Reading for Pleasure No.46

コミュニケーションが先ずあり、
その後に英語

水野邦太郎
 私は、中学・高校・大学での英語教育の目的と方法について長年、研究し実践をしてきました。「なぜ、日本の生徒・学生は、学校で英語を学ぶのか」「どのように英語の授業をデザインし実践するべきか」といった問いについて探求してきました。そして、日本の英語教育が抱えている様々な課題は、次の2つの現実から生じていると思っています。それは、英語は日本で生活するうえで必要がないため、(1)英語に触れる量が少ない、(2)英語をコミュニケーションの道具として使って話す・書く機会が少ない、という事実です。言い換えると、「日本語」を「母語」とする日本人にとって「英語」は「外国語」である、ということです。この事実に文部科学省は真摯に向き合うことなく、日本の学校英語教育の目的と方法を手を変え品を変え対策を講じてきました (水野,2020)。近年の大学入試における「4技能資格・検定試験」の導入という方策も、上記の (1)と(2)の課題を真正面に据えていないと言えます。

 上記の(1)と(2)で指摘した日本の英語教育の課題を考えるうえで、私が何度も読み返してきた物語があります。それは、ジョン万次郎という方の人生です。ジョン万次郎の生涯は、井伏鱒二の『ジョン万次郎漂流記』をはじめ多くの作家によって書かれています。その中で、私が愛読してきたのが今回紹介する『ジョン万次郎物語——THE STORY OF JOHN MUNG』です。

 ジョン万次郎は、1827年1月23日に高知で生まれました。14歳のときに、仲間4人と一緒に船で漁に出たところ難波してしまいます。

 Manjiro set out to sea with four other fishermen. After three days they started catching bonitos. The fishermen were so busy fishing that they didn’t notice a large storm heading toward them from the west.

 Suddenly, the storm was upon them! “Danger, we must return, set the sails now!” yellowed of the crew. They tried to row for safety, but the oars broke and they could not do anything to avoid the storm.

 その後、無人島に流れ着き143日間暮らし、米国の捕鯨船に救出されます。英語がまったくわかない万次郎ですが、捕鯨船での仕事の手伝いをしていくなかで、rope とかoarといった言葉があることがわかっていきます。船長のホイットフィールドは、万次郎が言葉の飲み込みが早いことを発見して、航海の後、生まれ故郷のマサチューセッツ州にあるフェアヘーブンに連れていきます。そして、船長をはじめ多くのアメリカ人からJohn Mung と呼ばれ、彼らからたくさんの善意と愛情を受けながら、地元の学校で8年間高等数学や天文学、航海術等を学びます。また、アメリカの自主独立の精神と自由の大切さを学びます。

 John Mung learned many things in America, and he loved his adopted town of Fairhaven. He knew he would always be safe here but he yearned for Japan. Both he and Captain Whitfield knew that he might be considered a spy returning to his hometown after so many years away. But both men knew what had to be, and the captain sadly bid him farewell.

 万次郎も船長も、日本は鎖国をしているため、帰ったらスパイだと思われるかもしれないと思いました。しかし「どうしても日本に帰りたい」「お母さんに会いたい」という万次郎の気持ちは強く、万次郎はアメリカを去りました。そして、11年ぶりにお母さんに会うことができます。その後、万次郎がどのような人生を送ったかについては、ぜひ本書を読んでみてください。

 この物語を通して万次郎が英語とどのように出会ったかを振り返ると、万次郎は船長と乗組員の人たちと「コミュニケーションを図りたい」という状況の中で、英語と出会いました。「単位」を取得するためでもなく、「入学試験」に合格するためでもありません。はじめに「コミュニケーション」があり、その後に英語がありました。日本の学校では、英語との出会い方が万次郎の場合と逆になっています。「英語」がまずあります。ここに日本の学校英語教育が、100年以上にわたって成果を上げることができない最大の原因があると私は考えています。そして、その間違った順序を変えるための突破口として、ICT (情報通信技術)の利用が今後の英語教育の改革の鍵を握っていると考えています。
 

今回ご紹介の本

  • アーサー・モニーズ=絵
    ウエルカムジョン万の会=文
    『ジョン万次郎物語』
    冨山房インターナショナル
    定価1,650円(税込) 購入はこちら >
  • 水野邦太郎
    『英語教育における
    Graded Readersの
    文化的・教育的価値の考察』

    くろしお出版
    定価4,730円(税込) 購入はこちら >
 

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P r o f i l e

水野 邦太郎(みずの・くにたろう)

千葉県出身。江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授。博士(九州大学 学位論文.(2017).「Graded Readers の読書を通して「主体的・対話的で深い学び」を実現するための理論的考察 ― H. G. Widdowson の Capacity 論を軸として ―」)。茨城大学 大学教育センター 総合英語教育部准教授・福岡県立大学人間社会学部准教授を経て、2018年4月より現職。

専門は英語教育学。特に、コンピュータを活用した認知的アプローチ(語彙・文法学習)と社会文化的アプローチ(学びの共同体創り)の理論と実践。コンピュータ利用教育学会 学会賞・論文賞(2007)。外国語教育メディア学会 学会賞・教材開発(システム)賞 (2010)。筆者監修の本に『大学生になったら洋書を読もう』(アルク)がある。最新刊『英語教育におけるGraded Readersの文化的・教育的価値の考察』(くろしお出版)は、2020年度 日本英語コミュニケーション学会 学会賞・学術賞を受賞。

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