンピースとシャネルの口紅、どこかのレシートとiPhoneだけ。Siriに聞いてやっと自分の名前が判明するけれど、住んでいる家、親の名前、友人、食事の好みも思い出せない。そんな状態にも拘わらず怪我の治療が終わってさっさと退院させられたミアは、偶然知り合ったマックスと一緒に、iPhone片手に自分のインスタグラムを遡って何が起きたか調査を開始する。はたして彼女は人生を取り戻せるのか? 等身大の20代女性が魅力的に描かれた軽やかなラブコメだ。

 ノーベル文学賞受賞後初めての発表となるカズオ・イシグロの新作小説 Klara and the Sun。語り手はAF(artificial friend)のクララ。子供たちの付添として考案され、太陽光をエネルギーに動く人間そっくりのアンドロイドだ。同僚のAFたちとともに雑貨店で販売されるクララは、少女ジョージーと仲が良くなり屋敷で働き始める。やがて読者はジョージーに重い病気があることと、その恐ろしい原因を知る。クララは何とかジョージーを救おうと懸命に努力するが……。
 人工知能をもったクララに「人間性は人の心に宿るのではないか」と、ある人物が尋ねるシーンがある。読み終わった後にその質問の答えやクララの存在が余韻となって残る、シンプルなのに考えさせられる本だった。
 

 
P r o f i l e

角 モナ(すみ・もな)

海外に30店舗持つ書店チェーン・紀伊國屋書店で洋書仕入に携わるバイヤー。子供のころはインターナショナルスクールで学び、洋書は日常生活の一部。

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