あの頃の本たち
「本を買ったあの時」今村 昌弘

本を買ったあの時

今村 昌弘 Profile


創元推理文庫/定価814円(税込)

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 初めて小遣いで本を買ったのは小学生の時、地元の小さな夏祭りでのことだった。祭りも終わりが近づき人々が片付けを始める中、蚤の市を開いていた地元住人が残った古本を叩き売りしていたのだ。人気コミックなどはとうになく、段ボール箱には見たこともない四コマ漫画や青年雑誌、色褪せた実用書など雑多な本たちが居心地悪そうに肩を寄せ合っていた。私はその中で一際分厚く、凝った人物画が表紙に描かれている本に目を付けた。ロバート・ルイス・スティーブンソンの子供向け冒険小説、『宝島』だった。国語の教科書よりも文字が小さく難解そうな気がしないでもなかったが、「一冊、十円!」という住人の声に背中を押され、私は硬貨一枚と引き替えにその単行本を手に入れた。
 あれから二十年余。思えば作家になるまで、新刊よりも古本や貸本の世話になることが多かった。そもそも小説を読むようになったのは両親が漫画本を買ってくれなかったからであり、中学から大学までバレーボールをやっていた私は胸を張れるような読書家だったわけでもない。今でこそミステリー作家をしているが、意識してミステリー小説を読むようになったのは二十代後半のことだ。思い出せば思い出すほど、自分はあまり出版業界にとっていい客ではなかった。
 もう一度過去に目を向けよう。
 小学生の頃は図書室の本を借りることが多かった。『ズッコケ三人組』や『怪盗ルパン』のようなシリーズものが好きだった。
 中学生になり月に三千円ほどの小遣いがもらえるようになると、駅近くの古本屋で文庫本を買うようになった。最初に買ったのはSF系のライトノベルだ。選んだ理由は、単に表紙のアニメ風のイラストがとっつきやすかったからだと思う。実際に一読して気に入ると、その作家の作品が他にもないか頻繁に店の棚をチェックするようになった。古本で入手するのが難しいと分かると、初めて新刊書店で文庫本を買うことを覚えた。文庫本に限っていたのは、やはり値段が安かったからだろう。興味はやがて作家からレーベルや出版社の枠に広がり、高校生の頃は主に電撃文庫や角川スニーカー文庫を読みあさった。この頃が最も貪欲に読書をしていた時期かもしれない。大学に入ると、やや読書のペースは落ちた。一人暮らしを始めたり、人付き合いが増えたりして、本に回せるお金が減ったせいだと思う。時間がある時はお金がなく、お金がある時は時間がない。うまくいかないものである。
 皆さんの中には、これまで漫画以外の読書経験をしてこなかったことに焦りを感じている人もいるだろう。でも読書を成長の関門のように、難しいものだと捉えてほしくはない。先述の通り、私自身も学生時代に高尚な本を読んでいた訳ではない。国語の教科書に載っているような名著や、「十代のうちに読んでおくべき本」に挙がるような作品とも無縁だった。読書はあくまでスポーツをしたり音楽を聴いたりするのと同じ、趣味の一つだった。それでも今、こうして作家として生きている。たぶん、読書はそれ自体が独立しているのではなく、誰かの経験や言葉が本という形で広がっているのだ。だから「どうやって読書を習慣づければいいのか」なんて気負う必要はないと思う。心が新しい出会いを求めた時、その気分に合った本を探してみるといいかもしれない。
 自分に必要な本を探すことは、友人を求めることと似ている。相手が有名人だからといって、自分と気の置けない関係になれるかどうかは分からない。ベストセラーであることと、あなたに必要な本かどうかは別の話だ。私としては、本を探す時はまず書店に足を運ぶことをおすすめする。教室ではあまり喋ったことのないクラスメイトとの間にふと不思議な共感を得ることがあるように、本棚の中の一冊の本が、なぜか目に留まる瞬間がある。それがあなたの求める本である可能性は高い。なぜなら作家も編集者も、その本を本当に必要としてくれている読者に届くよう、タイトルや装幀や帯には知恵を絞っているからだ。本の外見から少しでも伝わったものがあるのなら、きっとあなたはその本と相性がいい。あと意外と知られていないかもしれないけど、「こんな本が読みたい」というイメージがあるのなら書店員さんに聞いてみよう。書店員さんの本に対する愛情は本物だから。
 それから、古本も図書館もどんどん利用していい。もちろん作家たちの悲痛な声が届くこともあるかもしれないけど、学生生活はなにかとお金がかかる。今は皆さんのお金よりも、時間を投資していると考えてくれるとよいのではないか。
 中学生の私が初めて作家買いをした時のように、皆さんがお金を払ってでも読みたいと思う本に出会うことができたら、大人になってもその思いを抱き続けてくれたら、最高だ。

 
P r o f i l e

 
■略歴(いまむら・まさひろ)
1985年長崎県生まれ。岡山大学卒業。小説家。
2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は『このミステリーがすごい! 2018』、〈週刊文春〉ミステリーベスト10、『本格ミステリ・ベスト10』で第1位を獲得し、第18回本格ミステリ大賞[小説部門]を受賞、第15回本屋大賞3位に選ばれるなど、高く評価される。他の著作にシリーズ第2弾となる『魔眼の匣の殺人』がある。今最も注目される新鋭。
 

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